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本編

王女様救出大作戦!(1)

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 焼き鳥のさえずりが聞こえる……。いや、違う。これは小鳥であってまだ焼き鳥ではない。近頃、鳥≒ご飯という数式が出来上がっていて我ながら怖い……。

 瞼を開けると見慣れない天井が見えた。

 はっ! いつの間にか獣化して、バンザイ×ヘソ天で寝てた! アトス様と文字通りニャンニャンした後って、いい運動になるからかぐっすり眠れるのよね……。

 一方、アトス様はもう起きていたらしく、窓辺でローブを着ているところだった。最後に眼鏡を装着するまでガン見する。やっぱりアトス様の場合この眼鏡がキモよね。クールさに磨きをがかかってたまらない。

 私が起きたのに気付いたのか、アトス様が振り返って「おはよう」と笑った。

「君が顔を洗い終えたら朝食にしましょうか」

 ご飯と聞いて私は飛び起き、すぐさま顔を洗い始めた。念入りに前足をペロペロして顔をフキフキする。アトス様はベッドに肘をつき、蕩けるような顔で私を見つめていた。

「私は君がそうして顔を洗う様を眺めていると、幸福と平和とはこのことを言うのだと感じてなりません……」

 ところが、途中で突然鳩が飛び込んできて中断する。アトス様はウズウズとし始めた私を手で制した。

「こら、アイラ。狩ってははいけませんよ。これは私が放った伝書鳩です。返事を持ち帰ったようですね」

 なぬ!? 伝書鳩!?

 電話やインターネットのないこの世界では、通信手段はもっぱら手紙だ。カレリアには日本の郵便に近いシステムがちゃんとある。ただ、近頃魔術でモールス信号に近い技術が開発されていて、成功すれば革命になるだろうとも聞いていた。でも、まだ実用化には程遠いみたいで、遠方への通信は伝書鳩を使うことがほとんどだ。

 鳩が羽ばたいてアトス様の手に留まる。その足には手紙がこよりになって結び付けられていた。

 アトス様は早速手紙を開いた。一分もしないうちに読み終え、心配して近寄った私の頭を撫でる。

「アイラ、三日後、私の部下四名がリンナに来ることになりました」

 これは陛下からの命令なのだそうだ。すでにリンナにいるアトス様と組んで、マリカ様の救出を命じたのだと言う。

 今回の事件を緊急に調査させたところ、やはりマリカ様を誘拐したあのカイは、リンナの有力貴族であるのと同時に、間諜でもあるのではないかとの報告が来たそうだ。

 なので、リンナの陰謀には違いないみたい。けれども、リンナがマリカ様を誘拐した理由は、陛下もよくわからないらしい。

 なぜって、リンナに状況が有利になるどころか、カレリアがリンナに攻め込む口実になる。魔術師団や軍隊の規模にしても、リンナよりカレリアの方がずっと大きい。戦争になればまずカレリアが勝つ。

 リンナの国王がまともな頭をしていれば、こんな馬鹿な真似はしないはずだと頭を捻っているのだと言う。

 ちなみに、陛下はリンナと戦争になるのだけは避けたいらしい。ただでさえアトス様や私が生まれる前には、この大陸では繰り返し戦争があって、カレリアは運よく勝者になったけれども、他の国は大きな傷を負った。時間が経ってやっと大陸が安定してきたのに、再び火をつけるようなことはしたくないのだと。戦争は一度始まるとどこまでも広がるもので、始めるのは簡単でも、終わらせるのは大変なんだと。

