上 下
51 / 66
本編

王女様救出大作戦!(5)

しおりを挟む
 もうひとつは誰のものだろうか。リンナの王太子と聞こえた気がしたけれども……。

 私はこっそり明かりのある牢に近付いた。

 牢と言ってもVIP向けなのか、鉄格子がある以外はホテルの一室のようで、前世の私の六畳一間のアパートよりよほど広い。

 絨毯が敷かれてベッドだって広いし、テーブルに椅子になんと鏡台まである! もちろん浴槽もトイレも完備で、外から見えないよう仕切りで遮られていた。

 マリカ様は人質だとは思えない態度だった。悠々とベッドに腰掛け、実に偉そうに足を組んで、見下した目つきをしている。

 その視線の先で立ち尽くしていたのは、ヘマタイトに似た濃い銀の髪に同じ色の瞳の、武術で鍛えた体付きの男の人だった。甘えのない、軍人を思わせる雰囲気だ。ふむふむ、ちょっと硬派なイケメンで目を引くわ。あの人がリンナの王太子なのだろうか。

 パンとスープとワインの注がれたグラス、加えてメインディッシュのソースを掛けたお肉に焼き野菜、更にデザートのケーキ入ったお盆を持っている。

 いや、待て。ちょっと待て。私のメイド時代の毎日の貧乏メシより、マリカ様の囚人メシのほうが豪華ってどういうことよ……? これが庶民とセレブとの格差ってやつですかそうですか……。

 リンナの王太子はテーブルにお盆を置いた。

「女がそれだけ強がってどうする! ちょっと口を開けば一気に待遇が変わるんだぞ。なのに……」

 マリカ様はフンと鼻を鳴らして顔を背ける。

「私が女ならリンナは取るに足らない小国よ。その小国にカレリアの情報を売れとか冗談じゃないわ。第一、売ったところで安全が保証されるわけでもないしね。だったら機密を吐くよりも餓死を選ぶわ」

 私はマリカ様の言葉に目を見張った。

 す、すごい。マリカ様が王女様みたいに凛として見える!って、王女様だった……。

 王太子のこめかみにピキピキと血管が浮かぶ。

「我が国を取るに足らない小国だと!?」

 敵国に監禁されている上に、強そうな男の人と二人きりだ。私だったらこれだけでチビっていただろう。しかし、マリカ様は鋼の精神をお持ちだった。

「少なくとも私を騙して誘拐だなんて、こんなチンケな真似をしているところからして小国よ。所詮みみっちい戦略しか立てられないからでしょ。物量でカレリアに敵わず、戦争になれば絶対に負けるのは、あなただってよーくわかっているんじゃないの」

 王太子がぐっと言葉に詰まる。マリカ様に言い負かされたからか、その表情は屈辱に歪んでいた。

「言わせておけば生意気な……!」

「生意気で結構。私はカレリアの王族なのよ。いつもは好き勝手やっている分、こうなった時には死ぬ覚悟くらいできているわ」

 王太子はマリカ様を悔しそうに睨み付けていたけれども、やがてスプーンを手に取りマリカ様に近付いた。

「……死なせはしないぞ。是が非でも食べてもらう」

 そして、力尽くでマリカ様にスープを食べさせようとしたのだ!

「私に触るんじゃないわよ!!」

 マリカ様が手を振り払うと、その勢いでお皿がはねのけられ、料理が絨毯の上にこぼれた。

 ああ、もったいないっ!

 王太子が「なんと言うことをするんだ!」と叫ぶ。

「痩せた土地でやっと育った、貴重な作物から作った料理なんだぞ」

 マリカ様は馬鹿にしたような顔で王太子を見上げた。

「私には関係ないことだわ」

「お前という奴は……!!」

「あら、貴重な料理なんでしょ? そのままにしておくの?」

 口調がすっかりどSな女王様……いやいや、王女様のものになっている。

「農民の苦労をよくご存知の慈悲深い王太子殿下ですもの。まさかこのまま無駄にするだなんてことはないわよねえ?」

「そ、れは……」

「這いつくばって食べてみなさいよ。それとも、所詮は口だけ偉そうで、何もできないのかしら?」

「くっ……!!」

 王太子は震える拳をかたく握り締めながらも、なんと言われるままに四つん這いになったのだ……!!

 何が始まっているのかとゴクリと唾を飲み込む私をよそに、オーッホッホッホとのマリカ様の高笑いが地下牢に響き渡る。

「王太子なんていうご大層な身分はもったいないわね。あなたにはその豚のナリがお似合いよ! ブーと鳴いたらパンもくれてやってもいいわよ?」

 まさかそこまでと思った直後に王太子はホンマに鳴いた。

「くっ……! ぶ、ブー……」

「オーッホッホッホ! 惨めなものね! ねえ、今どんな気持ち? その汚い口で説明してご覧なさい!」

「み、惨めだっ……! な、なのに、嬉しいのはなぜだ。なぜなんだっ……! こ、こんなの初めて……!」

 えーと、なんだかこのお二人、息ピッタリな気がするのは私だけでしょうか? ……主にSM的な意味で。

 王太子はマリカ様にさんざん調教(?)されたのち、恍惚とした表情で牢を出ていった。

 念のために十分待って、王太子が戻らないのを確かめてから、鉄格子の隙間に体をねじ込む。

 イグノーベル賞にも輝いた「猫は液体か?」の研究の結果、「猫は液体の定義に一致している」とおフランスの研究者様が結論付けている! だから、十センチのこのはざまを通り抜けることも可能なのだ! 

