小国の姫 大国の騎士

ななはら

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ジェイク率いる軍隊が、突然私たちの国へやってきたのは、ちょうど三ヶ月ほど前のこと。
激しい地鳴りと共に、武装した彼らは現れた。
その数は軽く千を超えていたと思う。

「これよりこの国を、我らの傘下に入れてやる。陛下とレネシス将軍の温情を有難く思え」

訪れた異国の使者は、偉そうにふんぞり返り、そういった。

「貴様らのような弱小国家では、どの道衰退するだけだろう。大人しく投降すれば、攻撃はしない」

戸惑う私たちを尻目に、使者は懐中時計をぱかりと開けてため息をつく。

「生憎、我々にも時間がないのだ。一時間待ってやる。答えによっては鉛玉をぶち込んでやるから、慎重に考えるんだな」



「陛下、いかがいたしましょう」

すぐに父さまと、国の重鎮が集まり、苦汁の決断を迫られた。

私たちの国は侵略されるほどの領土もなく、そのおかげで、今までは平和にのんびりと暮らせてきた。
田畑を耕し、家畜を飼い慣らし、たまに鉱山から採れる石を宝石にして、細々と、生きてきた。
無論、戦なんて見たこともなくて、私たちの軍隊は名ばかりだった。

つまり、彼らの大軍に太刀打ちできる術はないのだ。

「止むを得まい」

父さまは、握った拳をほどき、皆に笑って見せた。

「大丈夫だ。私が話しをつけよう。案外、いい人たちかもしれないぞ」
「父さま」

たまらず口を挟んだ私に、父は落ち着きなさい、と制止した。

「血を流すのが、嫌いなんだよ。私は」



国を統合するにあたって、父はエーリヒを含む数人の共を連れて大国へ旅立った。
その間は、嫌な予感ばかりで、生きた心地がしなかった。大国の横暴さを、旅の商人から聞いたことがあったからだ。ここ数年で侵略を激化し、周囲の国々は、ほぼ彼らの軍門に下っていた。
特にジェイク・レネシス将軍は暴力的で、実践的で、逆らう者は容赦なく殺し、欲しい物はなにがなんでも手中にする、大国きっての暴君だと聞いた。そのために、国王陛下からの信頼も厚いのだとか。

幸い、父さまは怪我もなく数日で戻ってきたけれど、土産話は耳を塞ぎたくなるようなものだった。
いっきに数十年老け込んだのではないかと思うほど憔悴した父は、私の手を取って言った。

「すまない、アマーリエ」

大国の出した条件はふたつ。
‘鉱山の権利’と‘姫と将軍の結婚’だった。







大きなシャンデリアが浮かんだパーティーホールは、教会以上の人で埋め尽くされ、至るところに料理が並べられている。

「おめでとうございます。レネシス将軍」
「ありがとうございます」

次々に訪れる賓客を、ジェイクは友好的な態度で向かえた。握手をし、酒をあおり、談笑する。私はただただそんな彼の隣で、ぺこりとお辞儀をするので精一杯だった。そもそも、こんな場所は初めてだし、ジェイクを含めすべてが知らない人ばかりだ。
いったい何杯目だろうと、ジェイクがお酒を飲み干すのを観察していると、ふと目があってしまった。

―あれは悪魔だよ。あいつの通った町に行ったことがあるが、どこもかしこも壊されていた。あそこまでする必要があったのかねぇ。

商人から聞いた恐ろしい話を思い出し、いっきに恐怖が蘇る。
この人と、ずっと?

ジェイクが首をかしげる。

「なんだ、飲みたいのか?あんたは駄目だ。まだ未成年なんだろ」

彼は言いながら給仕を呼び止め、飲み物をもってこさせると、それを私に差し出した。

「葡萄のジュースだ。アルコールは入ってないが、美味いぞ」

毒かしら。
私は、紫色の液体の入ったグラスを覗き、くんくんとにおってみた。甘い葡萄の香りしかしない。
と、隣でジェイクがふっと息をもらした。見上げると、おかしそうに笑っている。

「いい心がけじゃないか。ここは敵陣だって意識はあるんだな」

ああ違う。
この人、笑ってない。

ジェイクの細められた紅い双眸に、ぞくりと総毛立つ。

「あ、あの私」
「なんだ?」
「そろそろ、休みたい、のですが」
「ああそうか。長旅だったもんな」

ジェイクは召使を呼び寄せると、寝室へ案内するように申し付けた。

「今夜はゆっくり休め」
「ありがとうございます」

召使の女の子が先に立って「こちらです」と言うのについていく。
すぐ後ろから、ジェイクの低い声が届いた。

「オレもすぐに行く」

そうだ。
私結婚したんだった。この人と。
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