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四章 礎
四十八.睦月外伝 〜何があろうとも〜〔一〕
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一五四一年。
翔隆六歳と楓十三歳が菜花を摘みに山の端の方に来ていた時。
ガサッと茂みが動いたので、翔隆が覗いて見ると木の根に座る血まみれの拓須と、それにしがみつくようにして泣いている睦月十一歳がいた。
「助けて! 殺さないで!!」
拓須を庇うように抱き着きながら叫んで泣く睦月を見て、翔隆は焦りながら楓に言う。
「姉さん! 父さんに知らせに行かないと!」
「わ、分かってるわよ…!」
翔隆はただ一重に〝助けたい〟という気持ちから焦っている。
対して楓は、二人の髪から〔狭霧〕だと判断し、翔隆を守りながら行かなければと焦っていた。
楓は二人を凝視したまま翔隆を後ろに隠し、じりじりと小屋の方へ後ずさる。
するとそのまま翔隆が小屋に走って行ったので、慌てて自分も駆け出した。
言うまでもなく睦月と拓須は、翔隆暗殺の為に来ていた………。
ここへ来る前。
富士の樹海の狭霧の拠点。
洞窟を利用した簡素な住処が、処々にある。
その一つの書庫で、拓須(50歳)と京羅(45歳)が榻羅(37歳)と共に書物の整理をしている時。
〝不知火の嫡子が尾張にいる〟
という情報を、従弟の月奇羅(22歳)が仕入れてきた。
「これで、こちらの嫡子が見つかれば、な?」
そう笑いながら言い、月奇羅も書物の整理を手伝う。
従兄弟の二人が、嫡子の存在を隠しているのは知っていても、それが誰かを教えてくれないから厭味のつもりで言ったのだ。
すると京羅が
「…目障りだな」
と呟く。
こちらの本拠地が富士なので、そんな近くに居られるのは目障りだ、という意味で言ったのだ…とは兄弟や従弟は察して理解した。
だが、書を運んできた拓須の伜、睦月が言葉そのままに誤解をした。
「では、私が殺して参りましょうか?」
そう睦月が跪いて言うと、その場にいた四人が驚いて睦月を見る。
「睦月、今のは…」
と拓須が何か何か言おうとするのを遮って、更に睦月が喋る。
「私も、お役に立てます!」
そう言う睦月を見てから、京羅はじっと拓須を見る。
すると、拓須は何とも言えない顔をした。
京羅は「〝先視〟が出来るのなら、止められるのでは?」と目で語り、
拓須が「それ以前に睦月は何を言っても聞かない性格だ」…と、表情で返したのだ。
そんな二人を見て、榻羅が苦笑して言う。
「互いに目で語り合ってないで、口に出したらどうだ?」
それには答えず、京羅は睦月を見る。
「…無理はするな」
止めておけ…との意味で言うが、睦月はニッとして答える。
「お任せを」
睦月は承諾を得たと思って言い、一礼して行ってしまう。
その後を、拓須が追い掛けた。
その二人を目で追って、榻羅が言う。
「拓須は、伜に甘過ぎではないか? もう睦月も十一だ…己が父に向かって対等な物言いでは、周りに示しも付くまい」
「…そうは言っても、本人が良しとしていてはどうにもならないでしょう、兄上」
月奇羅が親子程に年の離れた兄にそう言い、書物の整理を再開する。
書を本に纏めながら、ふと京羅が思い出して言う。
「兄の父親も、弟を盲愛していたな…」
「…血だろう、と? 後見人殿は、それでいいと考えるのか? 目上の者を敬わずにいていい、と」
「…実力さえあれば、良いと思うが…不服か?」
「………」
榻羅は無言で考える。
すると、京羅が言う。
「…そろそろ、従弟殿が後見をするか?」
「いや、それはいい。そうではないのだ。京羅殿に不満がある訳ではないのだ、済まない…」
そう言い榻羅は困ったように作業をする。
最近、こんなやり取りが増えたな…と月奇羅が思う。
京羅の父は今川の者で、嫡流ではない。
故に、嫡流の榻羅と月奇羅には気を遣っているように見受けられる。
〈恐らく…仲良くなって、腹心のようになりたいのだろうな…〉
月奇羅が思う。
意見し、それについて話し合うような関係を、兄の榻羅は京羅に求めているのだと思う。
しかし、京羅自身は誰も求めてはいないので空回りとなる。
