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七章 帰参

十八.果たし合い

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 一月十九日、早朝。
翔隆は刀のみ腰に指して屋敷を出た。
睦月、明智光征、矢苑忠長が付き従う。
疾風と忌那蒼司と矢月一成は留守居だ。
、目を離すなよ。戦えなくなった時にすぐに助けに入るぞ」
「分かっている」
答えて歩いていく。
 その内に翔隆は走り出した。
走って富士に向かうにつれて、人数が増えていく。
竹中重治、上泉こうずみ高信たかしな武宮たけみや相根そね凪間なぎま偲原しばら馬名辺まなべなど頭領達が一族を率いて翔隆の後に続いた。


 二十日。
河口湖まで来ると、京羅が待っていて顎をしゃくって付いてくるようにうながして歩いていくので、後についていった。


樹海に入る手前の平原に、焔羅達が集まっていた。
焔羅の左右に兄の榻羅とうら月奇羅つくしら
その後ろに清修と陽炎、榻羅とうらの長男の夭羅ようら(四十八歳)と榻羅の次男の捷羅しょうら(四十六歳)。
右側に京羅の長男の弓駿ゆみはや(五十六歳)、次男の弓沙羅ゆみさら(五十五歳)、三男の飄羅ひょうら(五十四歳)、四男の景羅かげら(五十三歳)、五男の焉羅えんら(四十九歳)が揃っている。
その左側には、異父兄の佳磨羅かまら(六十二歳)、佳磨羅の長男の由磨ゆま(四十二歳)、次男の磨仁まひと(四十一歳)、三男の志磨しま(三十九歳)、月奇羅つくしらの長男の夜臥羅やがら(三十二歳)、次男の千世羅せぜら(三十歳)が揃っていた。

 翔隆はそれらを一瞥して焔羅を真っ直ぐに見つめる。
「…果たし合いに、してもらいたい」
そんな、一族を率いて凛と立つ翔隆を見て、焔羅は驚く。
〈いつの間に、率いる覚悟を付けたのか…〉
あの旅でどれ程成長したというのか…。
焔羅は打刀うちがたなを抜く。
「…良かろう、来いッ!」
翔隆は無言で太刀を抜いて斬り掛かった。
ガッ ギィン
同じ剣技の筈なのに、翔隆は攻め立てる剣だ…押される程の強さで。
〈いつの間に、これ程強く…!〉
修行ではなく、実戦のみで叩き上げられた剣だ。
焔羅は切り結んでからガッと受け止める。
焔羅は、翔隆の怒りにも似た目を見る。
それも当然だろう…師と兄と慕っていた者が突然、敵に回るなどと…。
命を賭けてまで正気に返したというのに、それすらも無駄だったなどと。
そう、思うのは翔隆なのか、自分なのか…。
焔羅は迷いを振り払って打刀を振るう。
するとすぐに翔隆が追い込まれていく。
「……っ!」
決して油断していた訳ではないのだが、押し返せずに翔隆は内心焦っていた。
〈やはり強い…っ!〉
全力でやっと押し止められる。
「………」
無言で刃越しに見据え合うその瞳には、どちらにも敵意が無かった。
すぐに離れ、互いに構えたままじりじりと歩く。
〈覚悟が…〉
〈…付かないーーー〉
焔羅と同時に、翔隆が思う。
敵とする覚悟は付かないが、長なのだという自覚は持っている。
その時、翔隆の肩を小型の棒手裏剣が掠める。
「っ!」
同時に睦月が手裏剣を焔羅目掛けて投げたので、焔羅がそれを弾いた。
〈邪魔はされたくない〉
そう思い、焔羅は右手を横に上げて《蒼い炎》を出して自分と翔隆の周りに円を作った。
この隙に誰かが攻撃するのを防ぐ為の結界を張ったのだ。
〈焔羅は名の通りに炎を使うのだな…〉
今まで共に居て、術を使う姿も初めて見たが…一族なのだから当然使えるだろう。
翔隆はそのままで聞いてみる。
「焔羅、悔いは無いか」
「………」
思いも寄らない問い掛けに、焔羅は一瞬左目を引くつかせてから眉をしかめる。
しかし、すぐに返答が出来なかった…それが答えだ。
だが、〝長〟なのだ。
ーーー自分が選んだのだ。
焔羅は自分に苦笑して翔隆と、その後ろに控える家臣や一族を見る。
確かに手放したのは自分で、長にならない選択もあっただろう。
しかし、母を殺されたのは翔隆のせいだという事は事実なのだ。
そして何よりも、嫡子ならばと〝長〟になったのだからーーー。
焔羅は翔隆を見ながら言う。
「お前は、どうなのだ…」
〝長〟になった事を、悔やんではいないのか…?
そう返すと、翔隆もまた眉をしかめるも返答が出来なかった。
互いに知らずに育ち、親しみ合って育った宿敵の嫡男などと…悲劇でしかない。
そんな感傷を振り払うように、同時に仕掛けた。
何度か打ち合ってからガッとつばで受け止め、互いにギリギリと押し合う。
そして、翔隆が喋る。
「悔いが無いとは言わないが…私は、皆を守る為にも負ける訳にはいかぬ!!」
そう言い翔隆は本気で攻め立てる。
「くっ…!」
受け流す焔羅の方が押されて、咄嗟に刃に炎を宿して薙ぎ払った。
「っ!」
翔隆は突然出た炎を咄嗟に避けて転がり、身構えて焔羅を見る。
「……?」
この隙に仕掛けてくるかと思ったが、焔羅は仕掛けて来ないでただ立っていた。
〈様子がおかしい…〉
いつもならば…いや、本気ならーーーすでに腕の一本は斬られている筈。
なのに、何故か何もして来ない…。
翔隆が身構えているのを、焔羅はただ眉をしかめて見る。
その時、苛立った榻羅とうらが野次を飛ばす。
「そんな奴、さっさと斬り伏せてしまえ!」
「長!こちらも術を使いましょう!」
偲原しばらまでもが野次を飛ばす。
するとあちこちから声が上がり、一気に騒がしくなる。
「長!」
二人には、その言葉だけがはっきりと聞こえた。
「ーーー!」
その言葉を背負って二人は同時に地を蹴った。
ガッ!
激しく火花が散る程に切り結び、互いに躱せずあちらこちらを斬られる。
「まずいな」
ボソリと陽炎が呟く。
このままでは、同士討ちになり兼ねない…そんな実力だった。
そう思った時に焔羅の蒼い炎が揺らいだので、陽炎が棒手裏剣を投げ入れた。
それは二人の刃に当たり、バチン!と音を立てて電気で両者を弾いた。
「……っ?!」
二人は距離を置いて構えて、陽炎を見る。
すると陽炎が真顔で顎をしゃくった。
退け、と…?〉
チラリと京羅を見ると、京羅は頷いて先に奥に歩き出す。
京羅が引いたので、狭霧の者達が〝撤退するのだ〟と思って退き始めた。
焔羅は打刀を鞘に収めて翔隆を見る。
翔隆は肩で息をしながらこちらを睨んでいた。
「…退け…いつか、相見あいまみえよう」
そう言い、焔羅は退く。
翔隆は焔羅が退いた先を見据えながらも、ここに居るのは危険だと判断して睦月の側に行く。
「退くぞ」
それだけ言い睦月を背負って走るので、皆も後に続いた。
その姿を、京羅の末子である焉羅えんらが見届けた。
〈…強くなったのだな…〉
翔隆を見つめて思う。
〝睦月を処刑する〟という偽情報で出て来た時よりも、遥かに強くなっているのが分かる。
先程はまだ本気では無いように見受けられた。
「…いつか手合わせしたいものだな」
呟いて焉羅えんらも後に続く。

