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第四章 ~災厄の蹂躙者~ 2

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 それから少年は、またいつの間にか消えていた怪物を自分の意思で出せることに気付いた。
 どうやれば世界で生きていけるかを知らなかったが、食べ物を得る為には何かをするのが一番だと知って何でも屋となった。
 子供に渡す仕事は無いと突っ撥(ぱ)ねられたが怪物を出して見せると――後で知ったことだが厄介な仕事を――任せてくれた。
 世間知らずで礼節も知らなかった為に始めのうちは何度か同業者や仕事で関わった者と衝突を繰り返したがそのうち自然と処世術を学びなくなっていった。
 奇人、と多くの者は取る事が多かったがそれなりに彼のことを知っている者は彼がどこか普通ではないところで生活していたことを感じ取ってそれとなくフォローをしてくれる者もいた。普通でない人生を歩んでいるからこそ何でも屋などという職に就くのだとも言うが。
 再びキルクノーアに行くまでに彼の胸にあったのは、仲間たちが生きているという希望だった。
 三年という歳月が流れてしまい、それまでキルクノーアどころかその近くにさえ来たことはなかった。
 生きていく為に二年近く必死だった、ということも勿論ある。何でも屋の仕事でそこそこ名が売れてきてそのことに嬉しさを覚えてついつい幾つも仕事をこなしてしまったということもある。だがそれ以上に怖かった。一人あそこを出て行った自分が再び迎えられるかどうかが。
 三年ぶりの〝災厄の終焉〟と呼ばれることもあるあの場所を見ると、怪虫たちの進行の跡が生々しく残っていた。
 黒のアンダーシャツの上に皮製のジャケットを羽織るように着て、下はそれに合わせたズボンにブーツという出で立ちで荒野を歩く。
 遺骸の数が多くその場に置いて行かれたものが風化し外殻のみが残っていたり、何かの拍子でできたクレーターが存在してもいた。
 場所がうろ覚えの研究所を探す。案外早くそこは見つかった。
 カモフラージュもされていない開かれた扉。そこから続く地下への階段。シース、ととある男に通称を名付けられた彼はそこへと入る。
 あったのは、絶望だった。
 自分たちがいたと思われるあの場所には、まるで爆発にでもあったかのような状態が、片付けられた今でも端々に見える。
 あの時の爆発はこれだったのかと唇を噛んだ。
 自分たちがいた場所以外にも研究室はあり、そのうちの一つを見たときになぜあんなことが起こったのか分かった。
 怪虫と彷徨う者(ワンダーシープ)が創り出した怪物以外にこの世界に怪物は存在しない。そういう常識を外で学んだ彼は、記憶の中のあの化け物はいったいなんだったのだろうかと疑問に思っていた。
 それが氷解した。文字通り、自分の中にあった答えがするりと現れてきた。
 資料も、研究材料も、道具も、何もなくただ部屋だけだったが、そこがどんなところかは予想がついた。
 怪物製造室。
 まさにそう呼ぶに相応しい異様な部屋だった。異常なほど大きなこの部屋にこびり付いた異臭と体液の跡、そして覚えのあるほとんど粘りを失った物。割れた巨大な試験管(カプセル)からそれは見つかった。
 あいつが彼女の消えた試験管に興味を持ったのも頷ける。あいつは仲間を欲したのだ。自分と同じ物に入っているからという安易で稚拙な考えで仲間がいると思っていたのだ。

