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本編

エピローグは始まりで終わる!(2)

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 アパートの隣にお母さんと二人で住んでいた小さな女の子は、毎朝「おはよう」と笑って挨拶をしてくれた。それと、通勤のために最寄り駅まで行く途中で、いつも眺めていた川の水面のきらめき。会社の窓の外にある木の枝では、毎年鳩が雛を育てていた。

 疲れ切っていて孤独だったけれども、愛良は決して不幸ではなかった。だって、美しいものを美しいと感じられる心があったんだもの。そして、あの世界にも美しいと思えるものがたくさんあった。だから、愛良は死んでいいだなんて思っていなかった。何があってももっと生き続けたかった。

 途切れ途切れに語る間に、だんだん胸が一杯になって、不意に涙が零れ落ちる。

「ご、ごめんなさい。私……」

 自分で目を擦る前に、アトス様が腕を伸ばして、指先で涙を拭ってくれた。優しくされるとますます涙が止まらなくなって、ついに嗚咽を漏らしてしまう。アトス様は今度は私をそっと抱き締め、子どもをあやすみたいに背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「泣いていいんだよ、アイラ。いいや、愛良と言ったほうがいいのかな?」

 そうか、泣いているのは愛良なんだ。

 私はアトス様の胸に縋り付いて泣き続けた。十分ほどしてやっと落ち着いて、鼻を啜りながらアトス様を見上げる。タンザナイト色の瞳は凪いだ海のように穏やかだった。

「お、おかしいと、思わないんですか? 前世とか、日本とか……」

「ちっとも思わないよ。君が猫族というだけではなく、どうも人と違うということはわかっていたからね」

 魔力の強い魔術師には見えるそうなのだけど、なんでも人の魂はそれぞれオーラを放っているらしい。私はそのオーラが異質なのだそうだ。オーラの色は人それぞれで、金もあれば銀もあり、青もあれば赤もある。でも、ほとんどは一色だけなのに、私はピンクと緑が層になっているのだとか。

「だが、それは君だけではない。こちらの王太子殿下もだ。あの方は金と銀が混じっているな。だから、君にも前世の記憶があるのではないかとは思っていたが……」

 へえ、王太子殿下も……ってちょっと待って。今さらっととんでもないことを言わなかった!?

「で、殿下にも前世の記憶があるんですか!?」

「ああ、あの方は特に隠さず公言しているよ。君と同じチキュウの二ホンというところにいて、いんたーねっとつうはんきぎょうを起こして大成功。稼ぎまくって遊びまくって、愛人と子どもを作りまくって、すっごい長生きして大往生して、気が付いたら王太子に生まれ変わっていたとおっしゃっていた」

 ま、ま、ま、マジでっか!? というか、どこかで聞いたような人生デスネー! 前世で大成功していると、今世でも王太子なんて身分に生まれるわけ!? 

「な、なんだか私と全然違いますね」

 一方、こちらは社畜がメイドに転生……ショボ過ぎて涙がちょちょぎれる。

「時々そうして異世界から生まれ変わることがあるようだね」

 アトス様はくすくす笑いながら私の頬にキスをした。

「君も王女様に生まれたかったかい?」

 私がアイラ以外になる?

