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雨の日は静かに

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 今朝早くから降り始めた雨も、次第に風が強くなってきました。

 11月にもなると、流石に朝晩の冷え込みも強くなってきました。

 このような悪天候になると、お客さんは来ないでしょう。

 畑の水やりも雨に任せて、本日はお休みを頂くことにいたしました。

 さて、この雨の日。

 どう過ごしましょうか?


「ほらいくよー、ぽーん」

 葉子さんが転がしたボールを、ぽんすけが取りに行って嬉しそうにくわえて戻ります。

 葉子さんは、雨で散歩に出られないぽんすけを少しでも遊ばせてあげようとしてくださっていました。

「今日は風も凄いですね」

 私はカタンカタンと、窓の外に取り付けられた雨戸を閉めていきます。

「何か、物凄い低気圧が来てるとかってテレビで見ましたよ。さっきから徐々に雨もきつくなってますし・・・今日は1日中こんな感じでしょうねぇ」

 葉子さんは、ボールを持ってきたぽんすけを撫でながら言いました。

 葉子さんは雨の日が苦手なようです。

 外には出られないし、やること無いし、とのことです。

 だけど、実は私は雨の日も好きです。

 本当はもう少し風くらいは止んで欲しいものですが。

 雨の音を聞きながら、家の事をしたり趣味をしたりするのが大好きなのです。

 私は、草木染めや藍染めなどの服をいくつも持っています。

 隣の村で時折やっている骨董市や手作り市などで買っているのです。

 ここ最近は、そういう優しい風合いの服が大好きになり、昔のお洋服がタンスの肥やしとなってしまっているのです。

 とりあえず、その肥やしとなってしまっているお洋服をリメイクしようと思っています。

 今までもグラデーションの綺麗な水色のワンピースは、お花のブローチにしました。

 ビーズを縫い付けてみたり、違うはぎれと合わせてみたり。

 作ったお花のブローチは、帽子や鞄、お洋服に付けて楽しんでいます。

 スカートはコースターや、ティッシュカバーにリメイクしました。

 今日は、もう着なくなった厚手のシャツで、鍋敷きを作りたいと思います。

 まず、シャツを好きな大きさに切り、波縫いで周りを縫います。

 ちくちくとひと針ずつ。

 静かな部屋にカチッカチッと時計の秒針の音と、サーっと降りしきる雨の音が響いています。

 時折、雨戸や窓をガタンガタンと風が揺らしています。

 葉子さんは部屋で本でも読んでいるのでしょうか?