「〝ミケイナ〟」

 呼ぶと同時に現れる。まるでずっと傍らにでもいたというような自然な形で。
 自分に鞘(シース)と名付けた男が色々と教えてくれたのだが、〝ユニオン〟から変化したこいつはかなり特異らしい。
 まず、自分の意思を持っていること。本来、主の命令を忠実に守るようになっている。考えてみれば当然だ。彼らは宿主から生み出されたのだから。
 こちらの言うことを聞かないなどということはないそうだ。ときたま人語を解するのもいるそうだが。やはり言うことは忠実に守る。考えていることも伝心するそうでこちらの意思に反することもないそうだ。
 だが〝ミケイナ〟――男に名前を付けるように言われたので付けた――は当初から主であり宿主であるシースの意思に逆らっていた。
 命の危険にあったといっても彼らはそういうことに対して鈍感である。つまり目の前で主が具体的な武器などで殺されそうになってるのは分かっても、爆弾が爆発すると危ないなどの高度な危機管理意識というものは持ち合わせていないのだ。
 更にいうなれば、意思を持っていないということは感情も持っていないということである。先程挙げた人語を解するのも感情は持っていない。経験による対応が人間的に見えることはあっても。
 なのに〝ミケイナ〟には感情が予め存在していた。その前の状態である〝ユニオン〟は明らかに意思も感情も持っていそうになかったというのに。
 シースが〝ミケイナ〟をどんなものなのかはっきりと理解するのに一週間掛かった。信じたく無かった為に判断が遅れたのだ。
 〝ミケイナ〟は体はあの化け物を基にし、意思は彼女――鈴鳴(リンナ)――を基にしているということに。
 〝ユニオン〟は彼が考えた途方もないことを一部だけで果たしたのだ。
 彼が考えた途方もなく、そして愚かで間違った答え。それは、一つにすればなかったことになる、一つになれば何も問題はない、というものである。
 そして〝ユニオン〟は自分ができる限りのことをした。すなわち、〝ユニオン〟自身の中に全てを吸収するということ。
 おそらくこうならなければ〝ユニオン〟は存在するありとあらゆる物を吸収し続けただろう。宿主である彼をも飲み込んで。
 もっとも、彼らは主が死ぬと自分も死ぬが。意思のない彼らにはそんなことを考えることもできない。だから実行した。
 取り返しのつかないことになるとも知らずに。あるいは分かっていながら。
 〝ミケイナ〟は命令も聞かずに突然動く。

「くっ!?」
「誰だ」

 シースは静かに訊いた。

「訊くんならこんなことはするな」

 振り向くとそこには片足を掴まれて逆さ吊りにされた一人の男いた。
 中年になりかけの、二十代の終わり辺りといった頃の男性だった。
 男の服装は上下共に統一された、どこかの制服。あまり見慣れないその服を、どこかでよく見たような気もする。ただ、おかしいと思うところが幾つかあった。
 軽装であるという事。荒野を一人でうろつくには十分とは言えない服装だった。しかも実用性よりも見た目を取っていることが服のあちこちから窺える仕様になっている。真新しかったり変に光ってるところがあったり。

「荒野をろくな装備も着けずにうろついているから付けたんだが、こんな目に遭うとはな」
「だったら下手な真似をしようとするな」

 男の手には良く研がれたナイフが握られていた。

「そう言われてもな。ここに用がある者は大抵良くないことを考えてる奴だからな。警戒して当然だ」

 シースは考えた。
 こんな状況でも余裕のある傲岸不遜な態度、大分場慣れしている。それにここのことに少々詳しいようでもある。敵対するよりも話を聞き出すために友好的に接した方が良いかもしれない。

「〝ミケイナ〟」

 男の顔が一瞬引き締まったがすぐに情けない顔に変わった。
 背中を強かに打ったらしく息を詰まらせた。

「どうやら、敵対する気はないようだな」
「あんたと俺、どっちが有利というわけじゃない。おそらく戦えば痛い目を見そうだ」
「それはなにより。……で、何を訊きたい?」

 やり難いな。
 頭の回転は速く勘も良い。戦わなくて正解だったか。考えすぎかもしれないがここから見えない体の部位に銃がある。

「ここにいた人間がどうなったか知っているか」
「研究者を探してるのか。残念だが、あの状況で生きている奴はいない。外に出たらあの〝大災厄〟があったんだからな。わずかな希望に掛けて大金を狙うのは――」
「あんな奴らはどうでもいい」
「……なるほど、随分調べたようだな。実験体に人間がいたことも知ってるのか。まいった。そうか、仕方な――」

 座っていた相手の顔面に足が生えた。
 男のナイフを持っているのとは別な手には恐ろしく金の掛かる銃が存在していた。
 男が復活する前にそれを奪い取る。

「く……いつつ」

 顔を押さえて立ち上がり、自分の手から銃だけがなくなっていることに気付いた。

「うっ」

 チャキリ、と銃が額にセットされた男は呻く。

「悪いが、俺は誰かの依頼でここに来てるわけでも、一攫千金を狙ってるわけでもない。ただ知りたいだけだ」
「その、知りたいって気持ちが、自分と他者を破滅に導く。ここであったことは、そういうものだ」

