一夜の善人

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その日、一人で検診に行こうとしていたリョウコを捕まえ、僕は産婦人科に付き添った。
これで三度目だったけれど、普通の病院とまた違う、独特の雰囲気は未だに慣れない。

「なんか、女の人ばっかだな」
「あら、男性もいますよ」

リョウコが目配せした先には、幼稚園生くらいの子供が、備え付けの遊具で遊んでいた。

「あれは男性とは呼ばん。ガキだ」
「すぐに男性になりますよ。子供の成長なんてあっと言う間です」

リョウコは、大きくなったお腹を優しくさすった。その顔はいっちょまえにお母さんらしくて、知らない女性みたいだった。

「つわりは？もういいのか？」
「最初だけでしたねー、あとはもう全然。夏のフェスだって行けちゃいそうです」
「それは止めてくれ」
「あはは、パパは心配性ですねぇ」

リョウコは、くすくすと笑いながら、お腹に向かって話しかける。
最初は実感の湧かなかった子供も、リョウコのお腹が膨らむに連れ、本当に居るんだなぁと感心していた。

「すごいよなー、母ちゃんから勝手に養分もらって、生きてるんだよな」
「なんですか先輩。命のなんかに目覚めたんですか？」
「そんな大げさなもんじゃないけど、感動してる」

草が勝手に生えるように、虫が生き方を知っているように、この子も、生まれようと準備をしていた。

「アダチさーん、アダチリョウコさーん」

「はーい」

受付に呼ばれ、リョウコが立ち上がる。
僕はひらひらと手を振って、見送った。




社会人一年目にして、父親一年目かあ。

こぼれそうになるため息を吸い込んで、僕は、今日も会社へ向かう。
リョウコと、生まれてくる子供のために。