おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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おせち料理

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「ハルさん、これが出来たら完成ですか?」

 1月1日。午前11時。

「えぇ、あとはこのお雑煮を作れば出来上がりですよ」

 朝早くから用意した、おせち料理。

 と言っても、ここは食堂ですから、お重ではなくお皿に盛り付けたおせちプレートです。

 お年寄りや農家の多い土地ですから、それに因んだお料理をご用意しました。

 片口イワシの稚魚を飴煮にした、田作り。

 まさに黄金色の小判を連想する栗きんとんは、豊かさや勝負運を願うものなのだそう。

 縁起物の昆布巻きや、おせちの定番である伊達巻。

 まめに働き、元気に生活出来るように願う黒豆。

 かつおと昆布のお出汁で煮た、有頭海老。

 そして今、葉子さんが担当しているのは、畑で採れた金時人参をお花の形に飾り切りしたものと、蓮根、干し椎茸、手綱こんにゃくのお煮しめ。

 私は、お雑煮を作っています。

「こんな感じでどうですかね?」

「えぇ、バッチリですよ。火からおろしておいてくださいな」

 干し椎茸のお出汁がたっぷり染みた、優しくて心もホッとするような美味しいお煮しめが完成しました。

 あご出汁と言うのをご存知でしょうか?

 トビウオを干したものからとれる出汁のことで、九州のお雑煮で使われるものだそうです。

 上品でスッキリとした、でもとても味わい深いお出汁。

 今年は、そんなあご出汁でお雑煮を作っています。

 具材は、この時期の旬のものばかり。

 ぶり、高菜の仲間であるかつお菜、菜の花、干し椎茸、里芋、紅白かまぼこ。

 お出汁には、あごと昆布、干し椎茸の戻し汁を使います。

 柔らかくトロリとした里芋と、ほんのり甘味のあるかつお菜。

 畑で大切に育ててきた菜の花。

 旬のブリが美味しいことは言うまでもありませんね。

 身の締まった出世魚であるブリを入れた、贅沢なお雑煮。

 紅白かまぼこで、一気におめでたいお正月の雰囲気が出ます。

 今日は、待ちに待った大切な友人が来ると連絡がありました。

 そろそろ来る頃でしょうか。

 土鍋では、炭を乗せたお米が炊き上がりました。

「ハルちゃん、こんにちは」

 食堂の扉が開き、やって来たのは谷本タツ子さん。

「あら!いらっしゃいませ。あけましておめでとうございます。お待ちしていました、さぁこちらへ」

 葉子さんにお雑煮をお願いして、谷本さんの元へ駆け寄りました。

「おめでとう。ハルちゃんらしい良いお店ねぇ。わんちゃんも可愛いねぇ」

 席へついたタツ子さんは、マフラーと手袋を外してお出ししたお茶の湯飲みを両手で包むようにして手を温めます。

「少し早かったかね?」

「いえ、私も楽しみにしていたので早く来てくださってとても嬉しいです。寒かったでしょう?」

 キッチンへ戻った私は、お皿におせち料理を盛り付けます。

 お煮しめは、金時人参の赤みのある濃い色のお陰で、いっそう華やかに彩られています。

 栗きんとんや、黒豆、田作り、伊達巻。

 真ん中に、海老を盛り付けると豪華なおせちプレートの完成です。

「タツ子さん、おにぎりの具は何にしましょうか?」

「そうねぇ・・・あ。もしかして梅干しはハルちゃんが漬けてたりするのかい?」

「えぇ、昔タツ子さんに教えていただいたやり方で。お客様にも評判が良いし、私も大好きなので今も続けているんですよ」

 その言葉にタツ子さんは「嬉しいねぇ。じゃあ梅干しにしようかね」と仰いました。

 それからは私がお料理の用意をする間、席に座って店の中を見回したり、お茶を飲みながら窓越しに見える冬の空に鳥たちが飛び交う景色を見ていました。

 静かな店内に、私と葉子さんがお料理を用意する音と、だるまストーブの火の音。

 時折、ぽんすけが歩く足音が響いています。

「良いところにお店を出したんだね」

「えぇ。静かな空気が流れるこの土地がとても気に入ったんですよ。ここは土も良いですから、畑の野菜もよく育ちますし。はい、お待たせしました」

 お料理をタツ子さんのテーブルにお出しすると、タツ子さんは身を乗り出すようにして「へぇ・・・凄いねぇ。美味しそうだね」と早速お箸を手にしました。

「煮しめもよく出来てるねぇ。ここにある野菜も自分で作ったのかい?」

 金時人参や干し椎茸のお煮しめを食べたタツ子さんは大変気に入ってくださったようで、嬉しそうにそう言いました。

「はい。人参や、お雑煮の菜の花はうちで採れたものですよ。蓮根などはここのお客様が農家の方で、そう言った方々から頂いたものなんです。皆さんに支えられて私の食堂は成り立っているんですよ」

