おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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鏡開き

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 植物達の葉にしっとりと霜が降り、地面や草花がキラキラと輝いて見える1月11日。

 朝、冬の澄んだ空気に触れると、草木や土の匂いがいっそう近くに感じられて、とても清々しい気持ちで1日を迎えられる気がします。

 今日は鏡開き。

 おもちは、ぜんざいにしようと思います。

 このぜんざいというのも、地域によって呼び方が違うようですね。

 関西では、汁気があり、粒あんのものをぜんざい。

 関東ではおしること言うのだそう。

 ちなみに、関西でおしること言えば、汁気のあるこし餡のもの。

 関東でぜんざいと言えば、汁気の無い、お餅にあんこを添えたものの事だそうですね。
 関西では、これは亀山と呼ぶのだとか。

 私は、どれが正解でどれが間違っているなんて思いません。

 呼び方や姿が違えど、その土地を作ってきた歴史や風習などから違いが生まれるもの。

 地域によって、同じ食べ物でも生まれた経緯が違ったりするのです。

 どんな形であっても、呼び方や歴史が違っても、人々に長く愛されてきたものに違いはありませんから。

 受け継がれて、今も沢山の人が大切に守ってきたものだなんて、何だか素敵じゃないでしょうか。

 ちなみに私は、汁気のある粒あんのものを、ぜんざいと呼んでいます。

 おにぎり食堂「そよかぜ」でも、そんなぜんざいを皆様に味わっていただこうと思っています。

「はい、最後はハルさんが頼むよ」

 橘さんから、木槌を受け取ります。

「はい。では、いきますよ。えいっ」

「おー!」という一同の歓声と共に、鏡餅が開かれました。

「いやいや、こんな本格的な鏡開きなんて久々だなぁ」

「本当ねぇ。今はこんな風にしなくても、小さなお餅が鏡餅の形をした物のなかに入っていたりするものね」

 栗原さん夫婦も嬉しそう。

 ぽんすけもはしゃぐかのように、私たちの周りを尻尾をぶんぶんと振りながら走り回っています。

 今朝は、村の皆さんや、佐野さん、北原さんに協力して頂いて鏡開きをしました。

「私、初めてですよ。貴重な経験が出来て楽しいですね」

「僕もですよ。さ、ハルさんのぜんざいが楽しみだなぁっ」

「雅紀君ったら、食べることばかりね」

 そんな佐野さんに、北原さんも笑っていました。

 その年の年神様にお供えした鏡餅。

 神様の力を分けて頂くことで、無病息災を願います。

 今年は食堂の常連の皆様と一緒に、ぜんざいにして頂こうと思います。


「はぁ、暖かいねぇ」

「白井さん、私も当たりたいからもう少しそっちに寄ってくれないか」

 河田さんが白井さんの隣に立ちます。

 皆さんでだるまストーブを囲い、鏡開きをして冷えた身体を温めています。

「ハルさん、私は何したら良いですか?」

 葉子さんがエプロンを着けて、キッチンに立つ私の隣に立ちました。

「皆さんにお茶の用意をしてください。ぜんざいは準備も出来ていますし、私だけでも大丈夫ですから」

「わかりました」

 葉子さんは食器棚から湯飲みを取り出して、お茶の用意を始めました。

 ぜんざい用のあずきは、丹波の大納言と言う、とても美味しいものを、コトコトとじっくり煮て作りました。

 ふっくらと柔らかくて、優しく甘いとろとろのあずきに、焼いたお餅を入れましょう。

 温まった網に、お餅を並べていきます。

 暫く焼いて途中でひっくり返し、ぷっくり膨らんで、きつね色に焼き色が付いたら出来上がり。

 お椀にお餅をいれて、あたたかいあずきを入れたら、ぜんざいの完成です。


「どうぞ。お待たせしました」

 皆さんの前に、ぜんざいをお出ししました。

「まぁ、美味しそう」

「いただきます」

 栗原さん夫婦が声を揃え、他の皆さんもそれに合わせて手を揃えました。

「はぁーっ。旨いなぁ」

「身体が芯から温まるわねぇ」

 一口飲んで、白井さんや橘さんの奥さんがそう仰いました。

「美香さん、お餅もちゃんと焼いてあるから美味しいよっ」

「本当ね。こんなに優しい味のぜんざい、食べたこと無かったな」

 皆さんが、とても幸せそうなお顔を見せてくださり、私も心から嬉しく思いました。

「そう言えばハルさん。北原さん、佐野さんの事、雅紀くんって呼んでましたね」

 キッチンに座る私の耳元で、葉子さんがこっそりと言いました。

「ふふっ。葉子さんはそういうの本当に好きなんですねぇ」

「だって何だかワクワクしちゃうじゃないですかっ。この食堂から始まった恋!素敵ですー」

 葉子さんは、上機嫌で洗った食器を拭き始めました。

「何だか若いお二人を見ていると、昔を思い出すわねぇ」

 栗原さんの奥様が、佐野さんと北原さんを見て仰いました。

「そんな昔の事なんて覚えとらんよ」

「なんだ、栗原さんや。照れてるのか」