 頬に添えられたアトス様の手に自分のそれを重ねる。

「いいえ……。思いません」

 今なら心からこう思える。愛良として生きてよかった。アイラに生まれてよかった。だって、どちらの人生も私だけのものだもの。

「私じゃないと、きっとアトス様にも会えなかった」

 アトス様は微笑みを浮かべて首を少し傾けた。

「そうだね。だからアイラ、君に一つ礼を言いたい」

 はて、お礼を言われるようなことをしたかしら。私なんて土下座したいくらい、アトス様には何もかも感謝しているけれども……。

 アトス様の目が優しく甘く光る。そして、耳元にこう囁いてきたのだ。

「この世界に生まれてきてくれてありがとう」

 驚きに目を見開く私に、続いてこんな殺し文句を告げる。

「来世も君の隣を予約してもいいかい?」

 今度は幸福で胸が一杯になった。

「はい、もちろんです!」

 アトス様の手が私のネグリジェにかかった。ゆっくりボタンを外していく。自分もガウンを脱いで私をベッドにふわりと横たえた。

 なんだかいつになく緊張してしまう。すると、アトス様が苦笑しつつ呟いた。

「……どうも緊張するな」

 私はまた同じことを考えていたのかとおかしくなる。

「じゃあ、初めてってことにしましょう?」

「ふむ、それは名案だ」

 アトス様は私の手を取って甲に口付けた。

「ガラにもなくドキドキするよ」

 それから軽く唇を重ねる。キスは次第に深くなって、舌を搦め捕られるころには、唇だけではなく体も熱くなってきた。

「んっ……」

 その間に胸にまさぐられて身を捩らせる。指の一本一本が私の感じるところを探るように、輪郭をなぞったり軽く押したり、どの動きも気持ちがよくて大きく息を吐いた。でも、胸の谷間に顔を埋められて、右の膨らみの先を食まれた時ほどではなかった。

「ひゃあっ」

 ぬるりとした感触が敏感なそこを包み込む。驚きで猫耳と尻尾がぴょこん飛び出て、今日は髭まで伸びてしまった!

 ギャグ漫画じゃないんだから!

 慌てて引っ込めようとしたけれども、意識が胸に集中してうまく行かない。だって、赤ちゃんみたいに吸われて、かと思うと舌先で転がされて、その度に首筋と背筋に震えが走る。

「ンッ……あ、アトス様……髭……」

 アトス様が顔を上げて私の頬に手を当てた。

「そのままでいいよ、可愛いから」

「で、でも……」

 いくらなんでも間抜けじゃない?

 ところが、アトス様は楽しそうに笑うばかりだった。

「可愛いんだから、大人しくしなさい」

「か、可愛い……?」

「ああ、可愛い。猫耳も尻尾も髭も、君は髪の一筋からつま先まで可愛い」

 そんなに可愛い、可愛いと言われると、本当に可愛いんだと勘違いしてしまいそう。

「アイラ、可愛いよ」

 ああ、でも、勘違いしちゃってもいいかな。世界中からブスだって笑われたところで、アトス様にとって可愛ければそれでいいんだもの。

 耳をいじられながら首筋を吸われる。指の長い手がだんだん下がってきて、胸から脇腹にかけてを撫でられた。そうして時間をかけて体に触れられていると、お腹の奥がだんだん熱くなってくるのも同時に感じる。

 やがて、足の間にその手が滑り込んで、指先でそこを軽く掻かれて体が跳ねた。

「ひゃんっ!」

 でも、嫌だとも逃げようとも思わない。

「相変わらず敏感だね」

「敏感なんかじゃ……」

 反論しようとしたものの、足を大きく開かれ、ひやりとした空気にびくりとして言葉を失くす。タンザナイト色の瞳が私の体の中心をじっと見つめているのを感じた。

「そ、そんなに見なくても……そんなにきれいなところじゃ……」

「君は全部が可愛いと言っただろう?」

 指が円を描くようにそこを撫で回す。

「んっ……んぅ」

 お腹の中で凝った熱が漏れ出てくる。くちゅくちゅと嫌らしい音がして、恥ずかしいのに気持ちがよくて、私は体をくねらせるしかなかった。でも、すっかりそこが解れたところで、指をするりと入れられて、衝撃に震えすら止まる。

