上 下
55 / 66
本編

そんニャこんニャで大団円(1)

しおりを挟む
 国境線に駆け付けてきたのは、魔術師団総帥だけではなかった。バタバタと何人もの足音がしたかと思うと、護衛と思しき何人かの騎士とともに、あのどM王太子も息せききって姿を現したのだ!

「でっ……殿下、なぜここに!?」

 おっさんがまん丸になった目をどM王太子に向ける。

 王太子はブタのマネまでしたどMのくせに、この時にはキリリとした顔でおっさんを叱り付けた。どうもあの態度はマリカ様の前だけらしい。

「それは私のセリフだ。父上を唆しただけではない。この上民間人を攻撃するなど何を考えている!?」

「民間人ではございません!! 奴らはカレリアの間諜です!!」

 ヘマタイトの輝きを思わせる目が、きらりと冷たい光を放つ。

「例え間諜であったとしても、我々が民間人と判断してこの門を通した以上、民間人と見なすのが我が国の法だ。ヴァルト、これ以上我が国を父上とお前の好きにさせるわけにはいかん」

 王太子は腕を組んでおっさんを睨み付けると、私たちにとっても仰天の宣言をした。

「父上は近頃どうも体調が悪い。そこで、先日時間を掛けて説得した結果、来月には譲位していただくこととなった。手続きはまだ済んでいないが、現在私が国王代行として政務のすべてを取り仕切っている。近いうちに戴冠式を行うこととなるだろう」

 ま、まさかの王太子によるクーデター!? これにはアトス様も目を剥いていた。

「お前にもはや宮廷における権力はない。また、法を犯した以上お前を逮捕しなければならなぬ」

 王太子の言葉におっさんの顔色がみるみる青ざめていく。

「なぜだ……。なぜ皆私の邪魔をする」

 もう反撃する気力もないのだろう。おっさんは頭をがっくりと落とし、騎士らに大人しく捕縛されたのだった。



 リンナの王太子から非公式の協議を持ち掛けられたのは、マリカ様誘拐事件から一週間ほどあとのことだった。

 カレリア国王はこの提案に頷き、代表として総帥とアトス様と魔術師の何人かと、そしてなぜか私を派遣した。

 これにはホンマになぜやと首を傾げた。私はアトス様の妻ではあるけれども、それ以外は地位も名誉も特別な能力もなく、メイド業と猫に変身する以外何もできないのに。

 アトス様専用の癒しグッズにでもなれと言うのだろうか? まあ、確かにアトス様は時々猫の私のお腹に顔を埋めてスーハーやって、「ああ、癒やされる。どんな麻薬も君には敵わない……」とか言っているけどさ。

 協議はリンナの王宮で行われることになり、私は人間の姿で総帥、アトス様、魔術師らと会議室を訪れた。

 入る直前にちらりとアトス様の横顔を見上げる。

 おっさん……ではなくアトス様のお父さんは、現在リンナの地下牢にいるらしい。その処分についても話し合うのだろう。

 この一週間、アトス様はこの件については何もコメントしていない。お父さんが生きていただけではなく、敵国に加担していただなんて、一体どんな心境なのだろうか。

 更にもう一つ気になることがあった。アトス様が手にするキャリーバッグだ。今回私は人間のままでいろとのことだから、キャリーバッグはいらないはずだ。なぜこんなところにまで持参しているのだろう。

 リンナの王宮の会議室は真紅を基調としていて、椅子にも赤いビロードが張られている。ここだけではなくほとんどが赤系の内装だった。色で寒さを和らげようとしているのだろうか。

 リンナの王太子は十人がけの長テーブルの、左側の真ん中に臣下に挟まれて腰を下ろしていた。総帥を認めるなり立ち上がり握手を求める。総帥はそれに応じた後で、王太子の向かいの席に腰掛けた。アトス様は総帥の左の席に、私はアトス様の隣におずおずと座る。

 カップに温かいお茶が注がれた後で、いよいよ話し合いが始まった。

 王太子が大きな溜め息を吐いて肩をすくめる。

「誠に情けない話だが、この所父上はボケて来ていまして、そこをどうもあの詐欺師に唆され、今回の騒ぎを起こしたようなのです」

「ボケた……か。ふむ、ではそういうことにしておきましょうか」

 総帥はお茶を一口飲むと、「カレリア国王、カーレル二世陛下からのお言葉をお伝え申し上げる」と告げた。

「"今回の事件についてリンナを咎めることはない。ただし、以下の条件を呑むと約束してからの話だ"」

 カレリア王家の紋章の封蝋のされた封筒を、テーブルの真ん中に置いて手に取るよう促す。王太子は小さく頷くと、覚悟を決めた顔で封を切った。陛下からの手紙を読み進めるにつれ、その目がだんだん見開かれていく。やがて、顔を上げて総帥を見据えた。

「馬鹿な……。あの男を引渡せと!? 今回の事件の主犯だと言うのに!?」

「左様」

 アトス様が総帥の言葉を継ぐ。

「ヴァルト・ウルヤナ・イルマネリンはすでに死んだとされている男です。死者を引渡したところで差し支えはないでしょう」

 王太子はギリリと唇を噛み締めた。

「しかし……!! 我が国で起こった犯罪は我が国の法で裁かなければ……!!」

 アトス様の薄い唇の端に笑みが浮かぶ。

「いいえ、犯罪などはなかったのですよ。そちらの国王陛下を唆した男などおらず、マリカ様が誘拐されたなどと言うこともない。何も起こらなかったのです」

 そして、悔しそうな王太子に更に追い打ちをかけた。

「そう結論付けた方が貴国のためにもなるのでは? なおもヴァルトを裁くつもりであれば、当然我々はマリカ様に誘拐されたと証言していただき、それはカレリアが宣戦布告する理由となります。原則に忠実であろうとする姿勢は素晴らしいですが、貴国にとって最善の道は何かをよく考えていただきたい」