 目の前に銃を突きつけられて尚、男は真っ直ぐにこちらを見る。

「勝手に連れてきて、勝手なことをして、勝手に殺そうとして、勝手に知ることを許さない。勝手ばっかりで嫌になる口上だ」
「お前には関係ない」

 男はシースの言葉を切り捨てた。
 シースはほぅ、と思いながら息を吐いた。

「名前は?」
「アウロイ。今度ガベル第六支部の支部長になる。今日が初出勤だ」

 とりあえず服装についての疑問は晴れた。それから行き当たりばったりっぽい行動も。

「……まあ、死んでおけ」

 殺そうとしてくる相手は確実に殺しておく。それがこの世界での鉄則だ。

「はっ、銃の扱いも知らない馬鹿がっ」

 アウロイはそう言ったが銃弾はきちんと放たれた。ただ当たらなかっただけだ。狙いが逸らされたとも言う。
 撃つ直前に伸びてきた片方の手が銃身を弾き、行き先を変えたせいだ。

「銃はもっと離れたとこから撃つもんだ」

 思わぬ反撃を受けた。
 あっさりと横に回られ、グーで顔面を殴られた。

「ちぃ」

 一旦間合いを取ろうと受け身を取って転がるがアウロイはそれに確りと付いてきた。
 膝を付いているという態勢ではあまり強い一撃は放てない。だがシースは転がっても離さなかった拳銃をアウロイの顔を掠(かす)めさせて〝ミケイナ〟へと投げることで隙を作らせた。
 どうにか間合いを取ることができた。その事に安堵しつつ警戒は緩めない。

「人のもん乱暴に扱いやがって。暴発したらどうするつもりなんだか」

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の笑みで手をひらひらさせる。

「にしても流石に二対一は無理か」
「〝ミケイナ〟は使わない。今も動こうとしたのを止めた」

 怪訝(けげん)な顔を向けるアウロイ。
 シースはそれに構わず〝ミケイナ〟に殴られた時にも伝えた自分の意向をもう一度伝えた。
 アウロイは信用しなかったみえて〝ミケイナ〟と自分、どちらが掛かっても分かるように態勢を変える。
 そして〝ミケイナ〟を見たときに変な声を上げた。

「あっ」

 固まってる。いや、顔が片頬だけ引き攣っている。なんだか笑い始めた。大きくではない。声もなく小さく、ははは、と笑っている。
 シースはミケイナの方を見る。が、これと言って特に……。
 アウロイを見るとこちらを見ていた。なあ、といった感じで意思疎通を試みられた。
 シースはそれを無かったことにしてもう一度〝ミケイナ〟を見た。下は見ない。上の方だけだ。

「おいお前気付いてるんだろうがよっ」

 襟を掴まれぐわんぐわんと揺すられる。〝ミケイナ〟は不服そうだが手は出さない。

「見ろ。見るんだ。上じゃない。下だっ。足元じゃない。お前の怪物の手だよ馬鹿野郎っ」

 いやいやながらシースは現実を見た。こんなはずじゃなかった。そんな言葉が頭を過ぎる。
 〝ミケイナ〟の手。そこには握り潰された拳銃が存在していた。

「高かったんだぞあれ。本体じゃないぞ。弾だぞ。一発いくらするか知ってるか!? 九発も入ってたのによっ」

 この世界では火薬で発射する弾丸一発は拳銃本体の数倍から十数倍にもなる。火薬がとても希少な物だからだ。

「正確には八発だ。一発俺が撃ったんだから……」
「そうだったな。そうだったな。……殺す」

 怖い。これほど怖いのは何かけっこう体験してるような気もするけどやっぱり怖いもんは怖い。シースは素直に謝ることにした。

「ああ、悪かった。まさか潰すとは思わなかった」

 なんか非常に気に入らないようだがこのまま首を絞めていくわけにもいかないと考えたか、怒りの表情はそのままに手を離した。

「ああもういいっ。……はあ。お前が何でここにいるのかできる限り詳しく教えて、それが俺にとって有用な物だったら許す」

 転んでもただでは起きないというのはこういう時に使うのだろう。
 涙目でさえなければ心から称賛しただろうに。
 シースは自分の事は避けて、作り話も交えながら掻い摘んで説明した。

「そうか、つまりお前はここの生き残りってわけか」

 ……。

「一言もそんなことは言ってないはずだが」
「へたくそが。ここに知り合いがいた。そいつはここで実験を受けてた。それだけでもこれぐらいの予想はつく。大体、ここのことは極秘だったんだから知り合いだからってそこまで知ってるわけはないんだよ」

 〝ミケイナ〟はすでに消えている。相手からやる気がなくなったのが感じられたからだろう。
 こちらの意思でも消せるが大抵は自ら消える。
 だがそれは〝友〟と定めた彼女にあまりしたいことではない。

