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二章 変転

十五.偲原

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  時が過ぎるのは早い。

十日、一月ひとつき二月ふたつきとあっという間に過ぎ、四月の半ばになったある日。
 
 翔隆が高熱を出して、倒れてしまったのだ。
もって知らされていた藤吉郎は、ありったけの布を翔隆の体に被せて水を汲み、濡れた布を翔隆の額に当てて看病する。
三日三晩、右足と左肩の治療に集中し、今日の昼にやっと傷を治せたのだ。
その為、気力と《霊力》を使い果たしてしまい、倒れたのである。
〈…大変なんだなも…〉
非現実的で実感が持てない上、まだよく理解出来ない藤吉郎には、そう思いながら看病するしかなかった。
「う…む…っ」
「また、うなされてらっせる…」
さすがに起こす訳にもいかず、ただ哀れんで見守るしか出来ない。
「…よ……なり…」
「?」
「待っ……よし…なり……っ」
「悪い夢を見てるのかなも…。ん?」
ふと、小屋の外に人の気配を感じた。藤吉郎は胸騒ぎを覚えて、大事な刀を手にする。
「…待て」
「! 翔隆さま!?」
ぎょっとして見ると、翔隆は辛そうに息をしながら起き上がり、剣を抜いている。
「翔隆さまっ! まだ起きて…」
「ハァ…ゼッ……外に……居るのは…俺の、敵だ。と…藤吉郎に敵う相手じゃ…ない…」
言うも空しく、バタンと戸を蹴破り、一族十名程が上がり込んできた。
やはり白茶の髪…狭霧の者だ。
率いるは霧風きりかぜ
「おや、病で伏せっているとは好都合。京羅きょうら様も喜ばれよう!」
「なっ、何をっ…」
と、藤吉郎が何か反論しようとするが、翔隆はそれを手で制して立ち上がる。
「ただでは、この首やらぬぞ……」
「やれ!」
そんな言葉など聞かずに、一族は襲い掛かってきた。
藤吉郎はしゃがんだり、身をよじったりして何とか躱している。
が、翔隆は力が出ずに攻撃を受けただけでよろめき、次の一撃を避けられもせずに食らってしまう。
〈…体が重い…目がまわ…る……っ〉
    ギャイィン
と、何とか霧風の渾身の一撃を受け止める。
だがその途端、フラリとへたりこんでしまった。
「その首、貰ったぁ!!」
  られる!
そう確信した瞬間、頭上でその刃が弾かれる。
そして目の前に、見知らぬ者が立ちはだかった。
「ここは我ら不知火が領土! 貴様らには、荒らさせん! どうあっても荒らすというのなら、この三河頭領、偲原しばらが相手だ!」
そう怒鳴ると、霧風は舌打ちしながらも退却していった。
恐らく、小屋の周りを取り囲む不知火の存在に気が付いたのだろう。
「翔隆さまっ」
藤吉郎が駆け寄ってきて、手を貸してくれる。
「翔隆、だと…?」
偲原しばらと名乗る者は、いかにも訝しげに目を吊り上げてこっちを見た。
そして、じっと翔隆を見据える。翔隆も、虚ろな眼差しで見返した。
「源助殿の知らせで知ってはいたが、こんな腑抜けだとはな!」
「何を無礼な! こん方は信長公の…」
「人間は、黙っていろ」
そう言われ、藤吉郎はきょとんとする。これはまずいと感じ、翔隆は立ち上がる。
「藤吉郎、済まぬ…世話に、なった……」
「なっ、それはどういう意味ですか!? そんな体で何処へ行くというんです!?」
「…平気、だ…仕官は…俺の名を、出すといい」
苦しげにしながらも微笑むと、翔隆は偲原を見る。
「話は…―――集会の時に、聞く…。今は、退いて…くれぬか……?」
「…承知した。一つ、言っておくが恐らく他の者も、わしと同じ意見であろうよ!」
偲原しばらはきつくそう言い放ち、一族と共に立ち去っていった。
「翔隆さま…」
「…俺は、乱破らっぱのようなものなのだ。…〝鬼〟でもいいが、な…」
「鬼などと…おれにとっては、大事な友だで!」
「ありがと…」
翔隆はふらふらしながら、心配する藤吉郎を見て微笑む。
「世話に、なった…」
「翔隆さま…」
「大丈夫だ。…ろくに教えてやれなくて、済まぬ…」
「いいえ!! おれこそ……」
「では…」
「どうか、達者で…っ!!」
涙ぐみながら言う藤吉郎に頷くと、翔隆は小屋を出た。



 何とか走ってみるが、遅すぎて歩いているのと変わらない。

そこで、〝気〟を集中し《瞬間移動》を試みた。
 初めてにしては半里(約二㎞)程も進めたので、気力が続く限りやった。
 一里、二里と進み、しばし休息をとる。
〈……野宿というのも、いいやもしれん…〉
そう思ったが、野犬に襲われて喰われでもしたら馬鹿らしい。
しかし……今、行こうとしている所にまで一族が来たらどうする…?
いや、遅かれ早かれ各地の大名に手を出すつもりなのだから同じではないか。
そう思い至り、また《瞬間移動》をする。
 
 行き先は―――武田晴信のいる躑躅ヶ崎つつじがさき館。
〈だが…行っても、受け入れてもらえるかどうか…〉
不安だ。が、そこらの寺に泊めてもらう訳にもいかない。
 人の多い所の方が、かえって安全なのだ。

 移動するにつれ、雨がぽつぽつと降ってきた。



  そして四里も先に進んだ頃には、どしゃ降りとなってしまっていた。

〈寒…い…。もう…眠りたい……〉
気力も尽き、翔隆はその場に倒れこんだ。
ここが、何処なのかも分からない。
〈いけない…ここ、で眠ったら……〉
眠ったら死ぬ…。
そう思いながら、睡魔の誘惑には勝てず、翔隆は凍てつく暴風雨の中で気を失うように眠りに落ちてしまった…。
 聞こえるのは、無情な雨音だけ―――。
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