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第1部
21.白雪と薔薇(4)
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それから四日間わたしは昏々と眠り続け、五日の昼間にようやく目を覚ました。衝撃のあまり事件の前後の記憶が曖昧になっており、樋野家に連れて来られたことすら覚えていなかった。
わたしはお父さんとお母さんが自宅で自ら命を断った後、あまりに暴れるので木蓮の間で鎮静剤を打たれて寝かされ、それきりショックで昏睡状態にあったのだと高野さんは語る。ようやく気が付いた時には腕に点滴が付けられ、主治医の先生が顔を覗き込んでいたのだから驚いた。
陽はその間たびたび木蓮の間のわたしを見舞い、ほとんど眠らなかったのだそうだ。わたしが目覚めたとの連絡を受け、まだ授業中にも関わらず、学校から飛んで来たのには驚いた。制服姿の陽を見たのは初めてで、わたしはあの事件から初めて少しだけ笑った。
「……お帰り」
わたしはベッドから身を起こした。陽は珍しく荒い息を吐いている。玄関から全速力で走って来たらしい。
「陽の学校の制服かっこいいね。わたしも、ブレザーでも良かったな……」
五日間栄養が点滴だけだったからなのか、げっそりと痩せてしまったのが分かる。
「……体は大丈夫か」
陽はベッドの真ん中に腰かけわたしの顔を覗き込んだ。
「どこか痛いところは?」
「ううん、大丈夫……」
体にはどこにも痛いところはない。ただ心が――立っているのも辛いほど苦しかった。
「陽、ごめんね」
わたしは顔を覆い嗚咽を漏らした。
「高野さんからさっき聞いたの。陽が全部やってくれたって」
荘田の両親のお葬式は陽がほとんど手続きをしてくれたのだそうだ。わたしが起きた時にはすべては終わり二人のお骨はお寺に収められていた。
「ありがとう……。わたし、陽に頼り切ってばかりだね。なんにも返せて、ないね……」
――立ち直れる日が来るとは思えなかった。
これからわたしは赤を見るたび、お父さんとお母さんの最後を思い出す。わたしが追い詰めたのだと思い知らされる。
「ごめんね、ごめんね……」
わたしはただ泣き続け、陽に謝り続けた。心がひび割れそこに涙が染み込む。
「陽、ごめんね。わたしがお姉ちゃんなんて、陽も嫌だよね……」
陽は腕を伸ばしわたしの肩を抱いた。
「今日からここで暮らせばいい」
荘田の借金はすべて陽が一重さんに頼み清算した。あの家は今後取り壊され土地は売り払われるのだと言う。
「大丈夫。俺がいる。……瑠奈は何も心配しなくていい」
*
わたしはそれから四月までを何もせずに過ごした。学校は陽が休学手続きを取ってくれ、学年はそのままで維持されることになった。いざ留年したところでどうにかなる。心が癒えるまで休めばいいと、陽はそう言ってくれた。
朝起きて、わずかな食事を取り、また眠る。眠る時にはあの悪夢に魘されるため、主治医の先生に頼み、睡眠薬を処方してもらった。それさえあれば朝までぐっすりと眠ることができた。同時に、気だるさに悩まされることも多くなった。ちゃんと眠ったはずなのに、体が軋みどこか違和感がある。
――わたしはそれを睡眠薬の副作用だと思い込んでいたのだ。
わたしはお父さんとお母さんが自宅で自ら命を断った後、あまりに暴れるので木蓮の間で鎮静剤を打たれて寝かされ、それきりショックで昏睡状態にあったのだと高野さんは語る。ようやく気が付いた時には腕に点滴が付けられ、主治医の先生が顔を覗き込んでいたのだから驚いた。
陽はその間たびたび木蓮の間のわたしを見舞い、ほとんど眠らなかったのだそうだ。わたしが目覚めたとの連絡を受け、まだ授業中にも関わらず、学校から飛んで来たのには驚いた。制服姿の陽を見たのは初めてで、わたしはあの事件から初めて少しだけ笑った。
「……お帰り」
わたしはベッドから身を起こした。陽は珍しく荒い息を吐いている。玄関から全速力で走って来たらしい。
「陽の学校の制服かっこいいね。わたしも、ブレザーでも良かったな……」
五日間栄養が点滴だけだったからなのか、げっそりと痩せてしまったのが分かる。
「……体は大丈夫か」
陽はベッドの真ん中に腰かけわたしの顔を覗き込んだ。
「どこか痛いところは?」
「ううん、大丈夫……」
体にはどこにも痛いところはない。ただ心が――立っているのも辛いほど苦しかった。
「陽、ごめんね」
わたしは顔を覆い嗚咽を漏らした。
「高野さんからさっき聞いたの。陽が全部やってくれたって」
荘田の両親のお葬式は陽がほとんど手続きをしてくれたのだそうだ。わたしが起きた時にはすべては終わり二人のお骨はお寺に収められていた。
「ありがとう……。わたし、陽に頼り切ってばかりだね。なんにも返せて、ないね……」
――立ち直れる日が来るとは思えなかった。
これからわたしは赤を見るたび、お父さんとお母さんの最後を思い出す。わたしが追い詰めたのだと思い知らされる。
「ごめんね、ごめんね……」
わたしはただ泣き続け、陽に謝り続けた。心がひび割れそこに涙が染み込む。
「陽、ごめんね。わたしがお姉ちゃんなんて、陽も嫌だよね……」
陽は腕を伸ばしわたしの肩を抱いた。
「今日からここで暮らせばいい」
荘田の借金はすべて陽が一重さんに頼み清算した。あの家は今後取り壊され土地は売り払われるのだと言う。
「大丈夫。俺がいる。……瑠奈は何も心配しなくていい」
*
わたしはそれから四月までを何もせずに過ごした。学校は陽が休学手続きを取ってくれ、学年はそのままで維持されることになった。いざ留年したところでどうにかなる。心が癒えるまで休めばいいと、陽はそう言ってくれた。
朝起きて、わずかな食事を取り、また眠る。眠る時にはあの悪夢に魘されるため、主治医の先生に頼み、睡眠薬を処方してもらった。それさえあれば朝までぐっすりと眠ることができた。同時に、気だるさに悩まされることも多くなった。ちゃんと眠ったはずなのに、体が軋みどこか違和感がある。
――わたしはそれを睡眠薬の副作用だと思い込んでいたのだ。
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