おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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菊酒

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 菊酒と言うのはご存知でしょうか?

 本日は菊の花を使って、菊酒を作ります。

 消毒した保存瓶にホワイトリカーを入れ、洗って水気を切った菊の花を入れます。

 冷暗所で1ヶ月程おいて、菊の花から色が出てきたら完成です。


 今朝は、昨夜から雨が降っており、シトシトと雨音が、おにぎり食堂そよかぜの店内に響いています。

「ハルさん、これで良いですかね?」

 葉子さんが、黄色い菊が浮かんだ瓶を持ってきました。

「えぇ、ばっちりですよ。ありがとうございます。あっちの部屋に置いてください」

 奥の涼しい部屋は、菊酒を保存するのにぴったりです。

「はーい!くっりごーはんっ!くっりごーはんっ!」

「ふふっ。余ったら食べましょうね」

「楽しみですーっ」

 葉子さんは上機嫌で、瓶を抱えて奥の部屋に入っていきました。

 先日、白井さんが栗拾いに行かれたらしく、お裾分けをしてくださいました。

 秋の味覚と言えば、栗も外せませんね。

 今日はおにぎりはお休みして、土鍋で栗ご飯を炊いています。

 旬のものですから、この時期は是非、ほっくり炊き上がった栗ご飯を食べにいらしてくださいね。


「はぁああ!ハルさん!たまりませんね・・・!」

 土鍋の蓋を開けると、白い湯気がもわっと上がり、お米の炊き上がる香りと共に、黄色い鮮やかな栗が姿を見せます。

「栗もほっこり仕上がってますね」

 炊けた栗ご飯に、軽く空気を入れるように混ぜながると、葉子さんは益々、土鍋を覗き込みます。

「ふふふっ。葉子さんったら、仕方ないですねぇ。少し召し上がりますか?お昼はまだ早いですけど」

「え!良いんですか!やったー!」

 はしゃぐように食器棚からお茶碗を出してきて「お願い致しますっ」と、私に手渡しました。

 ぽんすけが傍によって来て、物欲しそうにこちらを見上げています。

「あら、ぽんすけも食べたいのねぇ。でもわんちゃんにあげて良いかわからないし・・・ごめんなさいね」

 そう言って、目一杯あたまを撫でてやりました。

「おいしーっ!」

 そんな私とぽんすけの隣で、葉子さんは栗ご飯を堪能していました。

 今日は、まだやることがあります。

 余った食用菊を使ってお浸しを作るのです。

 しっかり洗って花びらを外します。

 酢を入れたお湯で茹でて、冷水にあげて水気を切ってから、ポン酢で和えます。

 シャキシャキとした食感と、菊の香り。

 酢を入れた事で、色鮮やかに仕上がる菊のお浸しで、爽やかに季節を感じられる一品です。

 葉子さんも、隣で「お花のお料理だなんて、可愛いですねっ」と、興味津々で見ていました。


「どうも、こんにちは」

 いらっしゃったのは、栗原さんご夫婦です。

「あら、こんにちは。雨の中来てくださったんですね 」

 雨に濡れた傘をたたみ、傘立てに置くご夫婦に駆け寄ります。

「ハールさんっ!お久しぶりです!」

 ご夫婦の後ろからひょっこり顔を出したのは、ここを開店した当初に来てくださった、お孫さんの栗原まどかさんでした。

「あらっ。遊びにいらしたの?」

「はい!と言うか、この山の向こうにある街のホテルに仕事が異動になったので、職場の傍に引っ越したんです」

 まどかさんは、ご夫婦と一緒に席につきます。

「孫も遊びに来たし、ハルさんとこで早めのお昼ご飯を食べようと思いましてね」

 奥様のとなりで、栗原さんも嬉しそうな表情をしています。

「あれっ。人増えてる!」

「はい!松本葉子と言います。宜しくお願いしますっ」

 葉子さんは3人に頭を下げました。

「ぽんすけも元気そうだな」

 栗原さんがぽんすけの頭を撫でながら言います。

「最近はお店の方はどう?お客さん来てくれる?」

 食事を用意する私の方を見て、奥様が言います。

「えぇ。思っていたより、来てくださっていますよ」

「この辺りは今まで人なんて殆ど来なかったから心配してたんだが・・・この店に誘われて来とるのかもしれんな」

 栗原さんがそう言ったときです。

「あら!ほら、話をすればお客様!」

 葉子さんの言葉に入り口を見ると、傘は持っているのにさして来なかったのか、びしょ濡れの綺麗な女性が立っていました。

 キッチンを葉子さんに任せて、私はタオルを持って駆け寄りました。

「まぁ、大丈夫ですか?風邪引きますよ、これどうぞ」

 タオルを手渡し、女性を店に入れました。

「やっぱり寒かったです」

