おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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れんこんのはさみ揚げ

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 皆さんれんこんはお好きですか?

 秋口のれんこんは、柔らかくあっさりしたのが特徴らしく、冬場のれんこんは粘りがあり甘味があるそうです。

 本日は、佐野 雅紀さんから新鮮なれんこんを買わせて頂いたので、鶏の挽き肉を挟んで、れんこんのはさみ揚げを作りたいと思います。


 本日のおにぎり食堂『そよかぜ』は、朝から賑やかです。

 午前11時。

 日曜日の今日は、佐野さんが蓮根を持ってきてくださり、今は葉子さんと一緒に奥の部屋からストーブを出すのを手伝ってくださっています。

 お天気はとても良いのですが、すっかり冷たくなった空気に、暖かなストーブが恋しくなります。

 私は、れんこんを酢水にさらし、挽き肉の味付けをしたところです。

 白いれんこんは、歯応えも楽しむために少し厚めに切りました。

 水気を拭いて片栗粉をまぶしてから、挽き肉を挟みます。

 最後にもう一度薄く片栗粉を満遍なく付けてから、熱した油で揚げていきます。

 からりと揚がったれんこんのはさみ揚げは、シャキシャキとした食感でとても美味しいですよ。

 シンプルにお塩に付けていただくのが、私のおすすめです。


「これ、すごいっすね。こんなストーブ初めて見ましたよ」

 佐野さんは、食堂の真ん中に設置した、ずんぐりむっくりした真ん丸のストーブを見て仰いました。

 これは、だるまストーブと呼ばれるものです。

 店の上にある煙突に繋がるように設置するのです。

 石炭や薪を燃料とするもので 、昔は学校なんかで使われており、私はこのシルエットが可愛らしくて大好きで、手放せずにいます。

「こんなの、おばあちゃん家でお手伝いして以来ですよ。でも意外と覚えてるものですねぇ」

 笑いながら、葉子さんが手際よくストーブに火をつけると、次第に暖かい空気がテーブル席の周りをふわりと温めてくれます。

 石油ストーブに比べると、確かに火をつけるにも後片付けも手間が掛かりますが、柔らかな火が、寒い冬を楽しく彩ってくれ、とても風情があるものです。

 葉子さんと佐野さんは、柵で囲ったストーブの前にしゃがみこみ、冷えた手をかざして温もっています。

 シュワーと言うれんこんを揚げる音も相まって、何だかわくわくしてきました。


「葉子さん、お漬け物を出していただけますか?」

「はーい! 」

 葉子さんは、ストーブの前から立ち上がり、キッチンに入ってきました。

「佐野さんは、おにぎりは何にしましょうか?」

「・・・」

 佐野さんを見ると、店の入り口をじっと見つめてぼんやりしています。

 視線の先には、遊んでもらえると期待してボールをくわえてお座りするぽんすけ・・・ですが、見ているのはそこじゃないでしょう。

「ふふふっ。北原さんなら、いらっしゃるとすれば、もうそろそろだと思いますよ」

「へ?! あ、あぁそうですか・・・あははは」

 佐野さんは明らかに動揺しており、思わず笑ってしまいました。

「佐野さん、少しストーブから離れないと顔真っ赤ですよ」

 私がそう言うと、「あ!本当ですか!いやぁ、何か暑いと思ったら!」と、近くのテーブルにつきました。

「じゃあ今日は梅干しにしようかな」

「はい。お作りしますね」

 特製の梅干しを、炊きたてのほかほかご飯に入れて、優しくふんわりと握ります。

 海苔を巻いて、準備のできたおかず達と共にお盆に並べました。

「はい、どーぞ」

 葉子さんが大根のお漬け物を添えたお料理を、佐野さんの前に置きました。

「れんこんのはさみ揚げなんて、手間が掛かるからあんまり食べさせて貰ったことないです。美味しそうですねぇ」

「いただきます」と手を揃えた所で、食堂の玄関の扉が開きました。

「こんにちは」

 やって来たのは、佐野さんお待ちかねの北原 美香さんです。