「ひゃっ……」

「アイラ、濡れている。それに、熱い」

「んっ……あっ……んふ……」

 何度も出し入れされてその度に喘ぎ声を上げてしまう。

「アイラ、もっと声を聞かせて」

 掠れた声が耳をくすぐり、それでまた感じてしまって、いつの間にか二本に増やされた指を締め付ける。指の動きが一層早くなって私の中を繰り返し擦った。

「ん……あっ。んんっ!」

 頭の中にも目の前にも火花が散って何も考えられない。足が小刻みに震えて力を込められない。シーツを弱々しく握り締めるのが精一杯だった。

「アイラ」

 名前を呼ばれてはっとした時には、アトス様が私に覆い被さって来た。そっと私の目元に、頬に、最後に唇にキスをする。自然に口が開いてアトス様の舌を迎え入れ、私も自分のそれをそっと絡ませた。

 好き、好き、大好き。

 濡れたそこに熱いかたまりが押し当てられる。早く欲しくてたまらないのに、アトス様は焦らすように、先で軽く擦るばかりだった。その刺激にも感じてしまって息を吐き出す。同時に、なんの前触れもなくぐっと灼熱が体の中に入ってきた。

「あ……!」

 アトス様の二の腕を掴んでどうにか耐える。圧迫感に一瞬体が強張ったものの、優しく髪を撫でられたことですぐに落ち着いた。

 じわじわとアトス様の熱が伝わってくる。でも、これだけじゃもう物足りなかった。

「う、動いて……」

 切れ長の目が驚いたように見開かれ、すぐに甘い微笑みに変わる。

「君におねだりをされるのも悪くないな」

 そして、大きく腰を引いたのだ。

「あんっ……」

 ずるりと何かが抜ける感覚に背が仰け反る、続いてぐっと押し込まれて奥まで入れられた。

「は……あっ」

 熱い息が肌にかかってそれにすら反応してしまう。激しい動きに風に舞い散る木の葉のように翻弄され、私はみっともないほど激しく乱れた。

「あんっ……や……にゃんっ」

 タンザナイト色の瞳が熱っぽく私を見下ろしている。逞しい腕に押さえ付けられることすら気持ちがよくて、私は力を振り絞って手をかたい背に回した。

「んっ……好き……好きです……」

「可愛い、ことを、言ってくれる」

 アトス様は肩で大きく息を吐くと、私を抱き締め返してこう言ってくれた。
 
「私も君を愛しているよ、アイラ」

 私はアトス様の胸の中でまったりしながら、ああ、素敵な一時だったとにんまりしていた。いい運動でダイエットにもなるし、気持ちがいいし言うことないわ。

 すると、アトス様が私の目を覗き込んで髭を摘まんだ。

「まだ余裕そうだね?」

 えっ?

「夜は長いのだから、もう一度……」

 いやいやいや無理ですって! 体力はともかく心臓がもたなーい!

 そう訴えようとしたものの、キスで言葉を奪われた。その分鼻で思い切り息を吸い込んで、ある予感にヤバイと目を見開く。

「ふぇ、ふぇ、ふぇ」

「あ、アイラ?」

 アトス様が慌てて離れた時にはもう遅かった。

「……フニャックシュンッ!」

 盛大にアトス様向かってくしゃみをして、同時に呼吸が乱れた拍子に猫に変身してしまう!

 ギニャー! きちゃないニャー! ごめんなさいニャー! 

 アトス様は唖然としていたものの、顔を拭きつつ「まったく」と苦笑した。私をひょいと抱き上げて、おデコとおデコをくっつける。

「君といると猫の姿でも人の姿でも毎日が楽しいよ」

 これからも騒がしい日々になるのだろう。一杯笑って、泣いて、でも、これからは二人だから大丈夫。なんでも乗り越えられると思えた。

 アトス様に猫のままキスをする。アトス様のちょっとびっくりした顔にまた笑った。

 ひとまず、私が私になるまでのお話は、めでたし、めでたしのここでおしまい。その後も王太子殿下とソフィア様のスッタモンダに付き合わされたり、マフィアと戦ったりといろいろあるんだけれども、今はアトス様とイチャイチャするからまた今度♪
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