 マリカ様がすぐに私に気付き、ベッドから腰を上げる。

「猫? どうしてこんなところに猫がいるのよ」

 私はその場でジャンプし、くるりと宙で一回転。人間のアイラに戻った。これにはマリカ様も仰天した。

「あなた、あのメイドじゃない!」

「お久しぶりでございます。その節はお世話になりましたでヤンス」

 私はヘコヘコ挨拶すると声を潜めた。

「あのう、お体の具合はいかがでしょう?」

 三日も食べていないと聞いている。さすがにこたえているだろう。

 マリカ様は戸惑っていたものの、すぐに気を取り直したらしく、「まあまあね」とツンとして答えた。

「いいダイエットになるわよ」

 とは言っても、これ以上の絶食はよくない。もってあと一、二日だろう。

「それより、どうしてあなたがここにいるの?」

 私は陛下がマリカ様救出のためにアトス様たちをリンナにやったこと、私がマリカ様を探すためにスパイになって忍び込んだことを説明した。

 マリカ様は信じられないと言った顔で私を凝視している。

「あなた馬鹿なの? そこまで関わっているのなら、私があなたに何をしようとしたのかもう知っているんじゃないの? なのに、私を助けようとするわけ?」

「はあ、まあ一応」

 だってユーリは無事だったし、私もこの通りピンピンしているしね。大切なのは動機でも過程でもなくて結果よ。私は刑事でも裁判官でもないのだし、それでいいのよ、うんうん。

 マリカ様はそれ以上何も言わない私に、呆れたように溜め息を吐いた。

「私なら絶対に許さないのに……」

 そして、どんな心境の変化があったのか、王宮に連れて来られてからのことを、事細かに話してくれたのだ。

 マリカ様はまず今いるところは違う、六畳一間どころかもっと狭い牢に、乱暴に放り込まれたらしい。更にそこで見知らぬおっさんに会わされた。陛下と張り合えるレベルのなかなかのイケオジだったとか。

 おっさんは冷たい目でマリカ様を見下ろして、「代わりに償ってもらう」と呟いたのだとか。

 マリカ様は何がなんだかわからないながらも、おっさんの醸し出す覚悟を決めた悲壮な雰囲気から、自分が生きて帰れるとは感じなかったそうだ。拷問されて殺されるのだろうと覚悟した。

 ところが、その夜牢をあの王太子が訪ねてきて、なぜか場所を移され、ついでにVIP待遇になったらしい。以来、昼夜ああやってマリカ様に会いに来るのだとか。

「あの男も何がしたいのか意味不明なのよね。カレリアの軍事情報を寄越せって脅す割には無理強いはしないし……」

 ただ、油断はならないから、食事も取らないようにしているのだとか。何が入っているのかわからないからだ。

 なるほど、あのSMプレイは王太子に毒味をさせるためだったのか! その割には生き生きと楽しそうだったけれども……。

 ともあれ、あの王太子がいる限りはマリカ様は無事みたい。でも、こんな不安定な状況では、やっぱりうかうかしてはいられない。早くマリカ様を救出しなくちゃ。

 私がこれから戻ってアトス様たちにマリカ様の居場所を伝え、助けに来ると説明すると、マリカ様は「わかったわ」と頷いた。

「あなたを信じているから」

 王女様にここまで言わせたのだもの。すぐにアトス様のもとに戻って、マリカ様をここから助け出すわよ!
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた。

新名天生
恋愛
クラスカースト最下位、存在自体録に認識されていない少年真、彼はクラス最上位、学園のアイドル、薬師丸 泉に恋をする。  身分の差、その恋を胸に秘め高校生活を過ごしていた真。  ある日真は父の再婚話しを聞かされる、物心付く前に母が死んで十年あまり、その間父一人で育てられた真は父の再婚を喜んだ。  そして初めて会う新しく出来る家族、そこに現れたのは……  兄が欲しくて欲しくて堪らなかった超ブラコンの義妹、好きで好きで堪らないクラスメイトが義理の妹になってしまった兄の物語 『妹に突然告白されたんだが妹と付き合ってどうするんだ』等、妹物しか書けない自称妹作家(笑)がまた性懲りも無く新作出しました。 『クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた』  二人は本当の兄妹に家族になるのか、それとも…… (なろう、カクヨムで連載中)

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

洞窟ダンジョン体験ツアー案内人役のイケメン冒険者に、ラッキースケベを連発してしまった私が患う恋の病。

待鳥園子
恋愛
人気のダンジョン冒険ツアーに参加してきたけど、案内人のイケメン冒険者にラッキースケベを連発してしまった。けど、もう一度彼に会いたいと冒険者ギルド前で待ち伏せしたら、思いもよらぬことになった話。

処理中です...