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第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」

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 聖セディナ祭は生涯を徒歩での巡礼の旅に捧げ、クローチェの地で異教徒に捕らえられ棄教を迫られたものの、信仰を捨てずに斬首された聖人セディナの殉教を祝う祭だ。

 この日クローチェに暮らす人々は老いも若きも男も女も皆巡礼者の仮装をし、聖セディナの木像を乗せた山車を引き、賛美歌を歌いながら街の中を練り歩く。

「こちらの衣装をどうぞ」

 ソランジュはナタンから男児向けの衣装を受け取った。純白のローブにケープと頭巾で、これなら長い髪も体型も隠せる。頭巾を深く被れば目も見えないだろう。

「脱出までは男装でお願いします」

「わ、わかりました」

 確かに男装した方が身元はバレにくい。

 それにしてもと着替えながらチラリとナタンに目を向ける。

 ナタンはソランジュと反対に女装していた。女性向けの巡礼用の仮装――襟付きの簡素な焦げ茶のドレスに純白のケープ、頭巾を被って念入りに化粧までしている。

 よく見ると若干オネエっぽさは残っているものの、驚くべきことに黙っていればちょっと上品な人妻に見えた。長身痩躯なので目立つといえば目立つのかもしれないが、エイエール王国は大柄の女性も珍しくはないので、女と言い張れば裸に剥かれない限り通じそうな気がする。

 ふとドミニクの顔を思い浮かべる。

 アルフレッドや騎士団長アダンは体型からしても顔立ちからしても女装は無理だ。どれだけ着飾ろうが特殊メイクで頑張ろうが一発でバレるに決まっている。

 しかし、ナタンでここまでのレベルならドミニクならまさしく完璧な美女になるのではないか。

 脳内であの銀髪を背中まで伸ばし、ドレスを着せて化粧を施して目を見開く。

「えっ……」

 ――似合いすぎるどころではない。むしろいつもの高位騎士の平服よりしっくり来る。

 何を考えているのだと首を横に振る。

「さあ、ソランジュ様、参りましょう」

「は、はい」

 ナタンが言っていた通り今日は警備が手薄で、地上階に続く出入り口前には、騎士が二人しかいなかった。しかも、ナタンが前もって酒を飲ませたのか泥酔している。

 ナタンとソランジュが出て行っても、「楽しんで来いよ~」とヒラヒラ手を振るばかりだった。

 聖職者たちは皆祭で出払っているのだろうか。ナタンは人気のない廊下を足早に歩きながら、ソランジュに改めてクローチェ脱出方法について説明した。

「クローチェはラビアン山脈麓にある城郭都市です」

 西、南、北の城郭門は教会騎士たちに、東はラビアン山脈に守られている。ラビアン山脈は教皇領、エイエールを初めとする多くの国に跨がっており、まだこの山を越えるのは困難だとされていた。つまりは天然の城郭となっている。

「南門から数キロのところに馬を用意してあります。そこまで歩かせることになりますが申し訳ございません」

「あっ、あのっ」

 思わず口を挟む。

「教皇様のもとにリュカ君という男の子がいませんか」

 できることなら一緒に連れていきたかった。あのまま力を酷使されては近いうちに死んでしまう。

 ところが、ナタンは首を傾げるばかりだった。

「リュカ? そのような少年はおりませんが」

 もっともアレクサンドル二世の信頼を得、公私すべてを把握していると自負しているが、リュカの名は聞いたこともないと。

「そんな……」

 教皇ではないのなら一体誰が妹のララを人質に取り、リュカを操っているのだろう。

 いずれにせよ、エイエールの王都に到着次第、アルフレッドに報告しなければならなかった。

 ナタンとソランジュは聖セディナ教会を出ると、街中を行進する仮装行列に加わった。南門前まで来たところで抜け出す手はずになっている。

「ソランジュ様、今です」

 ナタンに声を掛けられ二人でさり気なく行列を離れる。

 今日街中はコスプレ巡礼者だらけなので不自然ではない。

 だが、この順調過ぎる状況が不自然だと気付いた時にはもう遅かった。

 ナタンが南門前で立ち尽くす。

 大勢の騎士が何かを探しながら城門を守っている。恐らく教皇が逃亡に気付いたのだろう。

「……この分ですと西門も北門も封鎖されていそうですね」

 となると、ラビアン山脈側の東門しかない。だが、徒歩であの高山を越えるなど不可能だ。

「次点の計画です。船に乗り川を下りましょう」

「は、はい!」

 ナタンとともに身を翻しぎょっとする。

 何人もの教会騎士たちが立ちはだかっていたからだ。

「お前たち、頭巾を取れ。まずそちらのガキからだ」

「……っ」

 瞳の色を確認されれば捕まってしまう。

 ソランジュがその場に立ち尽くしていると、ナタンがソランジュを守ろうと背の後ろに庇った。

「ソランジュ様、お逃げください」

「えっ、でもっ……」

 ナタンは腰からすらりとスモールソードを引き抜いた。

「実戦は何年ぶりでしょうね」

 腕は鈍っていないはずだと呟く。

「――早く!」

 ソランジュはナタンの声に弾かれるように走り出した。

 西門も北門も騎士たちが警備しているだろう。つまり、残された脱出口は東門だけ。

 しかし、東門の向こう側にはラビアン山脈が聳え立っている。男でも遭難死が多いと聞くのに女の足で越えられるはずがない。

 それでも、もうそこしか考えられずに東門に向かって走る。

 その間にも騎士たちは一切手を緩めず、確実にソランジュを追い込んでいった。

「いたぞ! あそこだ! 捕らえろ!」

「……っ」

 ついに東門前まで追い詰められる。

 東門は無情にも巨大で分厚い鉄扉で閉鎖されており、ソランジュの力ではびくともしなかった。

「お願いっ……! 開いてっ……!」

 拳を力一杯叩き付ける。指の骨に鈍い痛みが走ったが、何度も、何度も繰り返す。

「ガキ……いやその声、お前は手配中の女だな」

 息を呑んで振り返ると五、六人の騎士が迫ってきた。

 野太い手が伸ばされる。

「……っ」

 もうあとがないとわかっているのに、鉄扉に背をつけ、後ずさろうとしたその時のことだった。

 開くはずのない鉄扉が軋む音を立てて開かれたのだ。

「えっ……」

 背から倒れ込みそうになるところを、何者かの胸に受け止められる。

 思わず振り返る。

 一刻も早く会いたいと思っていた、その人の黒い瞳がすぐそばにあった。

「あ……るふれっど様……?」

 アルフレッドは腕の中のソランジュを見下ろし、次いで驚愕に目を見開く教会騎士たちを眼光鋭い視線で睨め付けた。

「……祭の会場はここでよかったか」
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