金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉

文字の大きさ
上 下
59 / 123
第一章 始まりの館

Chapter57 嫌がらせ

しおりを挟む
「クロック・ムッシュ2つ!」
早速、朝の常連のロレッソとエイデンがそれぞれにそう頼む。
「うん、街のレストランとは違うな!」
美味そうに食べてロレッソが言った。
「街にもクロック・ムッシュがあるんですか?」
そうフィナアリスが聞くと、エイデンが笑う。
「こことは比べモンにならないさ!ここより高くてマズイんだからな!」
「…それって、もしかして〝アマデウス〟っていう…」
アルシャインが聞くと、2人は頷く。
「そうそう!後は大衆向けのレストランもあるが、あっちはおふくろの味だな!」
「え、そこ美味しいんですか?」
〝おふくろの味〟に興味を持って聞くと、2人は笑う。
「美味いけど、あそこは夕飯って感じだな!」
「へー…行ってみたいな…」
アルシャインがボソリと呟き、みんなが苦笑した。
「そうか…飯作らなきゃならないからな…あ!じゃあ弁当買ってきてやろうか?」
エイデンが言うと、アルシャインはパアッと笑顔になる。
「いいんですか?!是非!」
「出来るだけ買ってくるよ。夜に届ける!」
そう言いエイデンは店を後にした。
ロレッソも出ると、違うお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ~!」
続々と来るので、狩りから戻ったカシアンが案内をしてから、裏で捌きに行く。
ノアセルジオが注文を取って、アルシャインとフィナアリスが料理を作る。

その内に、お客さんの一人がピアノに掛けてある大きなレース編みを見て言う。
「ああいう大きなレース編みは売らないの?」
「今はまだ作っている最中で」
笑ってアルシャインが答えて、レース編みの入ったカゴをその夫人に見せる。
「こういった物ならありますけど」
「まあ、ブレスレットだわ!可愛い事…お花なのね。リボンもあって…とても素敵。とても素人の孤児が作ったとは思えないわね」
そう褒めてくれているのに、何故だがトゲのある言い方が気になる。
「あの…」
何かを言い掛けると夫人は立ち上がってレジスターに行き、フィナアリスが会計を行う。
「紅茶ですね、4Gです」
「美味しかったわ」
そう言い、夫人はチップを含めた6Gを払って出ていった。
「…ありがとうございました」
フィナアリスが小さく言った。
「紅茶が飲みたかったのかしらね」
そう言いアルシャインがカップを片付ける。
カップの中の紅茶は、口も付けられていないように見えた。
「………」
こういった行為には必ず何かの企みがあると、アルシャインは身をもって知っていた。
〈ついに目の敵にされたのかしら…〉
もしかしたら、あのレストランの目に止まったのかもしれない。
今の夫人の口振りは貴族の真似をした商人といった感じだ。
貴族ならば、要らなくても見栄で商品を買う。
後で捨てればいいからだ。
買わないのに貴婦人の格好…となれば商人上がりの貴族しかいない。
男爵辺りならば爵位を金で買える。
「ナリスーーー」
気を付けて、と言おうとした瞬間、ガタンと客が立ち上がる。
「この食事虫が入ってるじゃねーか!」
そう言うのでノアセルジオが行くと、確かにスープにハエが入っていた。
「申し訳ございません、すぐに取り替えますので…」
「要らねーよ!ハエの入ってたスープなんざ飲めるか!!」
そう大声で言う。
「済みません、お代は結構ですので…」
アルシャインも言いながら寄ると、男は出ていった。
「ノア、片付けて」
「アイシャごめん」
「気にしないで!」
笑って言い、アルシャインはキッチンに入る。
注意深く見ても、周りにハエはいない…。
玄関や窓の下にはハーブを植えて虫除けをしている。
〈…嫌がらせね〉
そう思い、アルシャインは小声でフィナアリスに言う。
(ナリス気を付けて。今のは嫌がらせよ)
「え…」
(世の中には商売仇を陥れる為の芝居を打つ人がいるの。…この先もきっと来るわ)
(どうしたらいいの?)
フィナアリスも小声で聞く。
(堂々としていれば大丈夫。泣いたり怯えたりすると逆効果だから、笑っていて)
そう言ってアルシャインは笑う。

それをノアセルジオとカシアンにも伝えた。

「ただいまー!」
子供達が帰って来ると、一気に賑やかになる。
みんなは手を洗ってエプロンを着けてバンダナを頭に着けてから料理をする。

 ランチのいつもの混雑の中で、フィナアリスがお土産を売って渡す。
「ありがとうございましたー!」
「これを下さい」
女の子がリボンを手にやってくる。
フィナアリスはそれを受け取って盗難防止のシールを剥がして紙袋に入れようとする。
すると女の子は1Pをレジスターの横に置いて言う。
「貸して」
女の子が手を伸ばしてきた。
「はい、どうぞ」
フィナアリスがニッコリ笑って渡すと、女の子はハサミを取り出して切り刻んだ。
「何するの?!」
作ったアルベルティーナが叫ぶ。
「買ったのは私なんだから好きにしていい筈よ!」
女の子はそう言って他のお土産を持って来た。
「これもね!」
「壊す為なら売れないわ!」
そうフィナアリスが言うと、女の子はバンッとレジスターの横に2P出す。
「お金を出せば文句はない筈よ!」
そう言って木彫りの小物を投げようとするので、アルシャインがそれを奪って女の子の手を掴んだ。
「お金を出されても売れないわ。これも持って帰って」
そう言い出された2Pを女の子の手に握らせると、女の子はアルシャインの顔を思い切り叩いた。
「何よ!こんなトコ潰してやるんだから!」
そう言い女の子は走って出て行った。
余りの事に、みんなが蒼白してアルシャインに駆け寄る。
「アイシャ!」
「アイシャママ!」
「大丈夫よ、すぐに治るわ!ほらお客さんが待ってるわよ…お騒がせして済みません。ちょっと顔を見てくるわ」
アルシャインは笑って言い、みんなを促してから2階に行く。
鏡を見ると、頬に赤い筋が出ていた。
「あた~…やってくれるわね……あんな女の子を使うなんて卑怯だわ」
そう言いながらお守り匂い袋をポケットに入れて部屋を出ようとすると、ドアの側にルベルジュノーがいた。
「ジュドー、どうしたの?」
「教会で嫌な噂を聞いたんだ。アマデウスっていうレストランが金の羊亭を目の敵にして潰そうとしてるって」
「誰に聞いたの?」
「街の子供達だよ。そこのレストラン、客が入らなくなってて、〝金の羊亭のせいだ〟って怒鳴ってたらしいんだ…だから…」
「…ジュドー、みんなにも心配しないでって伝えて。なんとかするわ」
アルシャインは笑顔で言う。
ルベルジュノーは頷いて配膳に戻った。
「…どうしてくれようかしら?」
アルシャインは真顔で口に手を当てて考える。
どんな嫌がらせでも、それに応じた事をしなくては。
まずは情報だ…。
本当に、ハエやさっきの女の子がレストランからの嫌がらせかどうかを確かめなくてはならない。
「カシアーン!」
アルシャインは叫びながら降りていく。
「?!何どうした?…うわ痛そうだ」
「それはいいのよ。それより…」
(次に何か嫌がらせをしてきたら、その人を付けていって。出どころを探りたいの)
そう小声で言うと、カシアンは頷く。
〈子供達の笑顔を守らないと!〉
アルシャインはそう決意して、キッチンに向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売です!】 早ければ、電子書籍版は2/18から販売開始、紙書籍は2/19に店頭に並ぶことと思います。 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

処理中です...