猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

文字の大きさ
上 下
5 / 66
本編

過労のメイドの見る夢は……(2)

しおりを挟む
 アトス様は私から三メートルほど離れたところで立ち止まると、ズボンのポケットからさっとふわふわしたものを取り出した。

「……!?」

 一体なんなのかと警戒していたものの、その正体を確認してマジかと絶句する。

 そ、それは猫じゃらし……!!

 この世界の生態系は地球とよく似ていて、猫もいれば猫じゃらしそっくりな草もある。

 いや、今はそういう問題ではなくて、なぜアトス様は猫じゃらしを常備しているの!?

 ドン引きする私を微笑んで見つめながら、アトス様は華麗かつ洗練された動作で片膝をつき、猫じゃらしをさっと右から左に振った。

 いくら王宮のアイドルアトス様でも失敬な! 私の見た目が猫だからってこれは夢に過ぎないし、現実ではれっきとした人間の女子なのだ。そんなものに釣られるわけがあるはず……

 って、あああっ!? なぜ、なぜなの!? 目が勝手に猫じゃらしを追ってしまうぅぅぅ!! 伏せてお尻をふりふりしてしまうぅぅぅ!!

「ニャー!!」

 私は本能のままに猫じゃらしに飛び掛かった。

 アトス様の猫じゃらし捌きは素晴らしく、右に、左に、前に、後ろに、斜めにとワンパターンじゃない。私は夢中になって猫じゃらしを追いかけた。

「やはり、人間が異素材で作ったものよりも、自然の野草のほうが食いつきがいい……」

 満足げなアトス様の呟きが興奮に掻き消される。

ただの猫なら・・・・・・生まれて一年目でしょうか? まだ擦れておらず遊びたい盛りですね」

 そうして五分ほど全力で遊んだだろうか。ところが、六分目に差し掛かったところで、なんの前触れもなく急に飽きてしまった。

「……」

 ぴたりと動きを止めて前足を揃えて座る。

「おや? どうしましたか? まだ遊び足りないでしょう?」

 もういいやという気分で興味がなくなってしまう。それに、ちょっと疲れた気もするし、もう寮に帰ってまた休もうかな。もう一度寝ればきっと夢が覚めて、いつも通りの一日が待っているだろう。

 うん、リアルで楽しかった!

 私はくるりと身を翻してもと来た道を戻ろうとした。ところが、初めて聞くアトス様の焦った声と、美味しそうなにおいがまたもや私を引き留めたのだ。
 
「……っ!! 待ってください!! ほら、こんなものを用意しているんですよ」
 
 振り返った私はその手に釘付けになった。ボロボロになった猫じゃらしに代わって、チキンジャーキーが握られていたからだ。

 そ、それは王都で一番人気の肉屋、「俺の肉屋」のチキンジャーキー……!! 味付けが薄いのにすごく美味しいの……!!

 私は甘いものよりも辛いものよりも、子どものころから薄味のタンパク質系が好きだった。このチキンジャーキーも大好きだけれども、普通のものよりもずっと高かったので、お給料日にしか口にできなかったものだ。

君の・・好物でしょう?」

 私はチキンジャーキーの誘惑に抗えず、恐る恐るアトス様に近づいた。くんくんとにおいを嗅いで一口齧る。

「……!!」

 その美味しさに歯止めがかからなくなった。アトス様は一つ食べ終えると、もう一つをまた手の上に置いてくれた。

「もっと差し上げたいところですが、間食ばかりでは美容にも健康にも悪いですからね」

 あっと言う間に二つ目を平らげてしまい顔を上げる。アトス様はなんとも嬉しそうな、とても優しい目で私を見下ろしていた。

 こんな顔もするんだとちょっとドキンとする。

「手から食べてもらえるとは思いませんでした。……これは仲良くなったと思っていいのでしょうか?」

「ニャー」
 
 私は美味しかったですよ、ありがとうとございますとお礼を言ったつもりだった。ところが、アトス様はどうも違った意味に取ったらしい。

「そうですか。それはよかった。ところで、君はこのまま私との話を進めても問題ありませんか?」

「? ニャー」

 一体なんの話なんだろうと思いつつ、脳みそまで猫になってしまったのだろうか――私は深く考えずにニャーと答えてしまった。

 アトス様はにっこりと笑い私の顎を撫でる。また、その撫で方が天下一品に気持ちよかった。

「ありがとうございます。では、早速陛下にご報告しなければ。マリカ様との縁談は断ったので安心してください。君も心の準備があるでしょうし、しばらくはこうしてデートを続けましょう。私は君をよく知っていますが、君は私をまだよく知らないでしょうから」

 とんでもないことをさらっと言われた気がしたけど、私はもうその意味を深く考えられなくなっていた。なぜなら、猫の胃袋は人間ほど大きくないのかもうお腹一杯だ。お腹一杯になるとやる気がなくなって眠くなる。これは猫でも人間でもそう変わりがないらしい。

 眠っちゃいけないと思うのに瞼が落ちる。あまりの眠さに座ったまま体がゆらゆらと揺れた。危うく床に転がりそうになる寸前に、大きな手でさっと掬い上げられる。

「……君はどこまで私を煽ってくれるんでしょうね。まったく、我ながらよく耐えていると思いますよ」

 アトス様はそう呟きながらテーブル席に向かう。そして、椅子を引いて腰掛けると、私を膝の上にそっと載せてくれた。

「今夜はゆっくり眠りなさい。部屋まで送るので心配ないですよ」

 アトス様の膝は大きくて温かくて、お日様に似たにおいがした。一見クールな生徒会長風なのに、実は優しい人なんだなと感じる。背中を何度か撫でられているうちに、私は心からリラックスしながら、また眠りの世界へと落ちていった――
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

洗浄魔法はほどほどに。

歪有 絵緖
恋愛
虎の獣人に転生したヴィーラは、魔法のある世界で狩人をしている。前世の記憶から、臭いに敏感なヴィーラは、常に洗浄魔法で清潔にして臭いも消しながら生活していた。ある日、狩猟者で飲み友達かつ片思い相手のセオと飲みに行くと、セオの友人が番を得たと言う。その話を聞きながら飲み、いつもの洗浄魔法を忘れてトイレから戻ると、セオの態度が一変する。 転生者がめずらしくはない、魔法のある獣人世界に転生した女性が、片思いから両想いになってその勢いのまま結ばれる話。 主人公が狩人なので、残酷描写は念のため。 ムーンライトノベルズからの転載です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

偶然同じ集合住宅の同じ階に住んでいるだけなのに、有名な美形魔法使いに付き纏いする熱烈なファンだと完全に勘違いされていた私のあやまり。

待鳥園子
恋愛
同じ集合住宅で同じ階に住んでいた美形魔法使い。たまに帰り道が一緒になるだけなんだけど、絶対あの人私を熱烈な迷惑ファンだと勘違いしてる! 誤解を解きたくても、嫌がられて避けられている気もするし……と思っていたら、彼の部屋に連れ込まれて良くわからない事態になった話。

処理中です...