 だから、軍隊や外交での脅迫という方法は取らない。代わって、リンナに気付かれることなく、マリカ様を救出せよと命令した。アトス様ほどの魔術師なら可能だろうと。

 私は陛下がマリカ様可愛さに任せて、手段は選ばないとは言わないことに感心した。一国の王様にもなると考え方が庶民とは違うみたい。

 うんうん、国のトップはそうでなきゃと頷いていると、アトス様が背を屈めて私の顔を覗き込んだ。

「そこでアイラ、君には私の部下の一人とともにカレリアに帰ってもらいます。これから私はリンナの王都、及び王宮に潜入することになりますからね」

 えっ!? 私だけカレリアに帰る!? 私は目を剥いてアトス様を見上げた。

 でも、だって、そんな……。

 アトス様は「当然です。危険ですから」と苦笑する。

「いい子ですから、言うことを聞いてください。私が帰るのを屋敷で待っているように。ああ、そうそう。戻ったらスリスリしてくださいね」



 三日後、宿屋に手紙の通りにアトス様の部下の魔術師がやって来た。カレリア人とバレないようにするためか、皆リンナ人同じ服を着ている。ちなみに、アトス様はまたもや女装をしていた。……ちょっと趣味が入っているのではないかと疑っている。

 一方、私は猫の姿のままでキャリーバッグ(!)に入れられ、アトス様の部下の一人に手渡された。

「では、私の妻を頼んだぞ」

「はっ、かしこまりました!」

 どうも妻に対する扱いではない気がしてならない……。

 アトス様……いや、アト子様は唇の端に笑みを浮かべて、仏頂面で顔を背ける私にこう告げた。

「拗ねた顔も可愛いですよ」

 ぷんだ! そんなこと言っても誤魔化されないんだからね! 確かに私は役立たずかもしれないけど、こうもあからさまにハブられるとムカつくんだから!

 ニャンキー座りでオラついていると、アトス様は懐から何かを取り出した。

「よしよし。ほら、アイラ、いいものを上げましょう」

 ん? いいもの?

 すぐにキャリーバッグの格子の隙間から、大好物のチキンジャーキーの束が差し込まれる。

「……!!」

 我を忘れて夢中になって齧りつき、食べ終えてはっとした頃には、アトス様達はとっくに姿を消し、虚しく風が吹くばかりだった。

 や、やられた……いいようにあしらわれた……。

 おのれの単純さを呪う間に、アトス様の部下は私の入ったキャリーバッグを持って、やって来た乗り合い馬車へと乗り込んだ。

「さあさあ、奥様、おうちに帰りまちょうね~」

 こいつも猫好きか……。
 
 乗合馬車は都バスみたいなもので、各停留所で接続されている。ここから国境線近くの街へ向かうのだろう。

 車内はリンナ人で込み合っていた。私たちの隣に座ったお婆さんも、座席にそっくりなキャリーバッグを置いている。ただし、あちらに入っているものは猫ではなく、売り物の野菜や果物みたいだった。

 私は馬車に揺られながら、ふと嫌な予感を覚える。不安がざわざわと胸に広がって、いてもたってもいられなくなってきた。

 獣化できるようになってから、まれにこうした感覚になることがあった。すると、台風が来たり近所で火事があったりする。きっと野性のカンと言うものだろう。先祖返りの私は純血種の猫族より、こうして直感することはずっと少ない。なのに、どうしてよりによって今来たんだろう。

 まさか、アトス様に何かあるかもしれないということだろうか?

 停留所の一つに到着したのか馬車が停まる。すると、隣のお婆さんが間違えたのか、ひょいと私の入ったキャリーバッグを持ち上げた!

 ちょ、ちょっとと声を上げようとしたものの、魔術師もまったく気づいていない。私はこれはチャンスではないかとはっとなった。そのままお婆さんに外へと運ばれていく。お婆さんは途中で違和感に気付いたのか、ひょいと中を覗き込んで「ひゃあ!」と悲鳴を上げた。

「野菜と果物が猫に化けたよ!」」

 驚いてキャリーバッグを地面に落としてしまい、その拍子に鍵が外れて扉が開く!

 私はよし、アトス様の後を追おうと駆け出した。

 ご主人様の命令なんて聞かない、我が道を行くのが猫ってものよ!
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