「こんなところで暮らしてた弊害(へいがい)か、しかも成った職業がまっとうとは決して言えないようだな。人に物を説明するのがかなり苦手だな。だから、虚言は言えても辻褄(つじつま)を合わせられない」

 アウロイの声が一つ、響く。
 それを半分ほど聞き流しながらシースは適当に間を持たせた。
 アウロイが勝手に喋ってくれるので自分はそれを話半分で聞いてるだけでいい。ある意味付き合いやすい相手だった。
 問題なのは随分と突っ込んで物事を見ようとすることだった。そのくせ非情な部分もあり人の暗部に土足どころか鉈(なた)を持って入ってくる。
 人との付き合いが苦手だということが分かっているのに何かとこちらに自分のことを話させようとしてくるのは気分が悪い。これがなければ好きな部類に入ると言うのに。

「どうにも、お前は道理が一部分かってないようだから言っておく」

 こちらの心を見透かしたように言ってくる。背中にぞくりと何かが這いずった気がした。

「これから生きていくためにも、もう少し人との付き合い方は覚えておいた方が良い。荒療治にもなりはしないが、会ったばかりの奴に自分の素性を空で言えるほどにはしたほうが良い。ま、お前の場合は、少し嘘を織り交ぜないといけないがな」
「………ああ……」

 確かに、素性は人との関係で大切な物だ。怪しくても快活な性格なら差別はあっても良い友人は作れるだろう。むしろそういう人間の方が充実した人生を送っているように見えることもしばしばだ。
 しかし素性も知れない、愛想もないと自覚している自分は敵を作るばかりだろう。情の厚い者や付き合いが長く多い者は少し理解してくれてはいるが。
 それにしてもいつの間にか向かい合って話をぽつぽつとすることになるとは思っても見なかった。
 不思議だ。好き嫌い以前に、こんな殺し合いをしておきながら何事もなかったように話をしてるというのは初めてのことだった。

「それじゃ、お前うちに来い」
「は?」

 意味が分からない。
 どうして彼の家に行かなくてはいけないのだろうか。

「お前今俺の家に来るんだとか思っただろ。俺がどんな職に就いてるか忘れんな」
「ああ」

 なるほど。つまり組織に入れと言うことか。確かガベル、という世界規模の組織だった気がする。ようは何でも屋に規律を持たせて組織化した程度の知識しか彼は持ち合わせていなかった。

「断る」

 なんで行かなくてはいけないのだろうか。
 最早生きていく根気と言うものを失くす事実を告げられた彼が。

「いいから来い。お前の実力は俺が実際に味わって知っている。十分優秀だ。それでもっと給料の良いうちに来いと言ってるんだ。悪くない話だろ」

 アウロイは何が何でもシースを誘うつもりだった。
 こいつは幼い頃から一緒だった仲間がすでにこの世に誰もいないことをさっき知った。今のうちに手を打っておかないと生きる気力を完全に無くしてどうなるか分かったもんじゃない。手元に置いて監督しとくのが一番良いだろう。なにせ怪虫を根絶やしにするとか言うプロジェクトの最後の実験体だ。このことが知られればあらゆる人間から狙われるようになる。そうしたとき真っ先に手が回ってくるのがうちだ。面倒な芽は今のうちに摘むにこしたことはない。

「うちがどれだけ大きな組織かは知っているな? もしかしたら他の場所での研究体や実験体の生き残りに会える可能性の一番高いところだ。所属していて損は無いと思うがな」

 それが最後の一押しとなったのかまだ悩みながらも時間を掛けて首を縦に振った。
 そして二人は連れ添って彼(か)の地に赴くことになる。
 ガベル第六支部へと。
 どんな未来が待っているのかも知らず。

「ああそうだ。俺はいつか第一支部の支部長になるのが夢だ。俺はその為にお前を利用する。覚えとけ」

 見え見えの話をするこのお人好しっぷりにシースは静かに微笑んだ。
 もしかしたら新しい人生を送れるかもしれない。それも楽しく。
 だがそれは五年もの間叶うことはなかった。そして今も。
 二人は明るい明日を信じてしまうほどにその時は心地好い気分だった。馬車に揺られ、まっすぐに目的の場所へと進み行く。
 シースは仲間がいなくなって自分だけが生き延びることに疑問を持ち、気が付いたら手遅れになってしまってから後悔することになり、アウロイは覚悟していたとはいえ見たくもない暗部を見続けることに出世を諦めた。
 そんな未来が待っていることも知らず二人は穏やかな気持ちで新生活を送ることになるガベル第六支部を見た。
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