一夜の善人

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　ひよりさんと別れて、半年がたっていた。

　何百回もかけた電話は繋がらず、とうとう数日前に、無機質なアナウンスに切り替わった。

「だからお前は、生まれてくる子供のことだけ考えてろよ、ゲス野郎」


　ハセベのドスの効いた声が、雑音に混じってよみがえる。






　半年前の、寒い夜。
　親友の元へ逃げた僕は、そのままハセベのところで一週間ほど世話になっていた。

　そして、アパートに帰ってくると。
　ひよりさんの荷物は全てなくなっていた。靴も、服も、歯ブラシも、化粧品も、なにもかも。がくりと膝をつく。

　結婚もしてなかったし、これで良かった。はずだ。

　ただ、別れただけのこと。

「まぁ、ひよりさんくらい美人だったら、すぐに相手も見つかるだろ。安心しろよ」

　一緒にアパートついてきたハセベが、そう言って僕の肩に手を置く。荒れたアパートの惨状に、ひよりさんの動揺が見えるようだった。

「そう、だな」

　もともと、僕にひよりさんはもったいなかったんだ。
　ハセベが、蔑んだ目で僕を見下ろす。

「だからお前は、生まれてくる子供のことだけ考えてろよ、ゲス野郎」
「ハセベ…」

　そうして僕は、小学校からの親友も失った。



　そうして逃げるようにアパートを引払い、リョウコと新しいマンションで暮らし始めた。
　リョウコの親に挨拶も済ませ、彼女は休学の道を選んだ。

　けれど。

　リョウコのお腹が膨らめば膨らむほど、後悔もまた、肥大していく。