「そうかね。良いねぇ、ハルちゃんも寂しくないねぇ。いい人に囲まれていて、本当に良かったよ」

 顔のシワを深くして笑うタツ子さんは、美味しそうにお料理を食べてくださいました。

「おにぎり美味しいね。梅干しも昔よりも上手に漬かってるし、私なんかよりずっと上手になってるよ」

 タツ子さんがおにぎりを召し上がっていると、お店のドアが開きました。

「あの・・・あけましておめでとうございます」

「あらっ。いらっしゃいませ。あけましておめでとうございます。ぽんすけ、良かったわねぇ」

 やって来たのは、ぽんすけの前の飼い主さん。

 小田圭織さんです。

 ぽんすけは彼女が入ってくるなり駆け寄り、足元をくるくると走り回っています。

「お正月休みなので、遊びに来ちゃいました」

「ありがとう。さ、お席へどうぞ」

 私が小田さんを席へとご案内し、葉子さんはキッチンでお茶を淹れてくださいます。

「あ、おせちですか?私、独り暮らしなのでお節料理なんて食べてなくて。ここで食べられるなんて嬉しいです」

「お雑煮もありますから。ご用意しますね」

 小田さんは「嬉しい!」とわくわくしています。

「おにぎり、具は何にしましょうか?」

「じゃあ・・・昆布でお願いします」

「かしこまりました」

 そうしてキッチンに入り、小田さんのお料理を準備しました。

 葉子さんがお茶をお運びしている時、ふと店先にいるぽんすけを見ると、遊んでほしそうに小田さんをじっと見つめています。

「ふふっ。ぽんすけったら、小田さんが来てくれて本当に嬉しいのね」

 澄んだ瞳で見つめるぽんすけに、思わず笑みがこぼれます。

「あとでお散歩に連れていってもいいですか?」

「勿論ですよ。ぽんすけも喜びますよ」

 そんな私と小田さんの様子を、タツ子さんはお雑煮を食べながら見ていました。

「お正月って感じがするねぇ」

 お雑煮のおつゆを飲みながら、タツ子さんが笑顔で言いました。

「本当ですね。私もここでおせちが食べられるなんて思ってませんでした」

 キッチンで準備するお料理を見ながら、小田さんがそう言います。

「お料理もそうなんだけどね、1月って睦月って言うだろう?みんなが仲睦まじく過ごす時期って意味なんだよ」

「へぇ、そうなんですか。何だか素敵ですね」

 小田さんは目を丸くして言いました。

「ここは、そう言うのが強く感じられるような気がするよ。あぁ、美味しかった」

 お雑煮のお椀をテーブルに置いて、「ふぅ」と息をつきます。

「はい、どうぞ」

 葉子さんがお料理を小田さんの前に並べました。

 私は、タツ子さんに新しく淹れたお茶をお出しします。

「私の店もそうだけど、ここは余計に人との繋がりを感じられるんじゃないかい?」

「えぇ。静かで何もないからこそ、お客様ひとりひとりとの関わりを深く感じることができます」

 私がそう答えると、彼女は「あははっ。そうだろうねぇ」と笑いました。

「これおいしい!こんなお雑煮初めてです」

 小田さんは、あご出汁のお雑煮、それも鰤の入ったものは初めてのようでした。

 お節もおにぎりも食べたあと、お雑煮をお代わりしてくださいました。

「海老は長寿を願うというけど、本当にここのお料理を食べたら長生きできる気がするよ」

 タツ子さんはそう言って、お茶を飲みました。


 午後1時。

 食後のお茶を飲み、一息ついた小田さんが席をたちました。

「ぽんすけのお散歩に行ってきます」

 彼女は大喜びするぽんすけを連れて、食堂を出ました。

 小田さんが店を出て、タツ子さんとお喋りをしていると間もなくして、村から杖をついて白井さんがやって来ました。

「どうも、あけましておめでとうございます」

「まぁ、いらっしゃいませ。あけましておめでとうございます。中へどうぞ。葉子さん、お願いします」

 キッチンで片付けをしていた葉子さんも、慌てて「はーい!」と、お茶の用意をし始めます。

「冬になるとさすがに膝が痛くて。杖が無いと歩けないなんてすっかりじいさんですな。歳を感じます、はははっ」

 そう困ったように笑いながら、席へ腰掛けました。

 白井さんは82歳。

 普段は山へ山菜を取りに行ったり、畑の世話をしたりと十分元気な方です。

