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六章 決別
十五.最上義光
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寒さが身に沁みる十二月。
翔隆達一行は集落を出て、南下していた。
村山郡と置賜郡の境目辺りに差し掛かった時、突然矢が何本も翔隆に向かって射られた。
翔隆は咄嗟にそれらを手で取っていく。
鏃を見ると、何かが塗られていた。
「誰だ!」
叫ぶと、積雪の間から弓矢を構えた者達が現れる。…見る限り、普通の侍のようだ。
その後ろから、白馬に乗った狩衣姿の青年が現れて豪快に笑う。
「フハハハハハハハハ!!」
翔隆はそれを冷静に見て、影疾の轡を強く握る。
「鷹狩りならば、相手が違いましょう。先を急ぎますので失礼を…」
一礼して過ぎ去ろうとすると、後ろから
「待て不知火!」
と言われた。翔隆は驚愕して振り向く……何故不知火であるなどと分かったのか?
只の人間に分かる筈も無い―――。
そう思っていると、その青年がニヤリとして言う。
「巧く隠すものよな。さすがは長といった所か」
「……貴方は………一体…?」
「俺か? 俺は最上宗家が嫡男、義光よ!」
「………」
「…と、言うだけでは分かるまい。俺はなぁ狭霧が好きでな…お主らのような〝虫けら〟は嫌いなのだ!」
「―――!」
またしても狭霧を好んで使う大名と会ってしまった!
最上といえば、足利氏一門である斯波氏の流れを汲む出羽の村山を支配する大名である。
〈…まずいな……〉
翔隆はちらりと樟美を見る。
樟美は微かに頷く…いつでも逃げられるようにしなくてはならない。
最上義光(十九歳)は邪悪な笑みを浮かべて言う。
「さて……。おとなしく降伏して共に参るか、それとも無駄死にするか? …二つに一つだ」
その言葉と同時に、そこにいる十数名の者達が一斉に矢を番えてこちらを狙う。
〈戦う訳にはいかない………どう逃げるか…!〉
考えて翔隆は軽い旋風を起こしてから飛び退き、影疾に乗り走らせた。
無論、子供達は前にして両腕で守るようにした。
「放てっ!」
すぐ様矢の雨が飛んでくる。
その内の一本が翔隆の左肩を貫通し、もう一本が右の肩胛骨と背骨の間に突き刺さった。
「ぐ…!」
翔隆は前のめりになりながらも馬を走らせ続けた。
「ととさま! ととさま!」
泣きながら浅葱が翔隆にしがみついて叫ぶ。
影疾を全力疾走させて、どの位経つか………翔隆は既に意識が朦朧としていた。
「………く…樟美…」
「はい!」
「見え…ない、か…?」
「はい、もう影すら…」
言い掛けた時、翔隆はふっと意識を失って馬から落ちた。
「父上!!」
樟美はすぐに影疾を止めて浅葱と共に降りると、翔隆に駆け寄った。
「父上! しっかりして下さい父上!!」
「ととさまぁ!」
浅葱も転びながら駆けてくる。
翔隆の顔は蒼白し、体が冷たくなってきている…。
〈…どうすれば……まだ力なんて使えないし、矢には毒がある……!〉
樟美には考える事しか出来ない……それが、悔しくてならない。
毒の種類も判別出来ないのが、情けなかった。
〈どうする…?! こうしている間にも…っ!〉
その時、離れた場所から馬の嘶く声がした。
「浅葱! ここに居ろ!」
妹にそう言い、樟美は全速力でその方向に走り出す。
そこには、馬に乗る武士の一行がいた。
樟美は迷わずその一行の前に立ちはだかり、両手を広げる。
「! 控えい!」
そう言われて、樟美はバッと雪の上に平伏した。
「お願いです! どうか父を助けて下さいませ!!」
「…何があった?」
先頭の男が優しく尋ねる。
樟美は平伏したまま必死に喋った。
「父が最上家の方に襲われ……矢には毒があって、私ではどうにも出来ないのです! どうかお救い下さい…!」
それを聞いて、黒葦毛に乗る少年が男の横に近付く。
「早う助けてやりましょう。手遅れとなってしまうやもしれませぬ」
「…では先に邸に戻っておる故、任せたぞ左門」
「はい」
答えて少年は馬から降りて、樟美に歩み寄る。
「拙者は片倉左門と申す。その父御の下へ、案内してもらえるか?」
「…はい」
樟美はすぐに立ち上がり、走って翔隆の下へ案内する。
そこには、背中に矢を受けて横たわる男と縋り付いて泣く女童がいた。
ついてきた片倉左門(八歳、後の小十郎景綱)は馬を待たせて翔隆に近寄り生死を確かめてから、口笛を吹く。
すると、どこからともなく忍のような者が数人出てきて、左門の周りに跪いた。
「この者の手当てを」
「はっ」
答えて忍は翔隆の矢を抜いて、その内の一人が手を翳す。
すると、ポウッと手から光が出て、翔隆の傷を包んでいた。それを見て樟美は驚愕する。
〈…っ! まさか狭霧……いや、でも……〉
敵にせよ同族にせよ、父が治ればいい…。
樟美は平静を装って見つめた。
手当てが済むと、左門は翔隆を自宅に運ばせた。
しがみついて離れない浅葱も共に運ばれた…。
「邸に運ばせたので、参ろう」
「………はい」
樟美は答えて、影疾を取りに行った。
翔隆達一行は集落を出て、南下していた。
村山郡と置賜郡の境目辺りに差し掛かった時、突然矢が何本も翔隆に向かって射られた。
翔隆は咄嗟にそれらを手で取っていく。
鏃を見ると、何かが塗られていた。
「誰だ!」
叫ぶと、積雪の間から弓矢を構えた者達が現れる。…見る限り、普通の侍のようだ。
その後ろから、白馬に乗った狩衣姿の青年が現れて豪快に笑う。
「フハハハハハハハハ!!」
翔隆はそれを冷静に見て、影疾の轡を強く握る。
「鷹狩りならば、相手が違いましょう。先を急ぎますので失礼を…」
一礼して過ぎ去ろうとすると、後ろから
「待て不知火!」
と言われた。翔隆は驚愕して振り向く……何故不知火であるなどと分かったのか?
