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六章 決別
三十一.焔羅
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深夜。
翔隆は修隆に呼び出されて彼の部屋へ来ていた。
翔隆は正座をして俯いている。
それに対して溜め息を吐き、修隆は口を開く。
「…お主の気持ちは分かる。だがな、焔羅は〝宿敵の長〟だ」
「…ほむ、ら…?」
「狭霧の長の名だ。火に臽の下を旧にした焔の字に、代々使われる羅で焔羅…知らなかったか」
聞かれて翔隆はただ頷いた。
「言いたい事は、分かっているな?」
「………ん」
翔隆は頷いて、畳を見つめる。…分かってはいる。
いつまでも誤魔化していてはならない問題であり、誤魔化すのは不可能だ。
きちんと自分の中で向き合って決別し、〝不知火の長〟として接しなければならない。
翔隆はぎゅっと目を瞑って考える。
〈義……焔羅は、敵だ……師匠であった義成は、もう…居ない―――――!!〉
グッと両拳を握り締めて泣くのを堪えるが、胸が張り裂けそうだった。
〈義成―――――!!〉
頭では分かっていても、感情が付いていかない。翔隆は唇を噛み締めて葛藤していた。
すると、ふいに修隆に頭を撫でられた。
「!?」
見上げると、穏やかな顔をした修隆がいた。
「修隆…」
「大切、なのであろう? その存在を消せとは言わぬ。割り切って考えろ。別の存在として」
「…別の……?」
「狭霧に、義成殿に似た〝焔羅〟という名の長が現れた。多少無理はあるが、そう思うしかあるまい?」
「修隆……」
翔隆が眉を寄せて見つめると、修隆は苦笑する。
「そんな風に思えば、少しは楽になるだろう…」
その言葉がどこか切なげに聞こえ、翔隆は修隆の立場を思い出す。
〈楽………質として、ずっとそんな風に考えてきたのか…?〉
〝狭霧に送った長男は嫡子が連れ戻す〟―――
それが親の〝長〟でも、甥の〝嫡子〟でも駄目だ。
いや……〝嫡子〟であれば甥でも可能であろうが、その代の〝弟〟でなくては心が救われまい。
ここで、翔隆が焔羅と対面し、修隆を連れ戻せば…喜んで貰えるか否かと問えば、〝否〟であろう。
〝羽隆〟でなければ、きっと…―――。
〈…私も、か……?〉
ふと、自分と陽炎の事が頭を過ぎる。
…だが、それは義成の事よりも難しいものだ。
そう思い至り、義成の事も割り切れば考えられるのだ、と思えた。
〈私は長だ…。相手の長が京羅ではないと分かった以上は、何か策を練らねばならない〉
翔隆は真顔で修隆を見る。
「ありがとう」
その顔を見て修隆は微笑する。
「…ふっ。いい顔だ」
そう言われ、翔隆は目笑で応えた。
富士・青木ヶ原。
一つの広間に、義成こと焔羅が居た。
側には兄の京羅(五十六歳)、末弟の霏烏羅(三十九歳)、甥の弓沙羅(三十八歳)に弓駿(四十一歳)、弓駿の長女で焔羅の妻になった弓奈(二十三歳)が居る。
焔羅は今日も書物に目を通している。
同じく冊子を見ていた京羅がふと手を止める。
「焔羅、〝今川〟を使っているのか」
「何かいけなかったか?」
「悪くはないが…いや、良くはないな」
「変な言い方をするな…」
焔羅が真顔で京羅を見ると、京羅は冊子を閉じて紙に何かを書いて渡す。
「ん…?」
「任祕、と読む。これを使え」
京羅が微笑んで言うと、焔羅は首を傾げ腕を組む。
「任祕義成にしろと?」
「うむ」
「今川は使ってはまずいか…」
「一部の大名にはいいだろうが、余り良くはない。交流の無い者共にはやめておけ」
「…この任祕という名は、何か意味があるのか?」
「先代の長、嵩羅が使っていたものだ」
「先代………」
焔羅は書を置いて、古い冊子を探し始める。
「嵩羅について、調べるのか?」
「うむ。居た、というだけで知らぬからな」
そう言うと、霏烏羅が探して出してくれる。
「ほら。…ろくに書かれてはいないがな」
「長の事なのに、か?」
聞くと、霏烏羅は苦笑する。
「嵩羅は……狭霧に合わぬ性質だったのでな」
「…やり方が、か?」
焔羅は冊子に目を通しながら聞く。
「そうだな」
京羅がクッと片笑んで答えると、焔羅は草子を閉じた。
「淡々と書いてあるだけだが…政はきちんとしているようだな」
「当然だ。そうでなくては長ではいられぬ」
「…では、私もきちんとやらねばな」
焔羅は苦笑して元の場所に座り、弓奈の入れた茶を飲む。
そして、冊子に何かを書き加えていった。