「白井さん、お食事はまだですか?おせちとお雑煮をお出しできますが、いかが致しましょうか」

「あぁ、そしたらお願いできますか。すみませんね、片付けも済んでいたのに」

 白井さんが申し訳なさそうにそう言いました。

「大丈夫ですよ。それに一生懸命作りましたから、食べていただけると嬉しいです」

 私がそう言うと白井さんは安心したように「そうか、そうか」と仰いました。

「はい、どうぞ」

 おせち料理と、お雑煮。焼いた鮭のおにぎりをお出ししました。

「村の人も来てくれるなんて良いねぇ」

 隣のテーブルで見ていたタツ子さんもニコニコしています。

「沢山の方に足を運んで頂けて、幸せですよ」

 私はキッチンの丸椅子に腰掛け、葉子さんに「お疲れじゃないですか?部屋で休憩してくださっても大丈夫ですよ」と伝えました。

 白井さんは、美味しそうに海老を召し上がっています。

 朱色の大きな海老は、お出汁で煮ているので柔らかくぷりぷりしていて風味も豊か。

 長寿を願う海老や、元気に過ごせるようにと願う黒豆。

 五穀豊穣を願う田作りなんてのも、この村にはぴったりのお料理ばかり。

 そんなお料理に込めた想いと、美味しそうに食べてくださる人。

 この風景を眺めていると、食堂をやっていて良かったと、心から感じられます。

 お正月は家族親戚が集まって、食卓を囲んで美味しいお料理で団欒を楽しみますが、ひとりで暮らしている方も多い現代。

 白井さんや小田さんのように、おせち料理などを食べる機会がない方もいらっしゃいます。

 そういった方々に、心のこもったお料理を食べながら、人の温もりを感じて頂けたらと思います。

 静かで何もないからこそ。

 自然の音や虫の声。

 季節の移ろいを、空や草花から感じる。

 静かな食堂だからこそ、感じられるものがあります。

 優しくあたたかいこの土地で、今年もゆったりと皆様と過ごしていきたいと思っています。


「戻りました。あははっ。寒いはずなのに走りすぎて暑いですね」

 小田さんと散歩に出ていたぽんすけが、楽しかった喜びを全身で表現するかのように私に駆け寄ってきました。

「ふふっ、ぽんすけ良かったわねぇ」

 白井さんは「はははっ。やっぱりこの食堂にはお前も居ないとな」とぽんすけを見て笑っていました。

「ハルちゃん」

 私たちの様子を見ていたタツ子さんが私に声を掛けました。

「本当に良かったねぇ」

 そう言って、目尻にシワを寄せて笑いました。

「はい。とっても幸せです」

 私もそう笑顔で答えました。

「そう言えば、雪降ってきましたよ」

 小田さんが指差す窓を見ると、いつの間にかふわふわと雪が舞い始めていました。

「おやおや、じゃあ寒くて暫く帰れないねぇ」

「はははっ。そうですなぁ。こりゃあここでのんびりしていなきゃいけないですね」

 タツ子さんと白井さんが笑いました。

「ハルちゃんとまだまだ居たいから、帰れない理由が出来て助かったよ。あはははは」

 タツ子さんの笑い声につられて、小田さんや白井さんも笑いだし、店が賑やかになります。

「ふふっ。いくらでも居てくださいね。何なら、お茶菓子でもお出しして皆でゆっくりしましょうか」

「あ。じゃあお土産に持ってきたうちの店の野菜チップスも出そうかね」

 鞄から、以前タツ子さんの【おばぁの野菜カフェ】で食べた野菜チップスを出してくださいました。

「やったー!私も食べますっ」

 私たちの声が聞こえたのか、葉子さんが階段を掛け降りてきました。

「あらあら、はははっ。元気な店員さんだねぇ」

「家に独りで居ないで、出て来て正解だったよ」

「私も、今日ここに来れて良かったぁ。ね、ぽんすけ」

 そうして、私たちはテーブルを囲んでお茶とお菓子を用意して、お喋りに花を咲かせました。

 小さな村のはずれにある、小さな食堂。

 今日は店の外にまで笑い声が聞こえてるんじゃないかしら?

 そんな風に思うほど、とても楽しいお正月を過ごしました。

 おにぎり食堂「そよかぜ」を、今年も宜しくお願い致します。

 可愛い看板娘のぽんすけ

 元気で働き者の葉子さん

 そして私、桜井ハルが皆様のご来店を心より御待ちしております。
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