 覚えていないと言って、ぜんざいを食べる栗原さんに、河田さんがからかうように言いました。

「良いんですよ、河田さん。お父さんは昔から恥ずかしがり屋で、自分の昔話なんて苦手なんですよ」

 奥さまが笑うと、それを見ていた北原さんがクスクスと笑いました。

「良いわよね、皆さんみたいにいつまでも仲の良いご夫婦。羨ましいな」

 北原さんの隣で、佐野さんは「うんうん」と頷いています。

「貴女たちも若いうちに沢山楽しみなさいな」

 そう橘さんの奥さんが仰いました。

「そう言えば、栗原さんは奥さんに一目惚れして結婚したらしいじゃないか。いやはや、意外とあんたも乙女なんじゃなぁ。うひひ」

 河田さんが言うと、栗原さんは「うるさいわい。早くぜんざい食べてしまえ。冷めたら勿体無いわ」と睨みながら言いました。

「お父さんが、山の上から景色を見ようと誘ってくれたのよね。春だったから、山が桜で綺麗に色付いてとても素敵だったのよ」

「まぁ。それは私も見てみたいですね。今年は登って見ようかしら」

 私は栗原さんの奥さまにそう言って、桜で淡いピンク色に染まる山々の景色を想像しました。

 ぽんすけや葉子さんと、お弁当を持って山登り。

 何だかとても楽しそうですね。

「良いなぁ。素敵。私も、もっと元気なら山登りするんだけど」

「・・・行こうよ!春になったら。桜の景色見に行こうっ」

 少し残念そうに話す北原さんに、佐野さんが勢い良く言いました。

「え、でも。さすがに山登りは・・・」

「車で行けば良いよ。僕、ゆっくり運転するからさ、頂上まで車で行けそうな所は無いのかな?」

 それを見ていた白井さんが「あるよ」と仰いました。

「わしの家の裏山の隣に、大きな山が1つあるだろう。あっちは上まで車が通れる道があるよ。高さもあるから、景色も綺麗に見えるんじゃないかな」

 白井さんの言葉に「本当ですか!よかった!」と、佐野さんの表情もパッと明るくなります。

「雅紀君、ありがとう。とても楽しみだわ。私、お弁当作りたいけど、お料理って実はあまりやったことなくて・・・」

 美香さんは少し恥ずかしそうにチラリと私の方を見ました。

「ふふっ。私で良ければ、いつでもお教えしますよ」

「良かったぁ!じゃあその日は、私だけ早めに来てハルさんと一緒に作ろうかな」

「えぇ、是非。私も、北原さんとお料理するのを楽しみにしていますね」

 私の隣では、恋愛ドラマを見て胸をときめかせる様に「良いですねっ」と、葉子さんが目をキラキラとさせていました。

「どんなデートだって、ふたりだけの想い出だからね。貴女達が楽しいと思えば、他人とは比べ物にならないくらい幸せなものよ」

 栗原さんの奥様は、優しく微笑んでそう言うと、ぜんざいのお椀をテーブルにそっと置きました。

「あぁ、美味しかった」

「今年も良い年になりそうだねぇ。おせちと言い、ぜんざいと言い、本当に病気知らずで過ごせそうだよ」

 栗原さんと橘さんの奥様達がそう言いました。

 時刻は10時半。

 少し雲が多くなってきたようです。

 先程まで、店先の植木鉢のお花達には、太陽の光が降り注いでいたのに、今では空が薄暗くなってきました。

「雨が降るのか」

 橘さんが席を立って、窓から空を見上げます。

「早めに帰った方が良いかな」

 栗原さんが灰色の髭を触りながら言います。

「お父さん、私はまだゆっくりしていきたいわ。お昼ご飯もここで食べましょうよ。ハルさん、構わないかしら?」

 栗原さんの奥様が私に尋ねました。

「勿論、構いませんよ。ゆっくりしてくださいな。お昼は、おにぎりとお味噌汁、芽キャベツのお漬物もあります。おかずは皆様のお好きなものをお作りしますよ」

「雅紀君、私たちはどうする?」

「今日は仕事も無いから、ここに居ても良いよ」

 佐野さんの言葉に、北原さんは「良かったぁ」と嬉しそうに仰いました。

「もし帰る頃も降ってたら、村まで送りますよ。今日はトラックじゃないので、何回かに分ければ乗れますから」

 佐野さんの提案に、皆様は大喜び。

 そよかぜには、幸せの笑顔が溢れました。


 空気の冷たい、寒い冬。

 年が明けてから、おせちや鏡開きの日には、沢山のお客様がやって来てくださります。

 普段は静かで、食器やお料理の音が際立つ食堂。

 それはそれで良いものですが、こうして皆様の楽しげな声や笑顔がいっぱいの食堂も素敵なものです。

『大切な人と仲睦まじく過ごす1月』と言う言葉にぴったりですね。

 春になって、暖かいそよかぜが吹き込むのが楽しみです。

 新しい人との出会い

 馴染みのお客様との繋がり。

 春まではまだ時間がかかりますが、

 少しずつ、そこかしこに春の訪れを感じるようになるでしょう。

 身近の小さな変化に目をやるのも、心に余裕がなければ中々出来ません。

 毎日を丁寧に、ゆったりと。

 お料理には、うんと心を込めて。

 お客様に幸せになっていただけるよう、私自身も毎日を楽しく過ごしていきたいと思います。
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