〈…複雑だな…〉
他人事のように思い、書を整理した。
歩きながら、拓須は睦月を説得しようと試みる。
「睦月、お前もまだ幼いのだから無茶は…」
「その嫡子は六歳だろう? それなら潜り込んで信用させてから殺した方が楽だよな?」
睦月はそう聞いておいて、尚も考えて言う。
「不知火は確か人間と同じで、怪我とかすると手当てするんだよね?」
「ん? ああ…睦月、だから」
「それなら致命傷…くらいの傷でいいかな?」
そう言い睦月は急に短刀を引き抜き、己の腹目掛けて振り下ろそうとする。
「っ!!」
咄嗟に拓須がその手を掴んで止めた。
「…やるのなら、私が傷を負う。お前はやるな」
そう言い己が深手を負う事にして、尾張に来たのだ。
ちなみに傷は自分で付けた。
睦月に任せたら、加減もしなさそうなので不安だったからだ。
弥生と楓、千太が手当てを終えると志木は二人の前に座る。
「…追放された、と? 信用ならんな。手当てはしたのだ、今すぐ出て行け」
そう厳しく言うと、後ろをウロウロしていた翔隆が喋る。
「でもすごく深く刺されてたって…動くの大変」
「お前は黙っていなさい!」
そう父に怒鳴られて、翔隆はビクッとして母に駆け寄って抱き着く。
その呼び方で翔隆を嫡子として扱っていない事が分かる。
睦月は心中で苛つきながらも両手を撞いて平伏する。
「お願いします! せめて兄の傷が少しでも治るまで…少しでもいいので置いて下さい! 何でもします!」
頭を床に擦り付けて言う睦月と、重症で今にも倒れそうな拓須を見兼ねて弥生が志木の隣りに座って言う。
「…お前さま、せめて傷が癒えるまで置いてあげませんか?」
「弥生…しかし」
志木が言いたい事は分かる。
狭霧は敵。
そしてここに居るのは、預かって大切に育てている不知火の嫡男だ。
万が一 殺されでもしたら、どう責任を取ればいいのか分からない。
自分の目が見えないから尚更なのだ。
そんな志木の腕に手を置いて、弥生は微笑して言う。
「私も、皆もよく見ていますから…ほんの少し、信じてみませんか?」
弥生の感は鋭い…。志木は考えた上で言う。
「…少しだけだぞ」
そうして拓須が寝ている間、睦月は洗濯や掃除を手伝った。
そんな事は当たり前にこなしてきたので、雑作もない。
拓須の側には志木の仲間の千太という樵もしている男が見張りに付いた。
翌日からは翔隆がその二人をちょろちょろと見に行くようになった。
血だらけで手当てが大変だった拓須は死んでいないかと確認したり、睦月はなとか暇が出来て遊んでくれないか…などとーーーそう思うのだが、志木や千太や爺様などが中々近寄らせてくれない。
〈つまんない…〉
翔隆は一人で森の中を歩く。
その後ろには森の仲間であるイタチや狐、野犬やリスなどがついて来ている。
どの動物も、子供の時に死にそうになっていた所を翔隆が看病して育てたので懐いていた。
〈信用って面倒なものだな…〉
そう思いながら睦月は薪を運ぶ手伝いをしていた。
ふと声がした方を見ると、翔隆がいた。
〈なんだ…?〉
見ると、棒を振り回して動物と戯れている。
六歳であの様子………随分と甘やかされているようだが、ここの連中は嫡子を何にしたいのだろうか…? と、疑問に思う。
〈何かに似ているな…〉
なんだろうかと一日中考えて、睦月はそれが何なのか夜中に思い出した。
「…今川の嫡子だ」
そう呟き笑う睦月を、隣りで寝ていた拓須が見て苦笑する。
「龍王丸がどうした…?」
「いや、うん…似てるなぁと思って」
そう言いくすくすと笑う。
今川家の嫡男は、書だの蹴鞠だのと遊びふけり、まるで公家の子供のようなのだ。
いつ殺されるか分からないこの世の中で、今の翔隆のように呑気に、マヌケに…。
数日経つと、弥生と楓と共に里まで買い物に行く程には信頼された。
護衛兼荷物持ちとして千太がついている。
〝まだ何も出来ない子供〟を演じてきた甲斐がある。
…が、村に入ると髪の色で村人に疎まれて怖がられた。
〈……?〉
ここまで嫌がられるのは、睦月にとって初めての経験だった。
今まで接してきた人間は今川の者のみ…見も知らぬ民草と会った事は無い。
「そいつぁバテレンの子かね」
「違うのよ、戦いで怖くてこうなっただけなの」