それを見て、京羅は微苦笑を浮かべる。
〈本当に……焔羅は嵩羅に似ているな〉
真面目な所が、と心で付け加えた。
翔隆は修隆に呼び出されて彼の部屋へ来ていた。
翔隆は正座をして俯いている。
それに対して溜め息を吐き、修隆は口を開く。
「…お主の気持ちは分かる。だがな、焔羅は〝宿敵の長〟だ」
「…ほむ、ら…?」
「狭霧の長の名だ。火に臽の下を旧にした焔の字に、代々使われる羅で焔羅…知らなかったか」
聞かれて翔隆はただ頷いた。
「言いたい事は、分かっているな?」
「………ん」
翔隆は頷いて、畳を見つめる。…分かってはいる。
いつまでも誤魔化していてはならない問題であり、誤魔化すのは不可能だ。
きちんと自分の中で向き合って決別し、〝不知火の長〟として接しなければならない。
翔隆はぎゅっと目を瞑って考える。
〈義……焔羅は、敵だ……師匠であった義成は、もう…居ない―――――!!〉
グッと両拳を握り締めて泣くのを堪えるが、胸が張り裂けそうだった。
〈義成―――――!!〉
頭では分かっていても、感情が付いていかない。翔隆は唇を噛み締めて葛藤していた。
すると、ふいに修隆に頭を撫でられた。
「!?」
見上げると、穏やかな顔をした修隆がいた。
「修隆…」
「大切、なのであろう? その存在を消せとは言わぬ。割り切って考えろ。別の存在として」
「…別の……?」
「狭霧に、義成殿に似た〝焔羅〟という名の長が現れた。多少無理はあるが、そう思うしかあるまい?」
「修隆……」
翔隆が眉を寄せて見つめると、修隆は苦笑する。
「そんな風に思えば、少しは楽になるだろう…」
その言葉がどこか切なげに聞こえ、翔隆は修隆の立場を思い出す。
〈楽………質として、ずっとそんな風に考えてきたのか…?〉
〝狭霧に送った長男は嫡子が連れ戻す〟―――
それが親の〝長〟でも、甥の〝嫡子〟でも駄目だ。
いや……〝嫡子〟であれば甥でも可能であろうが、その代の〝弟〟でなくては心が救われまい。
ここで、翔隆が焔羅と対面し、修隆を連れ戻せば…喜んで貰えるか否かと問えば、〝否〟であろう。
〝羽隆〟でなければ、きっと…―――。
〈…私も、か……?〉
ふと、自分と陽炎の事が頭を過ぎる。
…だが、それは義成の事よりも難しいものだ。
そう思い至り、義成の事も割り切れば考えられるのだ、と思えた。
〈私は長だ…。相手の長が京羅ではないと分かった以上は、何か策を練らねばならない〉
翔隆は真顔で修隆を見る。
「ありがとう」
その顔を見て修隆は微笑する。
「…ふっ。いい顔だ」
そう言われ、翔隆は目笑で応えた。
富士・青木ヶ原。
一つの広間に、義成こと焔羅が居た。
側には兄の京羅(五十六歳)、末弟の霏烏羅(三十九歳)、甥の弓沙羅(三十八歳)に弓駿(四十一歳)、弓駿の長女で焔羅の妻になった弓奈(二十三歳)が居る。
焔羅は今日も書物に目を通している。
同じく冊子を見ていた京羅がふと手を止める。
「焔羅、〝今川〟を使っているのか」
「何かいけなかったか?」
「悪くはないが…いや、良くはないな」
「変な言い方をするな…」
焔羅が真顔で京羅を見ると、京羅は冊子を閉じて紙に何かを書いて渡す。
「ん…?」
「任祕、と読む。これを使え」
京羅が微笑んで言うと、焔羅は首を傾げ腕を組む。
「任祕義成にしろと?」
「うむ」
「今川は使ってはまずいか…」
「一部の大名にはいいだろうが、余り良くはない。交流の無い者共にはやめておけ」
「…この任祕という名は、何か意味があるのか?」
「先代の長、嵩羅が使っていたものだ」
「先代………」
焔羅は書を置いて、古い冊子を探し始める。
「嵩羅について、調べるのか?」
「うむ。居た、というだけで知らぬからな」
そう言うと、霏烏羅が探して出してくれる。
「ほら。…ろくに書かれてはいないがな」
「長の事なのに、か?」
聞くと、霏烏羅は苦笑する。
「嵩羅は……狭霧に合わぬ性質だったのでな」
「…やり方が、か?」
焔羅は冊子に目を通しながら聞く。
「そうだな」
京羅がクッと片笑んで答えると、焔羅は草子を閉じた。
「淡々と書いてあるだけだが…政はきちんとしているようだな」
「当然だ。そうでなくては長ではいられぬ」
「…では、私もきちんとやらねばな」
焔羅は苦笑して元の場所に座り、弓奈の入れた茶を飲む。
そして、冊子に何かを書き加えていった。
それを見て、京羅は微苦笑を浮かべる。
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