堕ち神様は水守伯爵に溺愛される

れん

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堕ち神様は拾われる

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 こちらに向かって伸ばしてくる手をじっと見詰める。

 親神様はこの青年に付いていくことを勧めているわけだけど、あまり厄介ごとと関わらずに穏便に過ごしたいわたしからすると悩ましいところだ。



 この青年は宿主だ。
 神の依代、神の宿体。

 獣人や精霊という存在がなにかは知らないが、少なくとも眷属たちが距離を置き逃げるということは、それに近しい存在はこの青年を避けるだろう。


 神と誓約を交わし真の宿主となれば、その神に付き従うモノたちは皆一様に青年に膝を折るけれど。

(この青年が姉神様たちに見つかっていないなんて絶対におかしい)



 神は信仰を糧に存在する生物だ。
 渇水時に雨を降らせたり、豪雨を止めたりそんなちまちまとした功績も信仰の種にはなるのだが、一番効果的なのは目に視える形で存在を示すことだ。

 宿主なんて滅多に現れない逸材で、姉神様達のみならず神であればみな欲すべき存在。

 水神を祀る一族と言っていたから、少なくとも水に関する神は一も二もなく飛びつく代物だ。
 けれど、この青年はどう見たって宿主として成熟しているにもかかわらず、どの神の依代でもない。


 神格を放棄して久しいわたしが、この青年を宿主として誓約を交わそうなんて気が起きるわけが、他の神がこの青年に目を付けたときに付き従うわたしを排除する敵と認識する可能性は多いにある。




「えーと……、今すぐに契約を交わしたい、とかそういう事じゃなくて、ね。住む場所があるなら仕方ないけど、もし決まっていないなら、ウチに招待したいなって」

 いつまでも動かないわたしに痺れを切らしたのか、青年は言葉を積んできた。


 (仮住まいとして滞在するのはありかもしれないな……)


 どうせ行く当てもないのだし、再び神となる手がかりもなにも持たない状態でも、身をおける場所があれば少しは安定して日々を過ごすことが出来るだろうし。





「エルヴィス様!」
「――魔物っ!? こんな近くまでっ……!」

(え、魔物っ!? なんで魔物がこんなところに存在するの!?)

 がさがさという音の後に、狼型の黒く禍々しい気配を垂れ流す魔物が数匹姿を現わす。


(魔物は神が処理すべき最優先事項なはず。この地域を守護する神はなにをやっている!?)

 魔物は神力によってのみ滅する事ができる存在だ。いくら人間が大勢で寄って集っても勝つことなど不可能だ。


(うーん……。体中の神力をかき集めればなんとかなりそう、かな……)



 神の不手際で地上界の生き物に害をもたらすなんて言語道断。なんとしてでもあの魔獣たちは消えてもらわなければ。

 昔は神として地上界で活動していたため、神力を以て魔物を屠っていたけれど、この状態ではどうやって戦うべきなのだろう。


 少なくとも、この身体には神力が流れているのだから、あの魔物に触れたら直接消滅させることが可能かもしれない。




「ちょっと! なにやってるのっ!? 危ないよ!?」
(……ぇえっ!? ちょ、離して!)


 人間の合間を縫って魔物に肉薄しようと足を踏み出した瞬間、青年にグイと引き戻される。



(ちょっ、離してよ! きみたちが危険だから、わたしが出るんだって! 助けてあげるからその手を離しなさい!)

「ちょっ、暴れないの! 絶対に助けるから、そんなに怖がらないで! みんな、行けるっ?」
「あの数くらいならなんともありません!」
「エルヴィス様のアピールタイムを邪魔しやがって! すぐに終わらせますんで、エルヴィス様はその獣人を射止めちゃってくださいね!」



 魔物に向かって駆け出す人間たち。その手に握られているのはなんの変哲も無い武器だ。あんなモノで魔物を滅するなんてできっこないのに。



「大丈夫だよ。みんな強いから。魔物なんて、あっという間にやっつけちゃうんだよ?」
(そんな無茶な……、ぇっ!? な、なんでっ!? 人間の扱う武器に神力が付与されているの!? 神器でもないのに、なんでっ!?)

「ね? みんな強いでしょう? だから、さ。おれ達と来たら安全だよ? こんなところで一人で居るのも寂しいでしょう? おれと一緒に行こうよ」




 青年の言葉を聞くともなしに聞き流している間に、呆気なく魔物たちは消滅させられた。人間たちによって。

 ほんの五百年前までは神に縋って魔物を恐れていた種族が今では正面から遣り合い、いとも容易く魔物を殲滅している。

 その光景は受け入れがたく、言葉を失うほど衝撃的だった。



(獣人という種族が発生していることも驚いたけど、魔物を退ける術まで身につけたなんて……)

 自分の記憶と実際に見た光景があまりにもかけ離れていて、しばらく思考が追いつかない。


 人間たちが持っていた武器は、魔物に切りかかる瞬間のみ神力を帯びていた。人間は物に神力を付与し、その発現を自在に制御出来るようになったというの?


 そんな神の領域に片足突っ込んだような能力をこの五百年の間で人間が得たのだとしたら、後五百年もすれば彼らは神をも超える存在になるのでは?

