おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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人日の節句

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 1月7日。

 皆様は、初詣などは行かれましたでしょうか?

 私は今朝、葉子さんと一緒に隣村の近くにある神社へ行って来ました。

 松の内という、しめ縄や門松を飾る期間。

 門松にその年の神様が宿るという事で、その間に初詣に行くと良いとされているのだとか。

 一般的には1月7日まで。

 地域によっては15日とされているようで、私はいつも忙しい時には行かずに、少し遅れてゆっくりと御参りするようにしています。

 今年も、破魔矢を頂いてきましたので、玄関に飾ってみました。

 その年の凶となる方角に向けて飾るとよいとされているようですね。

 皆様が災い無く、平穏に幸せに過ごせることを願って、お店の中に飾ることにしました。


 さて。今日は『人日の節句』という日になります。

 おにぎり食堂でも、この日にちなんだお料理をご用意しようと思っています。

 ゆっくりしていってくださいね。


「いやぁ、寒かったですねぇ」

 葉子さんはストーブの前で、冬の朝の空気でかじかんだ手を温めています。

 私は破魔矢を飾るために出していた小さな脚立を奥の部屋に戻し、エプロンを着けました。

 午前10時30分。

 今日は村の方々が来てくださるとのことで、お料理の準備を始めたいと思います。

 作るのは七草がゆ。

 人日の節句は、七草がゆを食べて無病息災を願います。

 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ

 これらを春の七草と言うのですが、まだまだ寒い1月。

 本来1月7日と言うのも旧暦の話。

 今で言う2月の事だそうです。

 1ヶ月も早いのですから、そう簡単に全ては手に入りません。

 スズナはかぶ、スズシロは大根の事なので、それくらいなら何とか自分でも入手出来ますが、それ以外は知り合いにお願いして届けていただきました。

 街で【おばぁの野菜カフェ】を営む谷本タツ子さんに相談すると、知り合いの農家さんが揃えて届けてくださったのです。

 今年も、人と人との繋がりに感謝ですね。

 そうそう。

 春の七草は2月になると野草として手にはいるものもありますが、とてもよく似た植物で毒のある物もあります。

 野草や山菜にしても、お店で入手するようにしてくださいね。


「これって食べられるんですねぇ。子供の頃によく見た気がします。大人になってからはあまり注意深く見なくなっちゃったから形すら忘れてました」

 葉子さんがキッチンに入り、調理台に並べた七草のうちのナズナを手に取り眺めています。

 ナズナはペンペン草とも呼ばれ、きっと写真を見れば思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 シャミセン草とも呼ばれるその植物は、三味線のバチに似た果実が、白い小さな花の下に付いています。

 夏頃になると、田んぼ近くの土手なんかに沢山生えているのですよ。

「どの植物も、栄養満点で体に良いんですよ。こんなに新鮮な状態の物を揃えるのは難しい事ですから、頑張って美味しい七草がゆにしましょうね」

「はい!全部揃った七草がゆなんて始めてですーっ」

「まずお米を洗って、今朝のうちにとっておいた出汁に浸けて頂けますか?その間に、葉物の七草は塩揉みして下茹で。かぶと大根は、洗ってから皮ごとスライスして茹でて下さい」

