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本編

イケメン魔術師アトス様(1)

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……などというろくでもない前世を思い出したのは、私がちょうど十五歳になった頃のことだった。
 
 なんの前触れもなく記憶の洪水に襲われても、私はそこまでうろたえも絶望もしなかった。前世の人格に乗っ取られるなどということもなかった。

 なぜなら、現世も似たような労働境遇、似たような性格だったからだ。それどころか、なんの因果か前世の愛良と同じ、「アイラ」というファーストネームだった。

 アイラ・アーリラ、十七歳、平民。それが私のこの世界での身分だ。

 生まれたところはカレリア王国と言って、地球では聞いたこともなかった国名なので、きっとここは前世からすれば異世界なんだろう。王族、貴族、平民などの身分制度があって、雰囲気は中世のドイツに近い気がする。某ネズミの国のシンデレラ城みたいな王宮や、街の建物のメルヘンチックな赤茶の屋根がそれっぽかった。

 異世界だと確信した理由はもう一つあった。それは魔力や魔術、魔術師が存在するからだ。

 魔力は誰でも持っている力で、私も簡単な魔術は一応使える。ランプやかまどに火をつけたりする程度だけどね。平民ではこれが一般的なレベルだ。中には森を一瞬で焼き払ったり、何もないところに湖を作り出したりと、戦車やダム並みの魔力の持ち主もいる。と言っても、それだけのことができる人はそう多くはない。

 膨大な魔力を持つ彼らは魔術師と呼ばれていて、カレリアには百人くらいしかいないんだそうだ。カレリアでもエリート中のエリートで、ほとんどが宮廷や軍隊に仕えている。

 宮廷魔術師のような特権階級がいる一方で、私はそんな人外の練り歩く王宮に、最底辺の下働きのメイドとして働いていた。

 私が生まれた家は王都から馬車で二時間の小さな町にある、小さな今にも崩れそうな貸家だった。お父さんは町を守る城壁の衛兵をやっていて、お母さんは大通りにある商店で働いている、カレリアではごく一般的な平民の家庭だった。ちなみに、両親&六人弟妹の大家族だ。

 平民は読み書き計算を親から習ったあとは、十二、三歳ごろから働きに出るのが普通だ。私もお父さんの伝手を辿って、三年前に王宮のメイドになった。

 その最中に前世の記憶が一気に戻ったものの、それを役立ててチート道まっしぐら。随一の芸術家になるとか、書記官になるとか、料理家になるということはなかった。

 だって、こちらの世界には電気もなければネットも、ましてパソコンなんてあるはずがない。前世の職歴での知識を生かそうにも、デザインをするにも計算をするにも、それらのツールがなければどうにもならない。料理に至っては毎日インスタントにお惣菜、などというお粗末な食生活だったから無理だ。

 それに、こちらの世界も馬鹿じゃない。科学の代わりに魔術と一緒に、数学もそれなりに発展していて、私が入り込める余地なんてなかった。

 結局私はメイドのまま地道に働き続けるしかなかった……。
 
 その待遇がどういったものだったかというと――

「アイラ、今日夜通しのパーティがあるの。手伝ってくれるわよね?」

「は、はい……」

「アイラ、明日会議室で会合があるの。休日だけど、出勤して掃除してくれるわよね?」

「は、はい……」

「アイラ、明後日隣国の外交官と陛下との謁見があるの。侍女だけじゃ給仕が足りないと聞いたから、あなたがピンチヒッターに行って」

「は、はい……」

 サビ残・早朝&休日出勤は当たり前で、つまり前世とそう変わりはしない。上司のお局メイドのマリアさんは、なぜか私を目の敵にして、いつもこうして仕事を押し付けていた。

 私も家族に仕送りをしているので簡単に断れない。そんなわけで今日も王宮の片隅のメイド寮から、休日だというのにたった一人で朝早く出勤し、きらびやかな会議室を一人でせっせと掃除していた。半分終わったところで汗を拭って室内を見渡す。

「うん、今日も美しく清らかだわ。この達成感がたまんないのよね~」

……なんて、給料よりやりがいを重視するとか、この感覚がまさにニッポンの社畜よね……。
 
 がっくりと落ち込みそうになったものの、異世界に生まれ変わってよかったことが、二つだけあったと気を取り直した。

 まずは温かい家族に恵まれたことだ。お父さんもお母さんも元気で優しいし、弟や妹がたくさんいて慕ってくれる。前世で家族と縁が薄かった私にとって、みんなは宝物みたいに大切な存在だった。週末に家に帰る時にはいつも楽しみだった。

 もう一つは見た目が気に入っているところだろうか。前世では存在すら認識しにくい地味OLだったけれども、現世ではふわふわと波打つ長い黒髪に、宝石みたいなエメラルドグリーンの大きな目だ。顔立ちもハーフっぽく彫りが深くて、小さな鼻と口がコケティッシュでキュートだ。濃緑のメイド服が我ながら似合っている。こちらでは特別な美人というわけじゃないけど、私にとっては十分可愛いと言えた。これ以上求めるのは贅沢というものだろう。

 さて、気合を入れて残りを仕上げるかと、鼻息荒く腕を捲り上げたところで、室内に低く掠れた聞き覚えのある声が響き渡った。

「こんな朝早くから大変ですね。おや……お一人なんですか?」

 私はまさかとぎょっとして箒を手に振り返る。そこには、見間違えようもないイケメンが佇んでいた。

「あ、アトス様……?」
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