おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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桜茶・タケノコとふきの煮物

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 静かな食堂の朝。

 開け放った窓からは、春の柔らかな陽射しと、ふわりと暖かな風が入ります。

 店先には、鳥の楽しげなさえずりに耳をピクつかせ、目を細めて幸せそうな表情でお座りをするぽんすけが居ます。

 私ですか?

 私は静かな食堂のテーブルで、春の温度や音、匂いを楽しんでいます。

 飲んでいるのは、桜茶です。

 梅酢と塩に浸けた桜の花に、お湯をそそいだもの。

 ピンクの可愛らしい桜が、お湯にふんわりと浮かぶ桜茶は、心も体も癒されますよ。

 葉子さんは、街で朝市があるとのことで買い出しに行ってくださっています。

 そろそろ帰ってくる頃でしょう。

 さて、今日はお客様はいらっしゃるしょうか?


「おかず、どうしようかしら」

 葉子さんが買って来てくださる食材を見て、おすすめ料理を作ろうと思っていました。

 午前9時。

 店の前から駅の方を見てみても、人影は見当たりません。

「困ったわねぇ」

 呟いて、足元のぽんすけの頭を撫でた時でした。

「ハルさん、今日も良い天気だねぇ」

 声を掛けられ振り返ると、杖をついた白井さんがいらっしゃいました。

「あら、いらっしゃいませ。お食事ですか?」

「いやいや、散歩がてらぽんすけ目指して来てみたんだよ」

 顔にシワを寄せて笑っています。

「ハルさんは誰かを待ってるのか?」

「えぇ。葉子さんが今日のお料理に使う食材を買って来てくださるのでそれを・・・」

 もう一度、駅の方を見ますが、葉子さんの姿は見えませんでした。

「ハルさんが良ければ、うちにあるタケノコ貰ってくれんかな?取りに来てくれたら、好きなだけ持っていってくれて構わないよ」

「まぁ!本当ですか?助かります!」

 私は大急ぎでタケノコを入れる為の袋を取りに戻り、白井さんと一緒に村へと向かいました。


「朝採ってきたばかりだから、アクもそれ程無いはずだよ」

「立派ですねぇ」

 玄関先に置かれた篭に入ったタケノコを見て、思わず胸が踊りました。

 採れたてのタケノコをお料理したら、どれほど美味しいでしょう。

 どんなお料理にしようかしら。

 そんな事を考えるだけで、わくわくします。

「これも良かったら持っていくかい?」

 白井さんが隣の篭の蓋を開けて見せてくれたのは、これもまた太くて青々としたふきです。

 もちろん、私にそんな素敵な提案を断るなんて選択肢はありませんでした。 

 タケノコとふきを沢山頂き、足早に店へと戻りました。

 せっかくの朝採れタケノコ。

 時間が経つ程にアクが出てしまうので、早めに茹でておかなければならないのです。

 お店に戻ると、ちょうど葉子さんがテーブルに買ってきたお野菜を取り出しているところでした。

「葉子さん、おかえりなさい。ごめんなさいね、白井さんのお宅に行ってたので」

「いえ、私こそ遅くなってすみませんでした。それでね、これ!見てください」

 机の上に並べられた野菜の中から、ビニール袋に入った沢山のつくしを嬉しそうに見せてくれました。

「まぁ、つくしですか。春らしくて良いですね。卵とじなんかにしても美味しいですから」

「実は帰り道に採ってきたんですよ。子供の頃以来で、見つけたときは童心に返っちゃいました」

 葉子さんは「早速これ、作りません?」と私の方に差し出しました。

「ふふっ。構いませんよ。ちょうど白井さんからタケノコやふきも頂いたので、ランチ用にお料理しましょうか」

 上機嫌な葉子さんと共に、買ってきてくださったお野菜を冷蔵庫などに仕舞いました。

 買ってきてくださったのは、春キャベツやスナップえんどう、アスパラガスなど、とても新鮮な物ばかり。

 真っ赤な可愛らしいイチゴは2パックも。

 葉子さんと私の分だそうです。


 さて、本日のお勧め料理。

 タケノコとふき。

 つくしも使って、美味しい春のお料理を作りましょう。

「わぁ、美味しそうなタケノコ!」