「……っ」

 王太子は条件を飲むしかないと踏んだのだろう。すぐにキリリとした顔つきになって「承諾申し上げる」と答えた。以降は動揺することもなく淡々と協議を続ける。

 一時間をかけて大体の擦り合わせができ、さて、そろそろ終わりかという頃のことだろうか。

 王太子は咳払いを一つしたかと思うと、なぜか顔を赤らめモジモジとしながら話題を変えた。

「実は……こちらにも聞いていただきたいことがあるのです。今回は飽くまで非公式の協議なので、来月即位後にあらためて正式に申し込むつもりではあるのですが……」

 私は王太子の申し込みの内容を聞き、びっくり仰天した余りに、椅子ごと倒れて頭をぶつけるハメになったのだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【R18】少年のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに後ろで想い人もアンアンしています

アマンダ
恋愛
女神さまからのご命令により、男のフリして聖女として召喚されたミコトは、世界を救う旅の途中、ダンジョン内のエロモンスターの餌食となる。 想い人の獣人騎士と共に。 彼の運命の番いに選ばれなかった聖女は必死で快楽を堪えようと耐えるが、その姿を見た獣人騎士が……? 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となっています!本編を見なくてもわかるようになっています。前後編です!! ご好評につき続編『触手に犯される少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です』もUPしましたのでよかったらお読みください!!

(R18)あらすじしか知らない18禁乙女ゲーム異世界転生。

三月べに
恋愛
魔法溢れる異世界転生だと思っていたのに、入学した途端に生前に見かけただけの18禁乙女ゲームの世界だと気付いたヒロイン。まぁ、ストーリーを知らないんだから、フラグも何もないよねー! がフラグとなった。 「キスって……こんな気持ちええんな?」 攻略対象であろう訛りのあるイケメン同級生のうっとりした表情にズキュン。

【R18】触手に犯された少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です

アマンダ
恋愛
獣人騎士のアルは、護衛対象である少年と共に、ダンジョンでエロモンスターに捕まってしまう。ヌルヌルの触手が与える快楽から逃れようと顔を上げると、顔を赤らめ恥じらう少年の痴態が――――。 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となります。おなじく『男のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに想い人の獣人騎士も後ろでアンアンしています。』の続編・ヒーロー視点となっています。 本編は読まなくてもわかるようになってますがヒロイン視点を先に読んでから、お読みいただくのが作者のおすすめです! ヒーロー本人はBLだと思ってますが、残念、BLではありません。

★完結 【R18】変態だらけの18禁乙女ゲーム世界に転生したから、死んで生まれ変わりたい

石原 ぴと
恋愛
 学園の入学式。デジャブを覚えた公爵令嬢は前世を思い出した。 ――ああ、これはあのろくでもない18禁乙女ゲームの世界だと。  なぜなら、この世界の攻略対象者は特殊性癖持ちのへんたいばかりだからだ。  1、第一王子 照れ屋なM男である。  2、第二王子 露出性交性愛。S。  3、王弟の公爵閣下 少女性愛でM。  4、騎士団長子息で第一皇子の側近 ドMの犬志願者。  5、生徒会長 道具や媚薬を使うのが好きでS。  6、天才魔術教師 監禁ヤンデレ。  妹と「こんなゲーム作った奴、頭おかしい」などと宣い、一緒にゲームしていた頃が懐かしい。 ――ああ、いっそ死んで生まれ変わりたい。  と思うが、このゲーム攻略対象の性癖を満たさないと攻略対象が魔力暴走を起こしてこの大陸沈むんです。奴ら標準スペックできちがい並みの魔力量を兼ね備えているので。ちな全員絶倫でイケメンで高スペック。現実世界で絶倫いらねぇ! 「無理無理無理無理」 「無理無理無理無理無理無理」」  あれ…………?

従者♂といかがわしいことをしていたもふもふ獣人辺境伯の夫に離縁を申し出たら何故か溺愛されました

甘酒
恋愛
中流貴族の令嬢であるイズ・ベルラインは、行き遅れであることにコンプレックスを抱いていたが、運良く辺境伯のラーファ・ダルク・エストとの婚姻が決まる。 互いにほぼ面識のない状態での結婚だったが、ラーファはイヌ科の獣人で、犬耳とふわふわの巻き尻尾にイズは魅了される。 しかし、イズは初夜でラーファの機嫌を損ねてしまい、それ以降ずっと夜の営みがない日々を過ごす。 辺境伯の夫人となり、可愛らしいもふもふを眺めていられるだけでも充分だ、とイズは自分に言い聞かせるが、ある日衝撃的な現場を目撃してしまい……。 生真面目なもふもふイヌ科獣人辺境伯×もふもふ大好き令嬢のすれ違い溺愛ラブストーリーです。 ※こんなタイトルですがBL要素はありません。 ※性的描写を含む部分には★が付きます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...