 ぽんすけはきっと、寒くなってきたので私が敷いてあげた毛布の上に丸くなって寝ているでしょう。

 そんなことを考えながら、ちくちくちくちく。

 静かに縫い進めていきます。


「よし」

 老眼のせいもあって、昔よりスピードの落ちた縫い物は単純な物でも一苦労です。

 縫い合わせた鍋敷きの角を切り落として、表に返します。

 そこに要らなくなった薄めのタオルを入れます。

 そして、ここで終わりではありません。

 先日、テレビで見たのですが、鍋敷きの中にハーブなどの香りのたつものを入れると、温かいお鍋を置いた時に香りが出るのだそう。

 ラベンダーをドライフラワーにしたものを詰めることにしました。

 これで、お料理を作る度にラベンダーの香りが出るのであれば素敵です。

 ご飯を炊いた土鍋なんかを乗せるのも、良いかもしれませんね。

 あとは、開いている所を縫うだけ。

 ちくちく。

 もう少しで完成です。


「ふぅ。できたわ」

 手作り鍋敷きを持って、食堂のキッチンへ降りました。

「あ、ハルさん」

 葉子さんが、お店のテーブル席で赤や白の造花を広げて、せっせと何かを作っているようです。

「あら、葉子さんも何か作ってらっしゃるんですね」

「はい、と言ってもかなり気が早いですけど。来月はクリスマスですから簡単なリースを作ろうかなーっと」

 その手元には、可愛らしい花や、クリスマスらしいポインセチア、キラキラとした金色や銀色の小さな丸い玉が付いたリースがありました。

「まぁ、素敵ですね。可愛らしいです。飾るまで、ホコリがかぶらないように大切にしないと」

 私がそういうと、葉子さんも嬉しそうにしていました。

「ハルさん、鍋敷きですか?それ、綺麗な柄ですねぇ」

 私の持っていた手作り鍋敷きを覗き込みます。

「えぇ、ラベンダーが入っているんですよ」

「へぇ!お料理するの楽しくなりますねっ」

「そうですね。あ、葉子さん。少し休憩しませんか?」

 時刻は10時30分。

 お昼にはまだ早いので、ティータイムにする事にします。

 ぽんすけは思った通り、店の玄関のそばに敷いた毛布の上で、丸まって寝ていました。


 ジュー パチッ パチッ

「ん?ハルさん、何してるんですか?」

 お茶にしましょうと言ったのに、何かを焼く音がし始めて不思議に思った葉子さんが、キッチンに立つ私に言いました。

「梅干しを焼いてるんですよ」

 私の手作り梅干しを、網に乗せて焼いています。

 焼いた梅を湯飲みに入れて、緑茶を注いで完成。

 お盆に、網目の付いた焼き梅のお茶と、お煎餅を乗せて葉子さんのいるテーブルへ運びました。

「はい、どうぞ」

「わー!焼き梅が入ってるお茶なんて初めてです」

「梅を少し崩してから飲んでみてくださいね」

 温かい湯飲みにふーっと息を吹き掛けてから、そっと飲みます。

「わぁ、ほっこりあたたまるってこの事ですねぇ」

 葉子さんの表情が緩みます。

 焼いた梅の塩分がお茶に程よく溶け込み、柔らかいしょっぱさとなって、とても飲みやすいのです。

 血流改善に効くようで、風邪のときなんかにも喉によいとされています。

 パリッと美味しそうな音を立ててお煎餅を食べつつ、静かなティータイムを過ごしました。

 外の雨は少し静かになってきています。

 勢いのよかった雨も、いつのまにか小雨に変わっていました。


「ハルさんはこれからまた何かするんですか?」

 葉子さんが食器をキッチンに運びながら言います。

「そうですねぇ・・・雨も少し落ち着いてきましたし、街の方へ行こうかと思います」

「あら、ハルさんがお出掛けなんて珍しいですねっ。私はぽんすけと遊んでますから、ゆっくり楽しんできてください」

 ぽんすけは自分の事を言われたのをわかったのでしょう。

 さっきまで眠っていたのに、ピクピクと耳を動かしたかと思うと、葉子さんの元に駆け寄りました。

「ふふっ。ぽんすけ、良かったわね。じゃあ、お昼ご飯用におにぎり作りましょうか。私も、持って行きたいので」

「はいっ!具は何にしようかなぁ」

「私は久々に焼き鮭とおかかにしますよ」

 私がそう言うと、葉子さんは目を輝かせるようにして「私もそれが良いです!」と仰いました。

 そうして私はエプロンをしてキッチンに入ります。

 塩を振った鮭を網に乗せて、パチパチと香ばしい音をたてて焼きます。

 それをホロホロとほぐして、土鍋で炊いたご飯に具として詰めます。

 もうひとつには、鰹節を甘辛く炒め煮にしたおかかを詰めて。

 おにぎりの完成です。

 葉子さんの分を渡して、私はアルミホイルで包み、お弁当袋へ入れました。

 もうすぐお昼になりますが、たまにはピクニック気分で外で食べるのもよいものです。

