鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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二章 変転

二十五.刑部少輔

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  一五五三年(天文二十二年)、正月。
翔隆は年賀に訪れる武将達の草履を揃えてから、食事を運ぶのを手伝っていた。
しかし、
「邪魔をするな!」
と他の近習達に怒られて、触らせても貰えないでいた。
〈…仕方が無い。他の仕事を見付けるか…〉
溜め息を吐いて台所に行き、きょろきょろと見回す。
皆忙しそうに動き回っている…。
ここでも邪魔になりそうだったので、庭に出てみた。
うまやを見て、近寄っていく。
〈疲れてる馬もいるな……よし!〉
番兵に頼んで、馬の世話をする事にした。
ひづめを調べて小石などを取ったり、わらで体を拭く。
馬針(鉄の針)を使って疲れを取る為に、血を抜こうかとも考えたが、それは止めておいた。
「いい毛並みだな…」
一頭ずつ声を掛けながら毛並みを整えてやると、馬も気持ち良さそうにしていた。
 それを渡り回廊から見ていた刑部少輔ぎょうぶしょうゆう信廉のぶかど(二十二歳)が声を掛ける。
「何故、馬の世話をしておるのだ…?」
「あ、刑部少輔様」
翔隆はすぐに藁を置いて駆け寄り、ひざまずく。
「宴は宜しいのですか?」
「うむ、酔い醒ましにな。…それよりも、お主は近習ではなかったか?」
「あ…はあ……その、仕事が無かったものですから、馬の世話を、と…」
そう言って苦笑すると、信廉は微苦笑を浮かべる。
「そうか…。ここでは寒いであろう…参れ」
「…はあ……」



 信廉の後についていくと、主殿の南側にある回遊式の庭園を抜けた、更に南にある二階建ての物見櫓に来た。

ここは、天守のような建物になっている。

翔隆が戸惑っている間に、信廉が中に入っていってしまうので、慌てて後に続いた。
そこからは、見事な築山泉水の庭園が見下ろせる。
そして、甲斐の山々も見えた。
信廉は庭園を見下ろす。
「お主は、人では無いのだそうだな」
「はい。鬼のようなものです」
正直に言うと、信廉は吹き出した。
「ふっ、はは! 鬼が〝鬼〟だと名乗るのもおかしなものだ」
そう言われるとなんだか恥ずかしくなり、翔隆は苦笑いをして頬を掻く。
「そうか、鬼か…」
信廉は呟いて翔隆を見つめた。
翔隆はじっとその眼を見返す。
〈…晴信様の影武者をしているだけあって、よく似ているな……〉
などと思いながら見ていると、信廉が髪の毛を触ってきた。
「ふむ、何かで染めている訳では無いのだな…生まれ付きか?」
「あ、はい。…どうせなら、黒い方が良かったんですが…」
軽笑して言い、はっとして口をつぐむ。
…本音だが、是非も無い事を口走ってしまった…。
「……そうであろうな。この容姿では、生きづらいであろうに」
そう言って信廉は、ぽんぽんと翔隆の頭を軽く撫でるように叩いた。
気遣っての行動だが…翔隆は、その優しさに癒やされて微笑む。
その顔を見て、信廉は思わず抱き寄せようと手を伸ばし、止まる。
「? あの…?」
不思議そうな翔隆の表情に恥ずかしさを感じて、信廉は背を向けた。
「いや。……篠蔦」
「はい?」
「お主は、お屋形とわしを、見間違えぬのか?」
「はい。幾ら似ていても、お屋形様と刑部少輔様は違います」
「どう違う?」
振り向いて聞くと、翔隆は笑顔で答える。
「眼が違います。お屋形様は行く末を見据える眼をされておられますが、刑部少輔《ぎょうぶしょうゆう》様は人や物を正確に見抜く眼をしていらっしゃいます」
そんな事を言われたのは初めてで、信廉は驚嘆して翔隆を見つめた。
〈…話もろくにしていないというのに、よくそこまで見抜くものだ…〉
他の者達は、よく似ているとしか言わないし、小姓ですら間違う事が多い。
「…そうか」
「はい。それに…」
「ん?」
「…こんな事を言ったら怒られるかもしれませんが…刑部少輔様は、快活なお屋形様とは違って、大らかですよね?」
「………」
いつ、何を見て性格の違いを見たのかが不思議だが、その通りだった。
驚きの余り言葉を失っている所に、探しに来た弟の典厩てんきゅう信繁が下から声を掛けてくる。
「兄上! こちらにいらしたのですか!」
「! 信繁…」
「勝手に抜けられては困りますぞ!」
「…今戻る」
そう答えて、信廉は翔隆に向き直る。
「お主も参れ」
「……はい」
翔隆は微苦笑を浮かべて、信廉と共にやぐらを降りた。
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