すると、館の前で焔羅と陽炎が言い争っていた。
「何故、邪魔をした!自分が討ち損じたからかっ?!」
「違う!お前も師であったなら実力が分かるだろうが!」
「私が負けるとでもいいたいのか!?」
「事実、さっきは…」
言い掛けると焔羅がカッとして怒鳴る。
「ならば確かめるか!?」
そう言うなり打刀を抜いて陽炎に斬り掛かるので、陽炎は槍で弾いていく。
「義…」
「焔羅だ!」
「落ち着け焔羅!」
「お前の槍で確かめさせてやる!」
本気で怒らせたようなので、陽炎は仕方無く本気で相手をした。
皆は先程の観戦が中途半端だったので、はやし立てて見る。
「倒せ倒せ!」
「いいぞー!」
「陽炎、打ち負かしてみろ!」
両方の応援をしながら二人の戦いを見ている。
京羅は溜め息を吐いて館の中からそれを見る。
すると同じように月奇羅つくしら霏烏羅ひうら焉羅えんらが座って外の戦いを見ながら茶を飲む。
「先程は、危うかったか?」
月奇羅つくしらが聞くと、霏烏羅ひうらが頷いた。
「長が〝心ここにあらず〟といった様子で戦っていたからな。あのままでは深手を負っただろう…」
「ああ…今そんな傷を負って貰っては困るからな」
焉羅えんらの言葉に月奇羅つくしらが言う。
「先程の傷も治さず元気に切り合っているがな…」
この三人は同じ歳という事もあり、仲が良かった。
そこに佳磨羅かまらが来て京羅の側に座る。
「どうぞ」
そう言いお茶を置く。
「ん…」
「いっそこのまま陽炎不知火を殺してしまえば良いのですがね」
佳磨羅かまら…不知火の人質に関しては…」
「分かっております。では」
佳磨羅は何処かへ行ってしまう。
外を見れば、焔羅がムキになって戦っているようなので、二人の師匠であるモシリが前に出て止めに入った。
「そこまで!…双方傷を癒やせ」
そうモシリが言うと、二人は互いに血だらけなのに気付いて気まずくなって横を向く。
〝八つ当たりだ〟と…焔羅は自分を恥じた。
焔羅は館に向かい、陽炎は己の小屋へと向かった。
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