 神は信仰で成り立っていて、信仰心は生物みな平等の価値があるけれど、その中でも人間が寄せる信仰心は特別に濃く、大きなもので……。


 親神様の社で過ごした日々のことを思い出す。


 わたしがお社に住むようになってすぐの頃は、毎日のように新たな天界神が生まれていて、まだ形を決めていない神たちがふわりふわりと光り輝き漂う様はとても幻想的で美しかった。

 だけどいつからだろう。生まれ出る神が少なくなり、ここ数百年ほどはお社で新たな神は誕生していない。

 親神様はのほほんと、少し寂しくなりましたねぇ、なんて言っていたけれど……。


 これってかなり本当は異常事態だったのでは?
 人間たちの信仰心はすでに神から遠く失われていっている、と言うことなのでは?





「あ、ごめん。ちょっと揺れたから起きちゃったかな?」
(っ!? え、ここどこ!?)

「あ! 落ち着いて! 大丈夫、危険な場所じゃないから! 馬に乗っているから視線はちょっと高くて怖いかもしれないけど、ちゃんとおれが支えているから絶対に大丈夫だよ」

(……うん、やっぱりこの青年の瞳は太陽の金だ。始まりを告げる太陽の色)



 向けられた瞳は曇りのない澄んだ色を湛えていて。この青年が本心で発した言葉なのだと理解する。

 先程と場所は変わっているし、どこかに向かっているようだけど、きっと危険な場所ではないのだろう。

 現状、神に戻るための手がかりは何一つない。それなら青年の言うように仮住まいとしてでも望まれる場所で過ごすのも良いかもしれない。
 



「えーと……おれ、君の意思も確認せずに連れ帰っちゃってるわけなんだけど……。もう、ほんとうにこれはただの言い訳、でしかないんだけど……。おれの話、聞いてくれる?」

 視線を逸らしながら問いかけてくる青年に肯定の意を込めて頷くと、わずかに身体から力が抜けたようだ。
 


「おれの名はエルヴィス。エルヴィス・カエルレウム。龍神様を祀る一族の直系で、国の東を守護する役目を担ってる。主な役目は水に関するあれこれで、降雨や止雨とかそういう祭事を任されることが多いかな」



 地上界の情勢を正確に知っているわけではないが、東を守護する龍神といえば恐らく主祭神はククヌチ神だろう。

 わたしはあまり積極的に他の神と関わろうとはしなかったからあまり詳しくないけれど、温厚で慈悲深く気さくな性格をしていたように思う。




 守護する一族に宿主が誕生したというのに積極的に介入していないのは、あの神の温厚さなのだろうか。
 でもあの神なら、エルヴィス青年を孤独にしないためにもさっさと誓約を交わしそうでもあるのだけれど……。




「おれね、他の皆が当たり前にできることができないんだ。カエルレウム家の長子として生まれたのに、精霊の祝福も、獣人との契約もできなくて……。そのくせ何故か神力だけは強くてさ、神術を使うと制御出来ないくらいの高威力で周囲を灼き尽くしてしまうんだ。そんなおれが怖いみたいで、獣人はおれが近付くだけで逃げちゃうし、不意に目があってしまったら倒れちゃう事だって何度もあって……」


 エルヴィス青年の話を聞きながら納得する。


 精霊や獣人を仮に眷属と仮定するならば、主のモノに手を出すなんて言語道断だろう。


 神は執着心が強い生き物だから、お気に入りは一点の曇りもなく、己のモノにしたい。

 不用意に宿主の周囲をうろついていようモノなら真っ先に排除されてしまう。できるだけ距離は置きたいが、かといって宿主の呼びかけに応えないわけにはいかない。


 宿主が神術を使用する際、その手助けをしていない過去が一度でもあったなら、神が宿主と誓約を結んだ後に制裁するから。

 過去のことがなんでわかるのか。それは誓約を交わした神は、宿主の過去を全て知る事ができるから。
 神は宿主の全てを所有したいし把握したいし囲い込みたい生き物なのだ。

 エルヴィス青年には宿主とはそういうものだと諦めてもらうしかない。
 神と誓約を交わすまで、それは宿主の逃れられない宿命のようなものだから。



「でもね。君だけは逃げなかったし、こうして触れても、視線を合わせても倒れたりしない。こんなおれを本能的に許容してくれる人なんて居ないって思ってたから、凄く、嬉しくて……」

 確か湖の畔でもそんなことを言っていたような気がする。

(相当気に病んでいるのだろうなぁ)



 周囲が当たり前にできることをできない歯痒さというのは、多少なりともわかる気がする。

(自分が居なくても、より優れた神がいるのならいいじゃないか、と思ってわたしは神格を放棄し堕ち神となったのだから)



「だから……。おれと契約して欲しいとは言わないから……。せめて別れの時まで傍に居て?」


(わたしは、求められている、のだろうか……?)


 親神様の社に身を置いていたのも、堕ち神となったわたしでもいいからおいでと、親神様に言っていただいたからだ。

(その時が来るまでは、共に過ごすのも悪くないのかもしれない……)



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