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第2部
09.大地と樹木(3)
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数分後に僕は瑠奈の追い台所へと足を踏み入れた。彼女は水をヤカンに汲み火にかけている。続いて頭上の戸棚を開けようと背と手を伸ばした。茶葉のストックが入っているのだろうか。けれども、小柄なせいかなかなか届かない。僕は腰を上げ瑠奈のもとへと向かった。彼女の肩越しに腕を伸ばし戸棚を開ける。
「あ、ありがとう……。台があったんだけど、昨日壊しちゃって」
瑠奈は僕を振り返り戸惑った顔になった。彼女の背と僕の胸が密着しているからだろう。
「あ、あの、一樹く」
「……」
僕は瑠奈に心の準備を許さず、華奢な体を後ろから抱き締めた。彼女の肩と胸の下に手を回す。
思った以上に柔らかく温かい体だった。
「や……やだっ」
瑠奈は逃れようと身を捩ったが、女の力で僕に敵うわけがない。さらさらした栗色の髪に唇をつける。
「あの男が、陽君が君を捨てたのか?」
「……っ」
瑠奈ははっきりと息を呑んだ。
「ち、ちがっ……」
「もしもそうなのだとしたら」
僕は腕に力と激情を込め彼女の耳元に囁く。
「僕はあの男を決して許さない。……こんな君を見るために別れたんじゃない。明日にでも警察に行って六年前の事件を話す。今の僕なら社会的な信用もそれなりにあるからね。誰も聞いてくれないということはないだろう」
「違うっ!!」
瑠奈は悲鳴を上げ何度も首を振った。胸に回された僕の右腕を掴む。
「陽のせいじゃない。陽は何も悪くないっ!! わ、わたしがいけないの。わたしが結局陽を選べなかったから。ずっと一緒にいるって約束を……守れなかったから……」
結局あの男を選べなかった――その言葉に心の火が燃え上がった。六年間燻り続けてきた炎だ。腕の中で瑠奈の体の向きをくるりと変え、沸騰するヤカンを無視し胸に抱き締める。彼女の髪からシャンプーの甘い香りが漂い、僕の理性を溶かし欲望を掻き立てた。
「い、一樹君、苦し……」
この時僕はとんでもなく馬鹿な勘違いをしていた。てっきり彼女も僕にまだ心があり、だからこそあの男のもとから逃げ出したのだと、そう思い込んでしまっていたのだ。
「瑠奈」
僕は小さな頭に手を回した。驚きに栗色の目を見開き、何かを言いかけた桜色の唇に、自分の唇を押し付ける。ほんのりとリンゴの味がした。数十秒後に一度離し滑らかな頬を撫でると、またぐいと引き寄せ更に深く重ねる。
「……っ」
強引に唇を割り開き歯茎の奥を舌でゆっくりと辿ると、瑠奈がびくりと身を震わせ僕のTシャツを掴んだ。彼女の反応に体が熱くなるのを感じる。次に僕は舌を絡め彼女の吐息ごと味わった。
「ん……んっ」
六年前には触れることすらなかった唇、僕は夢中でその甘さを貪っていた。何度も、何度も唇を重ねては離し、見つめてまた重ねて繰り返す。瑠奈の大きな眼の端に涙が滲んだ。そこでようやく我に返り、慌てて彼女から距離を取る。
瑠奈はふらふらと水場に後ろ手に手をつき、大粒の涙をぽろぽろと流し僕を見つめた。大きな目が信じられないと言っている。華奢な体はぶるぶると大きく震えていた。僕はそこでようやく思い出した。瑠奈は恐らくあの男に強引に抱かれている。異性に触れられるのも怖いに違いない。
「……ごめん」
言葉と同時にヤカンのお湯が吹き零れる。僕は一歩後ずさり床に目を落とした。
「本当にごめん。頭……冷やしてくる」
僕は身を翻し瑠奈の部屋を出ると、混乱する頭を抱え夜道を歩き始めた。途中、道にたむろする十代らしき若者を見たが、僕の体格を目にし肩を竦めただけで、話しかけられることすらかった。
