鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

十.黄いないおこわ

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 清風が心地良い五月五日、端午の節句。
翔隆の館では初の男子を祝い、黄いないおこわが炊かれた。
「…クチナシ?」
クチナシともち米と黒豆で炊かれた黄色いおこわを、翔隆は不思議そうに見る。
「端午の節句といえば〝黄いない色いおこわ〟ですが…殿はご存知ありませんか?」
笹におこわを盛り付ける篠姫が聞くと、翔隆は頷いた。
「俺の母…養母は作った事が無いから…手に入らなかったのかもしれないし、尾張の人では無いのかもしれないし……」
「そうでしたか…では、殿も召し上がってみて下さいね。美味しく炊けたと思いますよ」
頷いて、翔隆は邪魔にならないように広間に行く。
まだ生まれて一月ひとつき樟美くすみが布おむつをぐるぐるに巻かれ、藁の上に寝かされており、葵がその腹をポンポンと叩いてあやしていた。
「どれ、替わろうか」
そう言うと、葵は一礼して小走りで台所に行った。
今、台所は戦場と化しているだろう…。
翔隆は樟美を見て、トントンと指先でお腹を叩く。
すると、あぶっと言いながら樟美が嫌がった。
「…葵と同じようにしたのにな…痛かったか?」
顔を覗き込むと、何やらキョロキョロとしている…。
「落ち着かないのかな…父さまだぞ、朝と夜しか会わないが…」
「うあ…」
話し掛けて泣かれそうになったのでオロオロしていると、奥から睦月が来て樟美の小さな頭を撫でた。
「触ってやらないと不安になるだろう? 赤子は目が悪いんだ」
「え? 見えてないのか?」
「覚えてないのか?」
「え、睦月は覚えてるの?!」
逆に驚かされて言うと、睦月は冷静に言う。
「ぼんやりと見えていたな。母親が子守唄を歌ってた」
それを聞いて驚いたように拓須が聞く。
「覚えているのか?!」
「…知らない」
ふい、と睦月は拓須に背を向ける。
対する拓須は寂しそうな顔で睦月を見ていた。
その、照れたような睦月の顔を見て、翔隆は思う。
〈多分覚えているんだろうけど、知られたくないんだろうな…〉
何故かは分からないが、そうなのだろう。

菖蒲しょうぶの葉で作った薬玉くすだまを柱などからぶら下げたり、軒に菖蒲の葉を挿した。
これも初めてで面白いな、と思った。

 祝いの席として、おこわと菖蒲酒を頂いた。
「さあ殿、短刀はどれになさいます?」
篠姫に言われて首を傾げると、義成が短刀を差し出す。
「これで良ければ」
「まあ…義成さまからの贈り物でしたら、とても強い子に育ちそうですね」
そう言って篠姫がその短刀を樟美の側に置いた。
〈…人間の風習は難しいな…〉
そう思いながら、翔隆は笑って義成に言う。
「ありがとう、義成」
「ん…」

女子おなご達が赤子と共に眠りに行き、広間に義成と翔隆が残る。
「義成は、節句の祝いをしていたのか?」
「ん~…いや、無い。無いが…楓がな、男子おのこが出来たら端午の節句にその短刀を贈ってあげてね、と言っていたので…そうする物なのだな、と…」
「そうなんだ…」
翔隆はそれ以上なんと言っていいか分からなくて黙る。
そして義成が今までどんな暮らしをしてきたのか気になった。
「義成は…あの集落に来る前はどんな暮らしをしていたの?」
「どんな……そう、だな…」
義成は苦笑して考える。
「その…」
口籠ると、拓須がやってくる。
「睦月が眠ったからそろそろ寝ろ。話し声がしたら起きるだろう」
それだけ冷たく言って行ってしまう。
「じゃあ寝ようか。…話しづらかったらいいから」
翔隆は笑って言い、義成と共に立ち上がった。
 …誰にでも、話したくない事の一つや二つあるだろう。
義成は心中しんちゅうで助け舟を出してくれた拓須に感謝してとこについた。
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