一夜の善人

ななはら

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Hellogood-by

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だから、その日の事はずっと内緒にしていた。
なかったことにしていたのだ。
ひよりさんの傷つく顔を見るのがとても怖かったし、言わなければ無かったことに出来ると思った。
下手に真実を打ち明けて、ひよりさんの心をかき乱すよりも、秘密にしておけばいい。
そうだ、忘れよう。
僕が一番に好きなのは間違いなくひよりさんだし、リョウコはあくまでも後輩だ。
ひよりさんが大好きだから、僕はそう選択した。

それが、こんな事態に陥るなんて。
「子供が出来たの」
バイト前に呼び出された大型コーヒーショップのカウンターで、リョウコは暖かいお茶を前にそう言う。
いつもはブラックなのに嗜好を変えたのかと思っていた矢先、ああ、妊婦だからか、と冷静な僕が判断した。
いやいや、冷静になっている場合じゃない。
「…おめでとう」
それなのに、僕から出た言葉はそんなもので。
季節は冬も終わり。
もうすぐ卒業式だった。
志望していた会社への内定も決まって、卒論も優良をもらって、未来は希望にあふれていた。
ああそうだ。タイムマシンがあるのなら、三ヶ月前の僕を殴り飛ばしに行きたい。
「ありがとうございます」
リョウコが店のロゴが入ったマグを両手で手に取り、ちびちびと飲む。
僕だって馬鹿じゃない。なんで、リョウコが僕と二人きりの時のそんな事を言い出したのか。
あれ以来、お互い気まずくてなんとなく話題に出さなかった。話す事すら避けていた。
僕はぐるぐるしてきた頭で考える。
「…産むの?」
リョウコの動きがとまった。
リョウコの、釣り目がちの猫のような瞳に、みるみるうちに涙が溢れる。
「…っ!リョ…」
「ごめ…ん…やっぱり迷惑ですよね…でも、私…」
「いや、その。泣くなよ…ちゃんと話そう」
リョウコは「はい」と頷く。涙を堪えるように眉間に皺を寄せていた。
「すみません、人前でこんな…困らせるつもりじゃなくて」
「分かってるよ、大丈夫か?」
僕が差し出したハンカチを、リョウコは頭を下げながら受け取った。
紺色のチェックのハンカチの折り目で、マスカラが取れないように慎重に目元に当てる。
この清潔なハンカチだって、ひよりさんが毎日洗って、たたんでおいてくれたものだ。
ズキン、と左胸が痛む。
「先輩の彼女さんにも…なんて言えばいいのか」
リョウコが苦しげにハンカチを握り締める。
「そう、だな…」
オレの子供が出来たんだ。
キミじゃない女の人の腹にね。って。

言わなきゃ…ひよりさんに。
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