僕は自己嫌悪を胸に夜空を見上げる。強い光の星がいくつか瞬いていた。もう認めるしかないのだと溜息を吐く。
僕は今でも瑠奈が好きだ。六年間、一度も忘れられなかった。
「あ、ありがとう……。台があったんだけど、昨日壊しちゃって」
瑠奈は僕を振り返り戸惑った顔になった。彼女の背と僕の胸が密着しているからだろう。
「あ、あの、一樹く」
「……」
僕は瑠奈に心の準備を許さず、華奢な体を後ろから抱き締めた。彼女の肩と胸の下に手を回す。
思った以上に柔らかく温かい体だった。
「や……やだっ」
瑠奈は逃れようと身を捩ったが、女の力で僕に敵うわけがない。さらさらした栗色の髪に唇をつける。
「あの男が、陽君が君を捨てたのか?」
「……っ」
瑠奈ははっきりと息を呑んだ。
「ち、ちがっ……」
「もしもそうなのだとしたら」
僕は腕に力と激情を込め彼女の耳元に囁く。
「僕はあの男を決して許さない。……こんな君を見るために別れたんじゃない。明日にでも警察に行って六年前の事件を話す。今の僕なら社会的な信用もそれなりにあるからね。誰も聞いてくれないということはないだろう」
「違うっ!!」
瑠奈は悲鳴を上げ何度も首を振った。胸に回された僕の右腕を掴む。
「陽のせいじゃない。陽は何も悪くないっ!! わ、わたしがいけないの。わたしが結局陽を選べなかったから。ずっと一緒にいるって約束を……守れなかったから……」
結局あの男を選べなかった――その言葉に心の火が燃え上がった。六年間燻り続けてきた炎だ。腕の中で瑠奈の体の向きをくるりと変え、沸騰するヤカンを無視し胸に抱き締める。彼女の髪からシャンプーの甘い香りが漂い、僕の理性を溶かし欲望を掻き立てた。
「い、一樹君、苦し……」
この時僕はとんでもなく馬鹿な勘違いをしていた。てっきり彼女も僕にまだ心があり、だからこそあの男のもとから逃げ出したのだと、そう思い込んでしまっていたのだ。
「瑠奈」
僕は小さな頭に手を回した。驚きに栗色の目を見開き、何かを言いかけた桜色の唇に、自分の唇を押し付ける。ほんのりとリンゴの味がした。数十秒後に一度離し滑らかな頬を撫でると、またぐいと引き寄せ更に深く重ねる。
「……っ」
強引に唇を割り開き歯茎の奥を舌でゆっくりと辿ると、瑠奈がびくりと身を震わせ僕のTシャツを掴んだ。彼女の反応に体が熱くなるのを感じる。次に僕は舌を絡め彼女の吐息ごと味わった。
「ん……んっ」
六年前には触れることすらなかった唇、僕は夢中でその甘さを貪っていた。何度も、何度も唇を重ねては離し、見つめてまた重ねて繰り返す。瑠奈の大きな眼の端に涙が滲んだ。そこでようやく我に返り、慌てて彼女から距離を取る。
瑠奈はふらふらと水場に後ろ手に手をつき、大粒の涙をぽろぽろと流し僕を見つめた。大きな目が信じられないと言っている。華奢な体はぶるぶると大きく震えていた。僕はそこでようやく思い出した。瑠奈は恐らくあの男に強引に抱かれている。異性に触れられるのも怖いに違いない。
「……ごめん」
言葉と同時にヤカンのお湯が吹き零れる。僕は一歩後ずさり床に目を落とした。
「本当にごめん。頭……冷やしてくる」
僕は身を翻し瑠奈の部屋を出ると、混乱する頭を抱え夜道を歩き始めた。途中、道にたむろする十代らしき若者を見たが、僕の体格を目にし肩を竦めただけで、話しかけられることすらかった。
僕は自己嫌悪を胸に夜空を見上げる。強い光の星がいくつか瞬いていた。もう認めるしかないのだと溜息を吐く。
僕は今でも瑠奈が好きだ。六年間、一度も忘れられなかった。
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