鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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一章 天命

十.真実〔三〕

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  雲行きが、怪しい。

 四日目になって、やっと三河に着いた。
すっかり遅くなってしまった。
〈…結局、俺…何の為に行ったんだろう……〉
翔隆はとぼとぼと歩き、ふと河原で立ち止まる。
 前方から、二度と会いたくもない〝気〟が漂ってきたからだ。
咄嗟に草むらに身を潜め、息を押し殺して様子を窺う。
 暫くすると、大名行列にも似た一行がやって来た。
先頭に、怪しい目をした僧…中央に駕籠かご
そしてその周りには、白茶の髪の者が十名程―――――!
〈狭霧…!!〉
心臓が、ドクドクと脈打つ。
〈宿敵……しかし…っ!〉
 …集落を漬した憎き一族……そして―――敬愛する、睦月達の……一族…。

どう、していいのか分からない。

  こんなにも、憎いのに……!

 こんなにも、愛しいのに………!!

斬り掛かりたい。でも、出来ない…。

戸惑っていると、一行は目の前を横切った。
 ブワ…… 一陣の風が、吹き抜ける。
それと共に駕籠かご御簾みすが巻き上がった。

〈……!?〉
一瞬、我が目を疑った。

中に、人が……――――――――義成……?!

  まさか! 義成は今、尾張に居る筈!

 いや、目の錯覚などではない!!

立派な着物を着ていたが、あれは確かに己の師・義成だ!!
〈何故…?!〉
 翔隆は、思わずそこを飛び出した。
「義成っ!!」
叫ぶと同時に、一行が立ち止まる。
すると先頭の僧侶が、つかつかと歩み寄ってきた。
「…不知火如きが、何用じゃ!」
「貴様こそ何を…」
「よぉく聞け下郎。このお方はな、今川義元様が〝長子〟今川檍之丞おきのじょう義成公に在らせられるのだぞ! 貴様如きが容易く近寄る事すら許されぬ御方だ! 去ね!」
 え…――――…何と、言った…?

い・ま・が・わ………――――――――

  今川、義成…?!

「今川…義成………だと?!」
「そうだ。貴様の様なやからが、口に出すのも許されぬわ。とっとと去ね!」
「う…――――嘘だっ!!」
声の限り、叫んだ。
「ふん、血迷いおって。…これでも喰らえ!」
僧侶はいきなり《衝撃波》を放った。
翔隆は咄嗟の事で避けられずに、直撃を受けて吹っ飛ぶ。
「くあっ!」
ズザザッと、二・三間程下がり膝をく。
肩口から、血がボタボタと流れ落ちる…。
「黙れくそ坊主…! 義成を返しやがれっ!!」
「…〝返せ〟? ハッ! 狂ったか小僧。貴様、自分が何をほざいているのか、分かっておらぬ様じゃな」
「…義…成をっ……返せぇ……っ! …くそったれ坊主ぅ…!」
「坊主ではない。吾が名は新蓮しんれんという。…それに、義成様は今川の〝もの〟」
そう言い、またもや《霊術》を使う。
だが翔隆はそれを紙一重でかわして、駕籠かごに駆け寄ると一気に垂れをまくり上げた。

「義成!!」
叫んで義成の腕を掴む。
しかし、義成は冷たい目を光らせ一言。
「…触るな、汚らわしい」
そう…言い放ったのだ。
「よ――――っ?!」
余りの出来事に、翔隆はただ茫然と立ち尽くした。

その間に一行は、翔隆を無視して通り過ぎて行ってしまう………。




   雨が、降り始めた……。
 翔隆は独り…とぼとぼと歩く。

〈義成が…今川の、者……。睦月と拓須は……狭霧……っ! じゃあ、俺は…っっ?! 俺は一体、今まで何をやってきたんだっ!? 今まで信じていたものは、全て偽りだったというのか……っ!? 俺は――――――!!〉
涙が、止めどなく溢れる。
 一日歩き続け、もう尾張に来ていた。
…心が、痛い。

心臓が――――張り裂けそうだ。

  …最も、信頼していたのに……敵だったなんて…!!

――――――裏切られたなんて!!

〈もう――――…誰も、いない…〉

  三人共、〝敵〟―――――?

 〔狭霧〕…だから?

大名の子、だったから……………?
 自分に問い掛ける。

〈違…う……。俺、は………〉

〔不知火〕としてではなく…一人の〝人間〟として、あの三人を……信じていた筈だ!

 いや! 信じている!!

  なのにどうして、こんな事に………?!

〈……俺は――――今まで、何を…して、きた…?〉
この十五年間、何をしてきた?

自分は、あの三人にどんな感情を抱いていた………?

  …好き、だ。

敬愛し―――――〝兄〟と慕っているっ!

 厳しく、優しく剣術や勉学を教えてくれた義成…

 優しく、そして包み込む様に愛情を注ぎ、的確に忍術・体術を学ばせてくれた睦月……

 そして厳しいが、確実に霊術を叩き込んでくれた拓須………。

〈師匠として…だけじゃない! 本当の〝兄〟と想っている!! ならば?! …ならば俺は、どうすればいい!? 俺は―――何をしてあげられる…?! 〝何〟が―――…出来る?!〉

  よく考えろ!
 このまま、大事な人を奪われたままでいいのか!?

このまま、あの三人に何の〝恩返し〟もしないままでいいのかっ?!

「くそっ…!」
 しっかりしろ 翔隆っ!!
 自分を叱咤する。
〈考えるんだ! どうすれば〝奴ら〟から、俺の師匠達を取り戻せる!? 今の俺に出来る事を…考えろ――!!〉
今の自分では、あの〝新蓮〟とやらにさえも敵わないだろう…。
出来る事――――――と、いったら…〝修行〟しかないではないか!
〈やってみよう! 出来るだけ、いや! 全身全霊を懸けて!! この〝想い〟が正しいのか、間違っているのかなんて…判らないけれど!!〉
そう…固く決意した。

 今まで出会った人達…清修せいしゅう霧風きりかぜ義羽よしば景凌かげしの新蓮しんれん……武田晴信・春日虎綱とらつな・諏訪四郎、影優かげゆう義深よしみ―――…。

 それぞれの姿と言葉を、胸に焼き付けて……。

だが…この先待つ〝答え〟が、果たして〝然り〟か〝否〟か……。

  ―――――――それは、分からない…。
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