 女性は長く柔らかい髪を拭きながら、少し笑顔で言いました。

「そりゃあそうですよー。もう夏じゃないんですから・・・」

 葉子さんが温かいお茶をお出しして言います。

「栗ご飯はお好きですか?良かったら皆さんと召し上がってください」

 栗原さんご夫婦とまどかさんにお料理をお運びしながら、女性に訊ねました。

「栗ご飯。お味噌汁も美味しそう。それ、お花ですか?」

「えぇ、菊のお浸しですよ。茄子のお漬物も私が作ったものですよ」

 そう女性に説明する私の隣では、まどかさんがお運びしたお料理を見て「わぁ!美味しそうっ」と、喜んでおられます。

「食べたいです」

「はい、すぐお持ちしますね」

 私がお料理を準備している間、女性はぼんやりと、でも嬉しそうに店内を見回していました。


「美味しい・・・!」

 女性は初めにお味噌汁を飲んで、そう言いました。

「おばあちゃんちの味がする」

「あら、貴女のおばあさまのお味噌汁も田舎味噌だったのですね」

「多分。よく似てるから」

 もう一口飲んでから、栗ご飯も召し上がりました。

「ハルさん、この栗って白井さんにいただいたんじゃない?」

 栗原さんの奥様が隣の席で言いました。

「ええ、裏山で沢山採れたそうで。お裾分けしていただきました」

「家にも今朝来てたもんなぁ。これだけ旨い栗なら、うちで湯がいて食べるのも楽しみじゃな」

「本当だねぇ。うちでも土鍋出して栗ご飯しようよ」

 まどかさんがそう言って私に「あとで作り方教えて下さいっ」と両手を合わせてお願いポーズをしながら仰います。

「勿論ですよ」

 私がそう言うと、まどかさんも喜んでおられました。


「北原美香です。私の名前」

 菊のお浸しを食べていた手を止めて言いました。

「これ、美味しい。見た目も綺麗です」

「季節ものですから。菊酒も作っているんですよ。飲み頃は来月ですけれど」

「菊のお酒・・・」と一言呟くと、静かに立ち上がりました。

「それ、来月の今ごろに来たら飲めますか?」

「えぇ。お出しできますよ」

 美香さんはパァッと嬉しそうに笑顔になり「来月、また来ます」と仰いました。

「美香さんは、どうして傘もささずに来たんですか?」

 食事を終えたまどかさんが、席から興味津々の顔で訊ねました。

「雨とか、自然を感じてみたかったんです。だからここに来て、お花のお料理を食べられて嬉しかった」

「でも流石に風邪引いちゃいますよー」

 葉子さんが私に「ねぇ」と同意を求めるように言います。

「子供の頃から病気があってずっと入院してたから、あまり外で遊んだことがなくて。体も随分良くなって、学校に行ってみたけど、人付き合いの仕方がわからなくて虐められるし」

「大変だったんですね。ここは自然も溢れていますし、虐めるような人なんて一人も居ませんから。私はいつ来てくださっても大歓迎ですよ」

 少し暗い表情になってしまった美香さんにそう言うと、「嬉しいです」と可愛らしい笑顔を見せてくださいました。

 美香さんは21歳で、とても綺麗な方です。

 どこか儚げで、神秘的な雰囲気を纏った人でした。

「私もこっちに引っ越してきたら、たまにここに来れますし、仲良くしてください」

 まどかさんがニッコリと笑ってみせました。

「そうですよ、ここは優しいお客さんばかりですし!私もハルさんも、ぽんすけも待ってます」

 葉子さんも「宜しくお願いします」と、頭を下げました。

「ありがとうございます。わんちゃんも可愛いし、ご飯も美味しいし。また来ます」

 そう言って、再びお料理を食べ始めました。

「じゃあ、そろそろ行こうかね」

 栗原さんの奥様がそう言って、お代を支払います。

「また来るよ。美味しかった。ごちそうさま」

 栗原さんも頭を下げてから、店を出ていかれました。

 まどかさんも、私達や美香さんに手を振ってから帰っていかれました。


「ごちそうさまでした」

 静かにお箸を置いた美香さんはお代を払い、まだ少し雨の降る道を、今度は傘をさして帰っていかれました。

「不思議な方でしたねぇ」

 葉子さんが美香さんを見送りながら言います。

「また来てくださるのが楽しみですね」

 葉子さんと、見送りに出ていてくれたぽんすけも連れて店に戻りました。

「さて、もう少ししたらお月見です。店の前にチラシを貼りましょうか」

「チラシですか?」

 葉子さんがテーブルを拭く布巾を濡らしながら言います。

「店の前に椅子を出して、お月見会をしようと思いまして」

「わー!素敵です!じゃあ今夜にでも私が作りますっ」

 葉子さんはとても喜んでくれました。

「ではお願いしますね」


 お月見の日が晴れることを祈って。

 貴方のご来店を御待ちしております。
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