 そうして、私は部屋に戻って鞄を取り、小さな水筒とおにぎりを持って、店を出ました。


 お気に入りの青い傘をさして、久しぶりのお出掛けです。

 濡れたコンクリートからは、雨の独特なにおいがします。

 遠くに見える山々も、白い霧が掛かっておりとても幻想的に見えます。

 店から駅までは歩くと40分ほど。

 1日に数本のバスもありますが、天候が悪いと来るかどうかも当てになりません。

 私は地道に駅に向かって、静かな雨の田舎道を歩くことにしました。


「はぁ。やっと着いたわ」

 木造の小さな駅。

「あ、こんにちは」

 午前中の吹き荒れた風のせいで落ち葉だらけになった駅の構内を、掃き掃除しながら笑顔で挨拶をしてくれたのは駅員さんです。

 まだ若い彼と、年配の駅員さんと交替で勤務しているようです。

「足元、濡れてるので気を付けてくださいね」

 そう言って階段を上ろうとする私に、手を差し出してくださいました。

「あら、ごめんなさいね。ありがとう」

 私は彼の手を取り階段を上り、改札を入ってすぐの場所にあるホームのベンチに腰を下ろしました。

「次の電車まで、まだ30分掛かります」

 駅員室から顔を出した彼が、申し訳なさそうに言います。

「えぇ、大丈夫ですよ。ゆっくりお昼でも食べながら待ちます」

 そう言って私は持ってきたお弁当袋を見せました。

「僕もちょうどお昼を食べようかと思っていたんですよ」

 持っていたコンビニ弁当の入ったレジ袋を掲げて見せてくれました。

「まぁ、それなら良かったら一緒に食べませんか?」

 私が誘ってみると、彼は「え!良いですか?是非!」と私の隣にやって来て座りました。

「いつもコンビニのお弁当なんですか?」

「はい、独身なもので。作ってくれる人も居なくてですね。母も田舎に居て遠いですし。寂しいものです。あははっ」

 彼が開けたコンビニ弁当には、唐揚げや卵焼き、コロッケなんかも入っていました。

 野菜は少ないですが、若い男性ですし、こう言うものの方がお腹に貯まるのかもしれません。

 私は自分のおにぎりと、水筒を出しました。

「おにぎりですか、懐かしいなぁ。僕の母さんもよくアルミホイルに包んだおにぎりを、部活の朝練の時に持たせてくれました」

 懐かしむように彼はそう言って、割り箸をパキリと割ります。

「良かったら、交換します?と言っても、私はそんなに食べないので、おかずは好きなだけお弁当のを食べてください」

「ええっ。そんな、流石に申し訳ないです」

 彼はそう言いましたが、1人で毎日働く駅員さんに、たまには他人の作ったご飯を食べてほしいと、勝手ながら思ってしまったのです。

「気にしないでください。いつもご苦労様。はい、こっちはお味噌汁が入ってるのよ」

 そう。

 小さな水筒には、食堂名物の田舎味噌のお味噌汁を入れてきたのです。

「あ、ありがとうございます。いただきます、本当にすみません」

 まだ少し遠慮する彼に、おにぎりと、お味噌汁をコップに移したものを差し出しました。

 彼は、お味噌汁を一口飲みます。

「美味しい・・・これ、凄く美味しいです。手作りの味噌汁なんて実家でしか飲まないから、懐かしいです」

 そう言って、あっという間に飲み干しました。

 おにぎりのアルミホイルを剥き、おかかのおにぎりを食べます。

「これ、ご飯も凄い美味しいですね。おかかもコンビニなんかのと全然違って美味しい。もうひとつは何なんだろう。楽しみだなぁ」

 彼は子供のような笑顔で言いました。

 私は、隣で彼のコンビニ弁当を食べます。

 おかずの殆どは手を付けず、頑張って働く彼に残しておくことにしました。

「あ、僕、木ノ下 拓海って言います。すみません、ご飯まで頂いたのに名乗り遅れて」

 鮭のおにぎりを一口食べたところで、胸元の小さな名札を見せながら、慌てた様子で言いました。

「私は、桜井ハルよ。ここから村に行く道の途中で食堂をやってるの」

 静かな駅には、私達の声以外にも、すぐ傍の山から鳥の可愛らしいさえずりが聞こえてきます。

「へぇ、食堂ですか!こんな美味しいご飯が食べられるなら、行ってみようかな」

「是非。いつでもいらしてください。お野菜は、私や村の方々が作ったものでお料理をしているんですよ」

「良いですね。必ず行きます」

 木ノ下さんは、再びおにぎりを食べ始めました。

 まだシトシトと小雨の降る、単線の線路を眺めながら、ゆっくりと時間の流れる小さな駅で、私は若い駅員さんと一緒に過ごしました。


 街でのお話は次回に致しましょう。

 私のお気に入りのお店のお話です。
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