魔王の仕事

天雲神威

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魔界暦975年 一の月

服従か死か

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 ラウナスとマナミは人間たちのキャンプをそのまま使い、一夜を過ごすことに決めた。
 魔界には太陽がないけれど、昼夜の区別がないわけではない。空気中の魔素の量が多い時が夜で、少ない時が朝だという共通認識として存在している。魔時計というものがあり、魔素の濃度で時間を刻む仕掛けになっている。もちろん、地域や場所によって魔素の濃度は違うけれど、変化幅がある程度一定なので、暦や時間の概念と結び付いたのだ。
 ドグラは一度村に戻って行った。人間の死骸や持ち物を運ぶのには手伝いが必要だった。
 捕らえた人間の女二人は全裸にして、適当な大きさの木の枝に吊るすようにして拘束した。万歳の状態で彼女たちの両手を縛り、そこにロープを巻き付け、木の枝に結ぶ。
 マナミがてきぱきとその仕事を担当した。魔法の力で彼女たちを動けないようにしていたが、拘束が終わると魔法を解いた。口が動かせるようになったので、話すこともできるはずだが、彼女たちは何も言わない。泣くことも叫ぶこともない。恐怖と絶望に呆然としているのだろうか。
 「陛下、食事になさいますか?」
 焚き火を囲むように座っているとマナミが声を掛けてきた。
 「そうだな。適当に頼むよ。あっ、マナミは時空魔法を習得しているんだよね?」
 時空魔法は、簡単に言えば、物理的な動きの時間を止めたり、一定量の物質を特殊な魔法空間に圧縮して持ち運ぶことができたり、そういう系統の魔法の総称である。
 「はい、基本的な魔法だけですが」
 マナミは俯きがちで言った。
 彼女は呪文を唱えると、大きなテーブルの上に大量の食べ物を出現させた。キャンプには似つかわしくないほど多種多様な料理が並べられている。
 「そこまで豪華にせずとも良い。適量だ」
 ラウナスは笑った。
 「失礼しました」
 マナミは頭を下げて一礼してから、もう一度魔法を詠唱した。
 サンドイッチと果物のバスケット、温かいコーヒーのポットとカップが小さめのテーブルに現れる。
 ラウナスはコーヒーを一口飲んだ。
 人間の女たちに視線を移すと、彼女たちは怯えていた。
 「さて、名前は何かな?」
 戦士タイプの女に言った。
 彼女は答えない。
 マナミが彼女に近付くと平手打ちをした。
 「無礼だ。死にたいのか?」
 ラウナスがマナミを制した。
 「怖がらせなくても良い。名前くらい尋ねても良いだろう?」
 「私の名はアリシアだ。こっちはメルル。私たちをどうするつもりだ?」
 ようやくアリシアと名乗った女戦士が口を開く。
 「何でもしますから、殺さないで。お願いします」
 メルルと呼ばれた女は懇願した。
 「何故、魔王退治に来たのだ?お前たちでは戦っても勝ち目がないのが分からなかったのか?」
 「それは違う。魔王退治という名目なら金が集まるからだ。そして、その金で傭兵を雇い、魔物退治をする。もちろん、魔王を打倒という名目だが、雑魚ばかり相手にすることが多い。今回の仕事もそのつもりだった。私もただ雇われたに過ぎないからな、金になるなら、何でも良い。魔界に行って、雑魚を狩って、すぐに戻る予定だったんだが」
 「なるほど、それは不運だったな」
 「あぁ、殺すなら殺せ」
 アリシアは諦めているようだ。
 「ところでどうやって魔界に入って来たのだ?」
 「もちろん、魔界ゲートだ」
 「封印されていたはずだが」
 「ここ数年は人間界でも魔物がよく暴れているからな、その根城にゲートが見つかったんだ。そもそも魔王の指示じゃないのか?」
 そんな発令はここ十年出していないように思うが。
 「あっ、あの男二人は大切な仲間だったのかな?」
 「いや、そうでもない」
 アリシアは予想外の反応を示した。
 「一緒に組まされたものの、大した腕ではなく、少し厄介だと思っていた」
 ラウナスはそこで笑った。
 「面白いな。私の奴隷になる気はないか?」
 アリシアが笑った。
 「イエスと言うと思ったのか?」
 メルルが口を挟んだ。
 「喜んでお受け致します。心から服従致します」
 ラウナスがアリシアを見つめた。
 「こっちの女はこう言ってるが」
 「私は服従するつもりはない」
 「そうか。分かった。そっちの女の首を刎ねろ」
 マナミは剣を鞘から抜いた。メルルに近付き、剣を構える。
 メルルは恐怖で顔が引きつっている。
 「待て、彼女は服従すると言っている」
 アリシアが叫ぶ。
 「お前も服従するのなら、二人の命を助けよう」
 ラウナスは言った。
 マナミは命令を待っている。
 メルルは涙を流して、アリシアに訴え掛ける。
 「分かった」
 アリシアは受け入れた。
 「では、まず、奴隷として奉仕してもらおうか?」
 ラウナスは二人に微笑み掛けた。
 
 
 
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