只の人間に分かる筈も無い―――。
そう思っていると、その青年がニヤリとして言う。
「巧く隠すものよな。さすがは長といった所か」
「……貴方は………一体…?」
「俺か? 俺は最上宗家が嫡男、義光よ!」
「………」
「…と、言うだけでは分かるまい。俺はなぁ狭霧が好きでな…お主らのような〝虫けら〟は嫌いなのだ!」
「―――!」
またしても狭霧を好んで使う大名と会ってしまった!
最上といえば、足利氏一門である斯波氏の流れを汲む出羽の村山を支配する大名である。
〈…まずいな……〉
翔隆はちらりと樟美を見る。
樟美は微かに頷く…いつでも逃げられるようにしなくてはならない。
最上義光(十九歳)は邪悪な笑みを浮かべて言う。
「さて……。おとなしく降伏して共に参るか、それとも無駄死にするか? …二つに一つだ」
その言葉と同時に、そこにいる十数名の者達が一斉に矢を番えてこちらを狙う。
〈戦う訳にはいかない………どう逃げるか…!〉
考えて翔隆は軽い旋風を起こしてから飛び退き、影疾に乗り走らせた。
無論、子供達は前にして両腕で守るようにした。
「放てっ!」
すぐ様矢の雨が飛んでくる。
その内の一本が翔隆の左肩を貫通し、もう一本が右の肩胛骨と背骨の間に突き刺さった。
「ぐ…!」
翔隆は前のめりになりながらも馬を走らせ続けた。
「ととさま! ととさま!」
泣きながら浅葱が翔隆にしがみついて叫ぶ。
影疾を全力疾走させて、どの位経つか………翔隆は既に意識が朦朧としていた。
「………く…樟美…」
「はい!」
「見え…ない、か…?」
「はい、もう影すら…」
言い掛けた時、翔隆はふっと意識を失って馬から落ちた。
「父上!!」
樟美はすぐに影疾を止めて浅葱と共に降りると、翔隆に駆け寄った。
「父上! しっかりして下さい父上!!」
「ととさまぁ!」
浅葱も転びながら駆けてくる。
翔隆の顔は蒼白し、体が冷たくなってきている…。
〈…どうすれば……まだ力なんて使えないし、矢には毒がある……!〉
樟美には考える事しか出来ない……それが、悔しくてならない。
毒の種類も判別出来ないのが、情けなかった。
〈どうする…?! こうしている間にも…っ!〉
その時、離れた場所から馬の嘶く声がした。
「浅葱! ここに居ろ!」
妹にそう言い、樟美は全速力でその方向に走り出す。
そこには、馬に乗る武士の一行がいた。
樟美は迷わずその一行の前に立ちはだかり、両手を広げる。
「! 控えい!」
そう言われて、樟美はバッと雪の上に平伏した。
「お願いです! どうか父を助けて下さいませ!!」
「…何があった?」
先頭の男が優しく尋ねる。
樟美は平伏したまま必死に喋った。
「父が最上家の方に襲われ……矢には毒があって、私ではどうにも出来ないのです! どうかお救い下さい…!」
それを聞いて、黒葦毛に乗る少年が男の横に近付く。
「早う助けてやりましょう。手遅れとなってしまうやもしれませぬ」
「…では先に邸に戻っておる故、任せたぞ左門」
「はい」
答えて少年は馬から降りて、樟美に歩み寄る。
「拙者は片倉左門と申す。その父御の下へ、案内してもらえるか?」
「…はい」
樟美はすぐに立ち上がり、走って翔隆の下へ案内する。
そこには、背中に矢を受けて横たわる男と縋り付いて泣く女童がいた。
ついてきた片倉左門(八歳、後の小十郎景綱)は馬を待たせて翔隆に近寄り生死を確かめてから、口笛を吹く。
すると、どこからともなく忍のような者が数人出てきて、左門の周りに跪いた。
「この者の手当てを」
「はっ」
答えて忍は翔隆の矢を抜いて、その内の一人が手を翳す。
すると、ポウッと手から光が出て、翔隆の傷を包んでいた。それを見て樟美は驚愕する。
〈…っ! まさか狭霧……いや、でも……〉
敵にせよ同族にせよ、父が治ればいい…。
樟美は平静を装って見つめた。
手当てが済むと、左門は翔隆を自宅に運ばせた。
しがみついて離れない浅葱も共に運ばれた…。
「邸に運ばせたので、参ろう」
「………はい」
樟美は答えて、影疾を取りに行った。
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