弥生がそう説明する。
それにも腹が立ったが、睦月は俯いていた。
〈…我慢だ。まだ翔隆を殺していない…〉
そう思いモヤモヤとしたまま帰ると、キラキラとした目の翔隆が笑顔で出迎える。
「おかえり! どうだった?!」
「?」
睦月が不思議がっていると、楓が外の様子を翔隆に話し始める。
田畑の作物が変わったとか、櫛が売っていたり、珊瑚のような物があった…など、普通の会話…。
何故そんな話しをするのか理解出来ずに、睦月は夜、拓須に聞いてみた。
「ああ…〝不知火の嫡子は七つの年で集落の外に出るのを許す〟という掟があるからだろう」
「何それ、何故?」
「さあな」
拓須は答えるのが面倒なのか傷が痛むのか、それだけ言って寝てしまう。
更に数日経つと、睦月は監視の目も緩くなり自由な時が増えた。
〈甘い奴らだな…狭霧はもっと警戒しないと〉
そう思いながら歩いていると、また棒を振り回している翔隆を見つける。
〈一体何を…〉
そう思って見ていると、翔隆がじゃれつく野良犬達を追い払う。
「もー…これじゃ修行にならないよー」
「…?!」
その言葉に睦月は愕然とする。
〈今のが修行だと…?!〉
修行は、厳しく命懸けで行うものだ。事実、睦月はそういう厳しい修行を受けて育ったのだ。
それなのに棒を振り回したくらいが修行とは笑止…。
〈いや、咎めてどうする…〉
ここは利用しなくては。
そう思い留まり、睦月は翔隆に笑顔で近寄る。
「修行、したいの?」
「うん。でもまだ小さいからってやらせてくれないんだ」
嫡子に向かってその理由は何だろうか?
心の底から疑問に思うが、とりあえずその気持ちに蓋をして続けた。
「じゃあ、指南してあげようか?」
「しなん?」
「師となり修行を付けてあげる、という意味だよ」
「し?」
「…師というのは、教え導く人の事だよ」
睦月は苛つきながらもひくつかないように、苦笑しながら教えた。
それから、千太の見張りの下で修行を行う。
まずは走らせてみると、大丈夫そうだったので飛び跳ねる、背を反らす、岩から岩への飛び移り(均衡)などの反応をみる。
悪くない動きなので、手足の力を付ける初歩的な運動から始めた。
すると数日後、睦月と拓須にあてがわれた小屋に翔隆が入り浸り、共に寝るようになった。
翔隆六歳と楓十三歳が菜花を摘みに山の端の方に来ていた時。
ガサッと茂みが動いたので、翔隆が覗いて見ると木の根に座る血まみれの拓須と、それにしがみつくようにして泣いている睦月十一歳がいた。
「助けて! 殺さないで!!」
拓須を庇うように抱き着きながら叫んで泣く睦月を見て、翔隆は焦りながら楓に言う。
「姉さん! 父さんに知らせに行かないと!」
「わ、分かってるわよ…!」
翔隆はただ一重に〝助けたい〟という気持ちから焦っている。
対して楓は、二人の髪から〔狭霧〕だと判断し、翔隆を守りながら行かなければと焦っていた。
楓は二人を凝視したまま翔隆を後ろに隠し、じりじりと小屋の方へ後ずさる。
するとそのまま翔隆が小屋に走って行ったので、慌てて自分も駆け出した。
言うまでもなく睦月と拓須は、翔隆暗殺の為に来ていた………。
ここへ来る前。
富士の樹海の狭霧の拠点。
洞窟を利用した簡素な住処が、処々にある。
その一つの書庫で、拓須(50歳)と京羅(45歳)が榻羅(37歳)と共に書物の整理をしている時。
〝不知火の嫡子が尾張にいる〟
という情報を、従弟の月奇羅(22歳)が仕入れてきた。
「これで、こちらの嫡子が見つかれば、な?」
そう笑いながら言い、月奇羅も書物の整理を手伝う。
従兄弟の二人が、嫡子の存在を隠しているのは知っていても、それが誰かを教えてくれないから厭味のつもりで言ったのだ。
すると京羅が
「…目障りだな」
と呟く。
こちらの本拠地が富士なので、そんな近くに居られるのは目障りだ、という意味で言ったのだ…とは兄弟や従弟は察して理解した。
だが、書を運んできた拓須の伜、睦月が言葉そのままに誤解をした。
「では、私が殺して参りましょうか?」
そう睦月が跪いて言うと、その場にいた四人が驚いて睦月を見る。
「睦月、今のは…」
と拓須が何か何か言おうとするのを遮って、更に睦月が喋る。