 葉子さんは「まかせてください! 」と元気よく返事をして、お米の用意に取りかかりました。

 私は、その他のおかずの用意を急ぎます。

 七草がゆの他には、ほうれん草のお浸しと、ゴボウと大根などを使って、田舎味噌の豚汁を作ります。

 七草がゆだけでなく、その他も旬の物を沢山味わって頂きたいと思っています。

 実は今朝早く、栗原さんが畑で採れたちぢみほうれん草を持ってきてくださったのです。

 寒い地域で育つちぢみほうれん草は、寒さに耐える為に葉が厚くなり、甘みや旨味が増します。

 そうして厳しい環境で育った野菜は、栄養も豊富。

 寒さに身をぎゅっと縮こませた姿が、何だかとても可愛らしく思えます。

 お浸しは、沸騰させた薄口醤油・みりん・出汁を用意して、下茹でしたほうれん草を浸けておきます。

 だいたい1時間ほど。

 盛り付けの時に鰹節を乗せて完成です。

 深い緑色の綺麗なお浸し。

 見ているだけでも、季節を感じられますよ。

 お次は豚汁を作りましょう。

 ほかほかの生姜たっぷりの豚汁。

 以前作った優しいお味噌の甘みと、生姜やごぼうの香りが染み渡る豚汁。

 思い出すだけで、お腹が空いてきますね。


「ハルさん、ここからどうしましょう」

 お出汁に浸したお米を火にかけて、暫く煮てくださっていた葉子さんが尋ねました。

「下茹でした葉物は適当に切ってください。お粥に全ての七草を入れて完成ですよ」

 お粥は、かつおと昆布、椎茸からとった出汁を合わせたもので炊いてもらっています。

 お塩で味付けするのもシンプルで良いのですが、せっかくなので丁寧にとったお出汁の旨味で、七草がゆを楽しんで貰おうと考えました。

 お好みでお塩を少し入れていただくなどしても構いませんよ。

「良い香りですねぇ」

 私の手元のお鍋でグツグツと煮たつ豚汁を見て、葉子さんも幸せそうな顔をしています。

 あとは、田舎味噌を入れれば完成。

 皆様に食べていただくのが楽しみです。


「こんにちは、あけましておめでとうございます」

 栗原さん達がいらっしゃったのかと思えば、来てくださったのは近くの駅で働く、木ノ下拓海さんです。

「あらあら、いらっしゃいませ。あけましておめでとうございます。来てくださってありがとうございます」

 木ノ下さんの足元では、ぽんすけが以前来たのを覚えているのか、歓迎するかのように走り回っています。

「ごめんなさいね。ほら、ぽんすけ。落ち着きなさいな」

「あははっ。大丈夫ですよ、相変わらず元気だなぁ」

 木ノ下さんはしゃがみこみ、ぽんすけの頭や体をわしゃわしゃと撫でてくださり、ぽんすけも気持ち良さそうに目を細めて笑っているような表情をしています。

「まぁ、ぽんすけったら。ふふっ。木ノ下さんが大好きなのねぇ」

 ぽんすけの無邪気なその表情は、見ているだけで笑みがこぼれます。

 話を聞くと、駅員さんである彼は昨日・今日はお休みなのだとか。

 新しい駅員さんが増え、たまにはお休みが連続して貰えるようになったそうです。

「昨日は実家に顔出しに行ってきたんです。田舎で駅員になるのを良く思っていなかった両親とも仲直り出来ました。これからはちょくちょく様子を見に帰ろうと思います」

 彼は嬉しそうにテーブルにつきました。

「良かったですね!ご両親が元気なうちに沢山会えますね」

 葉子さんが温かいお茶の入った湯飲みをテーブルに置きます。

 葉子さんのお父様の話は聞いたことはありませんが、お母様はもう亡くなられています。

 きっと、そう言ったことを思い出すのかもしれません。

「ここに来たお陰ですよ。ハルさん達は勿論、お客さんも良い人で、帰る勇気を貰いましたから」

 その時「こんにちは」と言う声と共に、栗原さんご夫婦、橘さんご夫婦、白井さんがやって来ました。

「ハルさんや、1人増えたんだけど良いかね?」

 栗原さんが「ほら、入って入って」と招き入れたのは、食堂に来るのは初めての方でした。

「河田さんだよ。ほら、あんたがぽんすけの餌を貰いに来た時に話した。うるさいコロの飼い主だよ」

「うるさいとは失礼だな。ありゃあ番犬の役目を果たしてるだけだよ」

「はっはっは!やかましいから、わしが餌やったら尻尾振っとったぞ。番犬には向かんのじゃないか?」

 からかう栗原さんに、「ふんっ」と河田さんは鼻を鳴らしています。

 そんなお二人に、私も含め皆さん笑ってしまいました。

「この二人は昔からずっとこんな状態なんだよ。それでもお互いが元気にやっとるか、家や畑をコソコソ覗き合っててね。何だかんだで仲は良いんだよ」

 橘さんが言い、奥様達も「そうそう」と笑っています。

「河田さん、おにぎり食堂『そよかぜ』へようこそ。ゆっくりしていってくださいね」

 そうして皆様をテーブルへとご案内しました。


「はい、どうぞ」

「お待たせしました。旬の物を沢山ご用意しましたから、ゆっくり召し上がってくださいね」

 葉子さんと一緒に、木ノ下さんと、栗原さん達が座るテーブルへお料理を運びます。

「まぁ、良い香りだねぇ」

 橘さんの奥様が豚汁を見て仰います。

「七草がゆなんて、この辺りじゃ中々手に入らないものねぇ」

「今年は特に寒いから、余計に難しいだろうなぁ」

 栗原さんの奥様と白井さんは、七草がゆを見て大変気に入ってくださったようです。

