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六章 決別

二十三.新たな家臣

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  雨も止んで晴れ間が続く七月。
翔隆一行は一応駿河を廻ってから、甲斐に入った。
とても…懐かしい気がする…。
 何だか懐かし過ぎて、お館に行く事すらためらってしまう。
街道沿いの茶屋で一休みする事にした。

翔隆は団子を食べながら、呆然と山々を見つめていた…。
〈…義輝様……父さん…………義成…〉
あの襲撃は、義成の指示の下行ったものなのだろうか?
それとも、清修せいしゅうと陽炎が企てたもの…?
考えたら涙が出そうになったので、翔隆は口唇を噛み締めて堪えた。
 ―――ふと、変な殺気を感じる。
おどおどとした気と、何かを狙う視線。
〈…何だろうか…?〉
そう思い立ち上がると、ギュッと袴の裾を握られた。
見下ろすと、とても目の大きな女童めのわらわがこちらを見上げていた。
「…どうした?」
「あっあっあのっ…」
「迷子か?」
「あの…あ、あのっ…その…」
聞いている内に、焦れったくなってくる。
翔隆は軽く溜め息を吐いて、しゃがむ。
「どうした? 落ち着いて話してごらん」
「あ、あたし…そのっ…」
その時、後ろから何かが飛んできたので、翔隆はスッと頭を横にずらした。
すると、ゴンッといい音がして、飛んできた小石が女童の額に当たってしまう。
「ああ、済まん!」
翔隆は慌てて《力》で血が出ている額の怪我を治してやる。
女童は、大きな目を見開いてきょとんとした。
そのすぐ後に、少年が襲い掛かってくる。 
「うわあああ!」 
「!」
翔隆は女童を抱き上げて、飛び退く。
―――と、少年はそのまま転んでしまう。
見知らぬ少年は手に木の枝を握り締め、立ち上がってまた襲い掛かってくる。
「やめないか!」
翔隆はそれを軽く躱して、少年の首根っこを掴み上げた。
「何故こんな事をする?」
「うるさい! 離せバテレン!」
そう言い少年は暴れて翔隆の目を引っ掻いた。
「うっ…」
左目に痛みが走り手を放すと、今度は手に噛み付いてきた。
「いたたたたっ!」
「何するの!」
怒った浅葱あさぎが棒で少年を叩き、樟美くすみが蹴った。
少年はそのまま水田に落ちる。
「わっぷ! ペッペッ…何しやがる!」
「それはこちらの言葉。何が目的か!」
樟美が睨み付けて言うと、女童が翔隆から離れて少年を庇うように両手を広げた。
「兄ちゃんをいじめないで!」
「兄妹か…」
翔隆が浅葱から棒を受け取って言うと、女童は泣き出し、少年は這い上がって泥を落とす。
「おいら達は、こうやって生きてきたんだっ!」
「親はいないのか?」
「んなもんいない! 捨て子だっ!」
気丈に言う少年に、女童が駆け寄って泥を落とすのを手伝う。
よく見ると、ふたりの首に木札がぶら下がっていた。
翔隆は近寄って見る。
かのう千景ちかげ……かのう龍之介たつのすけ、この子たちを頼みます……か」
「そんな事が書いてあんのかっ?!」
「ん…。きっと仕方無く手放したのだろう」
「捨てたのに変わりはない! だからっ…こーやって、他人のもん盗って生きるしかないんだっ!」
そう言う少年は、妹を庇いながら目に涙を浮かべている。
翔隆は引っ掻かれた左目を癒してから、じっと二人を見つめる。
〈こんな幼子が必死で生きていこうと……〉
苗字があるという事は、何処かの武家の子かもしれない。
…こんな戦乱の世だ…滅亡したのかもしれない…。
兄が妹を育てようと必死になっている姿は樟美と浅葱に重なって見えて、可哀相でならない。
「…私に、仕えないか?」
「え…」
「私の家臣……家来にならないか? ちゃんと、食べる物も着る物も与えてやるから」
「……売ったりしないか?」
「どこにも売らないさ」
「変な事をしないかっ!?」
「えっ?」
「裸にして…嫌な事をするんだろっ?!」
その言葉で、どんな目に遇ってきたかが分かった。
翔隆は二人を並べさせると、優しく微笑む。
「決してしない。ただし、戦が多い…強くなって貰うぞ」
「ほんとにしないかっ!?」
「ああ。今は放浪の身だが、いずれ尾張に帰るのだ。そこに、私の家臣も主君もいる…ちゃんと、育ててやると約束するよ」
真剣に言うと、龍之介はニッと笑う。
「いい! あんた強いし、ちかげの事、守ってくれたから信じる! おいら強くなってちかげを守りたいんだ!」
「ああ…強くしてやろう」
そう言い、翔隆は二人に切り麦うどんを食べさせた。
「どうするかな…」
切り麦を食べて団子も頬張る子供らを見ながら、翔隆は溜め息を吐く。
ここから道程はまだまだある……もう一頭馬を買った方がいいかどうか…。
万が一、子供達は影疾かげときに乗れるとしても、怪我をする可能性がある。
それは避けたいが…。
〈野生の馬でも見つけるか…〉
「おかわり!」
先程とは別人のような笑顔で龍之介が言う。翔隆はそれを微笑ましく思い、見つめた。
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