 米ぬかや唐辛子と一緒に茹でてアク抜きしたタケノコの皮を剥いてくださっている葉子さんが、真っ白なタケノコを見せてくださいました。

「えぇ、本当ですね。美味しい煮物になりますよ」

 時刻は11時40分。

 あとは、皮を剥いたふきと一緒に、だし汁や薄口醤油、みりんで煮ていきます。

 つくしもアク抜きをしなければなりません。

 茹でて水に晒し、何度も水を変えてはアクを抜いていきます。

 いつお客様が来てもおかしくない時間なので、急いでお料理を進めていました。

 コンロの上では、土鍋のご飯が丁度炊けました。

 お味噌汁は、焼いた白ネギと油揚げを具材にしています。

 そんな忙しそうな私達を、ぽんすけはのんびりと店先にお座りをしながら、眺めていました。


 そうして漸く一段落した頃。

「ハルさん、お久しぶりです」

 食堂にお客様がやって来ました。

「まぁ、木ノ下さん。いらっしゃい。あら、そちらの方はもしかして」

 葉子さんにお茶をお願いしてお出迎えすると、木ノ下さんに続いて、彼に似たご夫婦が「こんにちは、初めまして」と頭を下げられました。

「両親です。漸くこっちに遊びに来れたので、ここに連れてきたんですよ」

「こちらの食堂のお料理がとても美味しいと、息子によく聞いていたので、来てみたかったんです」

 お母様が言うと、お父様も優しい笑顔で頷いておられます。

「オススメの料理にしようよ。その時の季節を感じられる物を用意してくださってるからね。凄く美味しいんだよ。おにぎりの具は何が良い?僕はおかかでお願いします」

「そうねぇ・・・私は昆布にしようかしら」

 お母様が少し悩んでからそう言うと「じゃあ梅干しで」と、お父様が仰いました。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 木ノ下さんとご両親を店内に案内し、葉子さんがお茶をお出ししている間に、お料理を用意しました。

 柔らかいタケノコとふきの煮物に、鰹節をふわりと乗せて。

 つくしの卵とじは、お砂糖と醤油で炒めて卵でとじて少しほろ苦さを残した、春ならではのお料理。

 そして、食堂名物の、ふっくら炊きたてご飯のおにぎり。

 焼いた白ネギと油揚げの、田舎味噌のお味噌汁。

 窓から見える、鮮やかな桜と春風を感じながらのお昼御飯です。

「どれも本当に美味しいわね」

「つくしなんて、いつぶりだろうか」

 木ノ下さんのご両親も大変気に入って下さり、あっという間に召し上がられました。

「この店の雰囲気も良いでしょ?仕事の昼休み時間がもう少し長かったら、毎日来たいくらいだよ」

「えぇ。こういうお店、近くにあったら素敵ね」

「老後は引っ越そうか」

 お父様のそんな提案に、お母様と木ノ下さんは「良いね、そうしようよ」と賛同しています。

 そんなご家族の楽しいひとときを、私と葉子さんはゆったりとキッチンから楽しませて頂きました。


「ごちそうさまでした。また遊びに来た時は、食事に来させて貰いますね」

「ありがとうございます。是非、いつでもいらしてください」

 そうして、木ノ下さん一家は帰っていかれました。

 ぽんすけと葉子さんと共にお見送りをしてお店に戻ろうとした時、村の方から白井さんが歩いて来られました。

「あら、白井さん。戴いたタケノコとふき、お料理につかわせて頂きましたよ」

「そうかそうか。お腹がすいてね。じゃあそれ、食べていこうかな」

 白井さんの足元で、ぽんすけが嬉しそうに見上げています。

「ははっ。よしよし、料理が来るまで遊んでやろう」

 白井さんは店の前に座り「用意ができたら呼んでください」と仰いました。

 この日の昼食は、白井さんとご一緒させていただきました。

 白井さんも「皆さんで食べた方が、美味しいから」と同じテーブルについて食べる私と葉子さんを見回して目を細めていらっしゃいました。

 奥様に先立たれて、一人で過ごす白井さんですから、誰かと一緒に食卓を囲むのが新鮮なのかもしれませんね。

 ぽんすけもお昼ごはんを食べて、蝶がひらひらと舞う店先で、日向ぼっこをしています。


 春は、出会いと新たな門出の季節。

 次はどんなお客様がいらっしゃるでしょうか。

 とても楽しみですね。
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