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四章 礎

二十九.一喝

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  三月も終わり、徐々に暖かい春の陽気が訪れてきていた。
 翔隆と義成のいない邸では、家臣達が修行をしていた。
矢苑しおん佐馬亮さまのすけ忠長は、師匠が不在の為に何をしていいか分からず、つまらなさそうにぶらつく。
 
そして、剣術に励んでいる明智四郎衛門光征みつまさと椎名雪孝ゆきたかを見付けて言う。
「…よお! 探しにいかないのか?」
「毎日毎日、闇雲に探し回るだけでは、何にもならぬだろう」
雪孝が言うと、忠長はムッとして腕組みして雪孝を睨む。
「お前はっ! 新参者だから分からねえだろーがな! 拓須様と睦月様は、翔隆様の大事なお師匠様なんだよっ!」
「分かっている」
「分かってねえっ!」
そう怒鳴ると、忠長はいきなり雪孝に飛び蹴りを食らわせた。
雪孝は光征と刃を交えていた為に、ふいを衝かれて吹っ飛んで木にぶつかる。
光征も咄嗟に避けて小刀をしまい、忠長を睨み付ける。
「忠長っ!」
「なんだっ!!」
「師匠達ならば、竹中様と矢佐介やさのすけ殿も探して下さっている! その報告も待っているのだぞ! 八つ当たりならば他でやれっ!」
「なんだと~っ?」
忠長はカッとして光征に殴り掛かった。
その騒ぎを聞き付けて、篠姫と侍女の似推里いおり(二十六歳)、鹿奈かな(二十歳)、あおい(十六歳)と、忌那いみな蒼司そうしに弓香がやってくる。
「またですか! おやめなされ忠長殿っ!」
蒼司が言うが、いつもの如く無視して忠長は喧嘩を楽しんでいる…。
蒼司は溜め息を吐いて、篠姫を見る。
「何を言っても無駄にござりましょう。怪我もそんなにしないでしょうし、放っておいても大事ありますまい」
にこりと微笑んで言うと、篠姫も似推里も頷いた。
「そうじゃな。では、買い物にでも出掛けましょうか」
篠姫の言葉に、弓香が戸惑いがちに言う。
「あの…私、夕餉の仕込みをしておきます…」
「では、あたしも残るわ。いいですか?」
次いで似推里が気を利かせて言った。
それを悟って篠姫は頷いて侍女達を従えて行ってしまう。


 野菜を切りながら、似推里が弓香に話し掛ける。
「ねえ、あなたは嵩美…じゃなかった。蒼司殿の事、いつから好きになったの?」
「えっ! あ…あの…私達は、一緒に暮らしてました。幼子おさなごは、一カ所でまとまって暮らすのです。嵩美……蒼司は、五つの時に好きになって…いつも蒼司の後についていってました。…やる事と言えば、辛い修行とか…難しい書物を読まされたりするだけで…いつも苦しくて。でも、そんな中で蒼司が優しくしてくれて…」
話している内に、弓香は徐々に心を開いたようだ。
「そう…」
「優しいだけじゃなくて、そっと庇ってくれたり……他の子供達の事も、面倒をみてあげていたりして…。そんな彼が、好きなんです」
弓香は、嬉しそうに蒼司の事を話していく。ずっと、誰かに聞いてもらいたかったのだろうと思い、似推里は微笑んで弓香の話を聞いていた。
 
 時が過ぎてお喋りに華を咲かせている内に、弓香と似推里はすっかり仲良くなっていた。
「あ…あたし、畑から菜の花を取ってくるわね」
似推里が土間を離れて畑に行くと、まだ忠長と光征が喧嘩をしていた。
〈全く…なんでいつもこうなのかしら!〉
と、似推里が止めに入ろうとした時、矢月やづき一成(二十一歳)がその喧嘩の間に入って刀を忠長の首筋に当てたのだ!
「よさぬか」
「! …てめえ…っ!」
「そう喧嘩ばかりしては、主君に迷惑が掛かるであろうが! …臣たる者が、主の風評を落としてなんとする!」
そう一成が一喝すると、忠長は舌打ちして何処かに行ってしまう。
すると、光征が微笑んで一成に握手を求めた。
「助かったよ、一成殿。ありがとう」
「い、いや…出過ぎた真似をしてすまない…」
一成は呟くように言って、照れながら座敷に入っていった。
それを苦笑して見送り、光征は雪孝と共に出掛けていった。
恐らく、拓須と睦月を探しに行ったのだろう。
そんなやりとりを見つめて、似推里は感心していた。
〈…いつもなら、翔隆が言うまで止めないのに……一成殿は、まとめる力があるのね。後で翔隆に言いましょう〉
そんな変化を嬉しく思いながら、似推里は楽しげに菜の花を摘んでいた。
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