「こ、こんにちは!いやぁ、よく会いますね」

「週末になったら、しょっちゅう自分から会いに来てるのにね」

 私の隣で葉子さんがクスクスと笑いながら言いました。

 色の白い北原さんは、冬場になると更に白く見えます。

 ストーブの暖かい空気に触れて、頬がほんのり色付いて、とても可愛らしいのです。

 それを見て、佐野さんも余計にドキドキしているのでしょう。

 手が滑ってお箸を落としてしまいました。

「はい、新しいお箸ですよ」

 葉子さんが急いで取り替えに行くと、佐野さんも流石に恥ずかしそうに「すみません」と仰いました。


 北原さんの分もお食事をご用意して、葉子さんが後片付けを、私はぽんすけを撫でながら、お二人の食事風景を見守ることに致しました。

「いつも思うけれど、本当におにぎり美味しい」

 北原さんのおにぎりは、おかかです。

 甘辛い味がお米にじんわりと染み込むそのおにぎりを大変気に入ってくださり、あっという間に食べきってくださりました。

「北原さん、このれんこんも凄く美味しいですよ!」

 佐野さんは、残り1つになった自分の挟み揚げを指して言いました。

「うん。私もれんこん好きです」

「そうなんですか! これね、うちで作った蓮根なんですよ! またいくらでも持ってきますよ!あ、何なら持って帰ります?まだ家に腐るほどあるから・・・!」

 必死な佐野さんを見て、北原さんもクスクスと笑いました。

「ありがとうございます。でも、暫くここには来れそうにないから」

「え?」

「来週末から、少しの間だけ入院することになったんです。と言っても、検査入院ですけど。退院の目処はたってなくて」

 話を聞くと、持病は良くなっていたとの事でしたが、定期検査で少し結果が良くなかったらしく、念の為に詳しく検査をすることになったのだそうです。

「そうなんだ・・・でもほら!退院したら、また会えますし!そうだ、良かったら退院したら・・・」

 そう言いかけた時です。

「退院の目処はたっていないって言ったじゃないですか」

 店内に、少し冷たい北原さんの言葉が響きました。

「何も知らないから仕方無いけれど・・・良くなってからこんな事無かったんです。私も不安で、少し気をまぎらわせたくてハルさん達に会いに来たんです」

「あ・・・えっと・・・すみません」

 佐野さんは、消え入りそうな声でそう言いました。

「私こそごめんなさい。でも、退院の事は期待したくないの。そのまま入院になった時が辛いから」

 北原さんがそう言った後、静かで、何とも言い難い空気が食堂の中を流れました。

「北原さん、今召し上がられている蓮根ですが、縁起物って御存じですか?」

 私は北原さんに尋ねました。

「はい。おせちに入ってますよね。意味は、えっと・・・」

「見通しが良い。明るい未来を願う食べ物ですよ。それに蓮根は栄養も満点なんです」

「明るい未来・・・ですか」

 北原さんは、れんこんの挟み揚げを取り、少し眺めてから1つ口にしました。

「美味しい。凄く美味しい。シャキシャキしてて、癖になりますね」

 北原さんの表情が、少し緩みました。

「信じるってとても大切なんですよ。私も北原さんの明るい未来を信じています。それに、待ってくれる人が居るなんてとても幸せな事ですよ」

 私はちらりと佐野さんを見ました。

 北原さんも私の視線に気が付いて、クスリと笑いました。

「そうですね。佐野さんが待ってくれているなら、私も未来を信じなくちゃいけませんね。きっと大丈夫って」

 その言葉にガタンと佐野さんが立ち上がりました。

「そうですよ!僕、待ちますよ!何日でも。でも無事に退院するのを願っています!」

「・・・ありがとう」

 佐野さんの様子を見て、少し目を丸くして驚いた北原さんが静かに微笑んでそう言いました。

「不安不安って生きていても、つまらないですね。それに折角のお料理も台無しになっちゃう。一生懸命れんこんを育てた佐野さんにも申し訳ないですよ
 ね」

「あ、あはは!そうですよ!まぁ、それ作ったのは親父なんですけどね、はははっ」

 そうして、お二人は再びお料理を召し上がりました。