「私も、お役に立てます!」
そう言う睦月を見てから、京羅はじっと拓須を見る。
すると、拓須は何とも言えない顔をした。
京羅は「〝先視〟が出来るのなら、止められるのでは?」と目で語り、
拓須が「それ以前に睦月は何を言っても聞かない性格だ」…と、表情で返したのだ。
そんな二人を見て、榻羅が苦笑して言う。
「互いに目で語り合ってないで、口に出したらどうだ?」
それには答えず、京羅は睦月を見る。
「…無理はするな」
止めておけ…との意味で言うが、睦月はニッとして答える。
「お任せを」
睦月は承諾を得たと思って言い、一礼して行ってしまう。
その後を、拓須が追い掛けた。
その二人を目で追って、榻羅が言う。
「拓須は、伜に甘過ぎではないか? もう睦月も十一だ…己が父に向かって対等な物言いでは、周りに示しも付くまい」
「…そうは言っても、本人が良しとしていてはどうにもならないでしょう、兄上」
月奇羅が親子程に年の離れた兄にそう言い、書物の整理を再開する。
書を本に纏めながら、ふと京羅が思い出して言う。
「兄の父親も、弟を盲愛していたな…」
「…血だろう、と? 後見人殿は、それでいいと考えるのか? 目上の者を敬わずにいていい、と」
「…実力さえあれば、良いと思うが…不服か?」
「………」
榻羅は無言で考える。
すると、京羅が言う。
「…そろそろ、従弟殿が後見をするか?」
「いや、それはいい。そうではないのだ。京羅殿に不満がある訳ではないのだ、済まない…」
そう言い榻羅は困ったように作業をする。
最近、こんなやり取りが増えたな…と月奇羅が思う。
京羅の父は今川の者で、嫡流ではない。
故に、嫡流の榻羅と月奇羅には気を遣っているように見受けられる。
〈恐らく…仲良くなって、腹心のようになりたいのだろうな…〉
月奇羅が思う。
意見し、それについて話し合うような関係を、兄の榻羅は京羅に求めているのだと思う。
しかし、京羅自身は誰も求めてはいないので空回りとなる。
〈…複雑だな…〉
他人事のように思い、書を整理した。
歩きながら、拓須は睦月を説得しようと試みる。
「睦月、お前もまだ幼いのだから無茶は…」
「その嫡子は六歳だろう? それなら潜り込んで信用させてから殺した方が楽だよな?」
睦月はそう聞いておいて、尚も考えて言う。
「不知火は確か人間と同じで、怪我とかすると手当てするんだよね?」
「ん? ああ…睦月、だから」
「それなら致命傷…くらいの傷でいいかな?」
そう言い睦月は急に短刀を引き抜き、己の腹目掛けて振り下ろそうとする。
「っ!!」
咄嗟に拓須がその手を掴んで止めた。
「…やるのなら、私が傷を負う。お前はやるな」
そう言い己が深手を負う事にして、尾張に来たのだ。
ちなみに傷は自分で付けた。
睦月に任せたら、加減もしなさそうなので不安だったからだ。
弥生と楓、千太が手当てを終えると志木は二人の前に座る。
「…追放された、と? 信用ならんな。手当てはしたのだ、今すぐ出て行け」
そう厳しく言うと、後ろをウロウロしていた翔隆が喋る。
「でもすごく深く刺されてたって…動くの大変」
「お前は黙っていなさい!」
そう父に怒鳴られて、翔隆はビクッとして母に駆け寄って抱き着く。
その呼び方で翔隆を嫡子として扱っていない事が分かる。
睦月は心中で苛つきながらも両手を撞いて平伏する。
「お願いします! せめて兄の傷が少しでも治るまで…少しでもいいので置いて下さい! 何でもします!」
頭を床に擦り付けて言う睦月と、重症で今にも倒れそうな拓須を見兼ねて弥生が志木の隣りに座って言う。
「…お前さま、せめて傷が癒えるまで置いてあげませんか?」
「弥生…しかし」
志木が言いたい事は分かる。
狭霧は敵。
そしてここに居るのは、預かって大切に育てている不知火の嫡男だ。
万が一 殺されでもしたら、どう責任を取ればいいのか分からない。
自分の目が見えないから尚更なのだ。
そんな志木の腕に手を置いて、弥生は微笑して言う。
「私も、皆もよく見ていますから…ほんの少し、信じてみませんか?」
弥生の感は鋭い…。志木は考えた上で言う。
「…少しだけだぞ」
そうして拓須が寝ている間、睦月は洗濯や掃除を手伝った。