「いただきます」

 食堂に皆さんの声が響き渡りました。


「このほうれん草、わしが今朝採ってきたんだぞ」

 栗原さんは、お浸しを食べる河田さんに胸を張って言いました。

「ほう。あんた、ちぢみほうれん草なんかも作っとるのか。てっきり雑草が生えとるのかと思ってたなぁ」

「何を言うんだ、あんたは。相変わらず嫌な性格してるな」

 お二人は変わらず毒を吐き合っていますが、その表情はどこか楽しそうにも見えます。

 これはこれで、友情の1つの形なのかもと、キッチンの丸椅子に座りながら、楽しく眺めさせて頂きました。

「この七草がゆ美味しいねぇ。これなら若い人でも食べられそうだね」

「本当だな。流石ハルさんじゃ。まどかも、これなら好きかもしれんな」

 お出汁の効いた七草がゆを召し上がりながら、栗原さんご夫婦がそう言いました。

 お塩で味をつけただけだと、若い方は少し食べにくい味かもしれませんね。

 恐らく青臭さだと思うので、塩を揉んで下茹でして、しっかりアクを抜けば大丈夫かと思いますよ。

「あの。栗原さんですよね」

 冷えた体に温かいお料理を食べた木ノ下さんは、ほんのり頬が赤くなっています。

 美味しかったらしく、あっという間にお皿の全てが空になっていました。

「はい?確かあんた、前に会ったね」

 栗原さんは木ノ下さんに、にっこりと笑顔を見せました。

「はい、木ノ下と言います。栗原さんのお陰で、実家に帰る勇気が貰えまして。両親とも仲直り出来たので、改めてお礼が言いたくてっ」

 木ノ下さんは席を立ち、栗原さんの前に立ち、頭を下げました。

「ありがとうございました。またお会いできて良かったです!」

 彼のその大きな気合いの入ったお礼に、栗原さんも大きな声で笑いました。

「そうか、そうか。役に立てたなら良かったよ。ご両親、大事にするんだよ」

「はい! 」


「栗原さんでも役に立つんだなぁ」

 横からすかさず河田さんが、いたずらっぽい表情で笑いながらそう言い、栗原さんはムッとして「あんたの役には立ってやらんがな! 」と、舌を出して言いました。

 そうしてまた、食堂にはそんな二人に対する皆さんの笑いに包まれました。


 皆様はお料理を召し上がり、お茶を飲んでひと息ついていました。

「今度からは、私も畑の野菜を持ってこようかね」

 河田さんが、キッチンに居る私に言いました。

「まぁ、それはとても嬉しいですね。是非、食堂で使わせてくださいな」

「栗原さんに負けておれんからな」

 河田さんは、栗原さんを横目で見ます。

「ふん。わしだって、今年も頑張るつもりだから負けないよ」

 栗原さんは腕をまくってみせています。

「じゃあ僕も、時々ここへ遊びに来ようかな!皆さんの一生懸命作った野菜を、ハルさんが美味しくお料理してくれるんだから、是非食べたいですし」

 お二人の様子を見ていた木ノ下さんは、私にそう言いました。

「ええ。いつでもいらしてくださいな。ぽんすけも喜びますから」

 店先で楽しげな私たちの様子を眺めるぽんすけを見てそう言うと、ぽんすけもパタリパタリと尻尾を振って喜んでいました。

「じゃあハルさんや。ごちそうさまでした。また来るよ」

「随分長居してごめんなさいね。お料理、美味しかったよ。ありがとう」

「ハルさん、ありがとうございました!今年も宜しくお願いしますねっ」

 15時。

 賑やかに皆さんが帰っていき、食堂は再び静かな雰囲気に戻ります。

「楽しかったですねぇ」

 葉子さんは食器を洗いながら、ニコニコしています。

「本当に。今年も一年、皆さんが元気に過ごしてくださると良いですね」

 テーブルを拭き、玄関に飾った破魔矢を見上げて言いました。

 賑やかな皆さんの余韻が残ったかのような、不思議な雰囲気。

 とても楽しい人日の節句となりました。

「あら、ぽんすけお散歩に行きたいの?」

 私の足元をちょろちょろと歩き回っては、私を見上げてお散歩を訴えています。

「あ。これが終わったら私が行きますよ。ハルさんはゆっくりしていてください」

「そうですか?ではお願いしましょうかね」

 今日のぽんすけのお散歩は、葉子さんにお任せしましょう。

 その間に私は、門松やしめ縄のお片付けをしようと思います。

 ちなみに、この門松やしめ縄は、古い破魔矢と共にどんど焼きに持っていこうと思います。

「よし、じゃあぽんすけ行こうか!」

 葉子さんがぽんすけを連れてお散歩に出掛けていきました。

 ぽんすけと共に走っていく後ろ姿を見送り、私はしめ縄をはずす為、脚立に上ります。

 門松をどんど焼きの場所まで運ぶのは大変ですが、佐野さんがお手伝いしてくださるとの事で、お言葉に甘えることにしました。

「佐野さんには本当にお世話になるわね」

 そんな事を呟きながら、いつも美味しいお野菜を届けてくださる佐野さんに心から感謝しました。


 良く晴れて水色だった空も、今は少しずつ、夕陽の優しい黄色が絵の具を溶かしたように混ざっていきます。

 時折吹く風が手や頬などに当たると、ぎゅっと縮まるよう。

 ふふっ。まるで、ちぢみほうれん草ですね。


 皆様も、風邪など引かないよう、あたたかくしてお過ごしくださいね。
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