「はぁー。北原さんって本当に美人さんですよね」

 キッチンの方から葉子さんが言いました。

「そ、そうですか?自分ではわからないです・・・」

 お味噌汁を飲んでいた北原さんは、お椀を置いて俯いてしまいました。

 恥ずかしそうにする彼女の姿は、初めて見た気がします。

「えええっ!気付いてないんですか?そんな事ってあります?美人はみんな自覚してると思ってましたよ」

 葉子さんは大袈裟に驚いてみせます。

「北原さんは色も白いし、ウェディングドレスとか白無垢とか来たら、もう天使みたいでしょうね!良いなぁ・・・私なんて、当時太ってて、ウェディングドレスは背中の贅肉押し込むのに必死でしたから!」

 葉子さんの、贅肉を押し込むリアルなジェスチャーに、私も北原さんも佐野さんも笑ってしまい、食堂は一気に明るい雰囲気に変わりました。

 そうしてお二人がすっかり綺麗に召し上がられ、私と葉子さんが食器を下げたとき、北原さんも席を立ちました。

「楽しかったです。ありがとうございました。私、そろそろ帰ります。検査で少しでも良い結果を出せるように、ゆっくり過ごしておきます」

 北原さんが、ぽんすけの頭を一度撫でてから店を出ようとした時でした。

「手紙!書いても良いですか!?」

「手紙、ですか?」

 北原さんが佐野さんを振り向いて尋ねます。

「はい!明日から、検査入院の間も!北原さんと、ここ以外の場所でももっとお話したいです。お願いします」

 佐野さんは深々と頭を下げました。

「・・・LINEとかではなくて?」

「はい!あ、でも返事は無くても良いので!しょうもない文章しか書けないとは思うけど・・・少しでも僕やここの事を思い出すきっかけになって、気が楽になったら良いなって・・・思って。き、気持ち悪いですかね」

 佐野さんは、段々と言葉に自信が無くなるかのように、最後は苦笑いしながら言いました。

「あははっ。そんな事無いですよ。ありがとうございます。じゃあこれを」

 北原さんが初めて、声を出して笑ったのを見ました。

 彼女は、鞄からメモとペンを取りだし、近くのテーブルで何かを書き、そのメモを佐野さんに「どうぞ」と手渡しました。

「ここ宛に送って下さい。楽しみにしていますね」

 にっこり笑ってから、私たちにも頭を下げました。

「ありがとうございました。必ずまた来ます」

 そうして彼女は、店を出ていかれました。

「は、ハルさん」

「はい?」

「手紙・・・変な文章になってないか、出す前に確認してもらえませんか?」

「あら。どうしてですか?佐野さんの素直な文章で送るのが1番喜ばれると思いますよ」

「手紙送るなんて言っちゃったけど、手紙なんて今まで書いたことなくて・・・でも手紙って必ず後に残るし、気持ちも伝わりやすいかなぁって。勢いで言っちゃったんです」

 私の言葉に、足元に寄ってきたぽんすけの身体を撫でながら照れたように言いました。

「そうですね、でもそれこそ手紙の良いところですよ。拙い文章だったとしても、一生懸命書い文章は気持ちとなって伝わりますから」

「は、はい」

「手紙なんて今時なかなか無いから、素敵じゃないですかぁ!この時代に若いふたりが書く手紙だからこそ意味があるんですよ!良いなぁ、何かわくわくしますっ」

 葉子さんが言うと、佐野さんも「そ、そうですね。よし!頑張って書きます!」と、北原さんの書いたメモを握り締めて意気込みました。

 ぽんすけもその様子を見て、応援するかのように佐野さんをペロペロと舐めました。

「うわっ!あはは!こら、ぽんすけ!」

 佐野さんの笑い声につられて、私達も笑ってしまいました。


 れんこんが、明るい未来を願う様に。

 北原さんがまた元気にここへ来ることが出来ますように。

 冬場は、だるまストーブの優しい温もりと、身体に染み渡る田舎味噌のお味噌汁。

 炭を乗せて炊いた土鍋ご飯のおにぎり。

 人の手で丹精込めて作った美味しい食材を使った、おかずを一緒に。

 ここへ来た皆様に、明るい未来が訪れるよう、心を込めたお料理を作って御待ちしております。
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