そんな事は当たり前にこなしてきたので、雑作もない。
拓須の側には志木の仲間の千太という樵もしている男が見張りに付いた。
翌日からは翔隆がその二人をちょろちょろと見に行くようになった。
血だらけで手当てが大変だった拓須は死んでいないかと確認したり、睦月はなとか暇が出来て遊んでくれないか…などとーーーそう思うのだが、志木や千太や爺様などが中々近寄らせてくれない。
〈つまんない…〉
翔隆は一人で森の中を歩く。
その後ろには森の仲間であるイタチや狐、野犬やリスなどがついて来ている。
どの動物も、子供の時に死にそうになっていた所を翔隆が看病して育てたので懐いていた。
〈信用って面倒なものだな…〉
そう思いながら睦月は薪を運ぶ手伝いをしていた。
ふと声がした方を見ると、翔隆がいた。
〈なんだ…?〉
見ると、棒を振り回して動物と戯れている。
六歳であの様子………随分と甘やかされているようだが、ここの連中は嫡子を何にしたいのだろうか…? と、疑問に思う。
〈何かに似ているな…〉
なんだろうかと一日中考えて、睦月はそれが何なのか夜中に思い出した。
「…今川の嫡子だ」
そう呟き笑う睦月を、隣りで寝ていた拓須が見て苦笑する。
「龍王丸がどうした…?」
「いや、うん…似てるなぁと思って」
そう言いくすくすと笑う。
今川家の嫡男は、書だの蹴鞠だのと遊びふけり、まるで公家の子供のようなのだ。
いつ殺されるか分からないこの世の中で、今の翔隆のように呑気に、マヌケに…。
数日経つと、弥生と楓と共に里まで買い物に行く程には信頼された。
護衛兼荷物持ちとして千太がついている。
〝まだ何も出来ない子供〟を演じてきた甲斐がある。
…が、村に入ると髪の色で村人に疎まれて怖がられた。
〈……?〉
ここまで嫌がられるのは、睦月にとって初めての経験だった。
今まで接してきた人間は今川の者のみ…見も知らぬ民草と会った事は無い。
「そいつぁバテレンの子かね」
「違うのよ、戦いで怖くてこうなっただけなの」
弥生がそう説明する。
それにも腹が立ったが、睦月は俯いていた。
〈…我慢だ。まだ翔隆を殺していない…〉
そう思いモヤモヤとしたまま帰ると、キラキラとした目の翔隆が笑顔で出迎える。
「おかえり! どうだった?!」
「?」
睦月が不思議がっていると、楓が外の様子を翔隆に話し始める。
田畑の作物が変わったとか、櫛が売っていたり、珊瑚のような物があった…など、普通の会話…。
何故そんな話しをするのか理解出来ずに、睦月は夜、拓須に聞いてみた。
「ああ…〝不知火の嫡子は七つの年で集落の外に出るのを許す〟という掟があるからだろう」
「何それ、何故?」
「さあな」
拓須は答えるのが面倒なのか傷が痛むのか、それだけ言って寝てしまう。
更に数日経つと、睦月は監視の目も緩くなり自由な時が増えた。
〈甘い奴らだな…狭霧はもっと警戒しないと〉
そう思いながら歩いていると、また棒を振り回している翔隆を見つける。
〈一体何を…〉
そう思って見ていると、翔隆がじゃれつく野良犬達を追い払う。
「もー…これじゃ修行にならないよー」
「…?!」
その言葉に睦月は愕然とする。
〈今のが修行だと…?!〉
修行は、厳しく命懸けで行うものだ。事実、睦月はそういう厳しい修行を受けて育ったのだ。
それなのに棒を振り回したくらいが修行とは笑止…。
〈いや、咎めてどうする…〉
ここは利用しなくては。
そう思い留まり、睦月は翔隆に笑顔で近寄る。
「修行、したいの?」
「うん。でもまだ小さいからってやらせてくれないんだ」
嫡子に向かってその理由は何だろうか?
心の底から疑問に思うが、とりあえずその気持ちに蓋をして続けた。
「じゃあ、指南してあげようか?」
「しなん?」
「師となり修行を付けてあげる、という意味だよ」
「し?」
「…師というのは、教え導く人の事だよ」
睦月は苛つきながらもひくつかないように、苦笑しながら教えた。
それから、千太の見張りの下で修行を行う。
まずは走らせてみると、大丈夫そうだったので飛び跳ねる、背を反らす、岩から岩への飛び移り(均衡)などの反応をみる。
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