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第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」
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アルフレッドがソランジュとの結婚を宣言。それをシプリアンが承諾し、実質教皇庁お墨付きとなったあとで、では、ベアトリーチェはどうすると新たな問題が持ち上がったのだという。
そこで、唯一独身だったドミニクを相手にどうかという話になった。
「あっ、そういえばドミニク様、婚約者もいませんでしたよね」
縁談は雨あられと持ち込まれているのに、片端から断っていると聞いた。
「その点は俺やアダンと同じだったんだがな」
アルフレッドの場合は呪われているという秘密があり、どれほど好条件の相手だろうと断らざるを得なかった。女よりも家庭よりも戦という性格だったのも多分にあるが。
近衛騎士団長アダンは長兄の結婚がなかなか決まらなかった。なのに、八男が先に結婚するのは……と長年遠慮していたから独身だったのだという。その長兄が遅い結婚をするが早いか、待ちかねていたように下七人の弟は次々に妻を娶り、現在兄弟に独身は一人もいない。
こうして十二人の腹心で残された未婚者はドミニク一人になった。
今まではドミニクも「主君である陛下もご結婚されていないので、側近、しかも最年少である私が縁談などおこがましい」との言い訳が使えた。しかし、アルフレッドも結婚が決まった今、もうその手は通用しなくなる。
ところで、ソランジュはドミニクが結婚に積極的でないのは、理想が高いからだと思い込んでいた。
名門公爵家当主で軍師として有能。しかもあれほどの美貌なのだから、妻に求めるものも多くなるのだろうと。
だが、理想が高いだけにしては妙なところがあった。
浮いた噂が一つもないどころか、女遊びもまったくしない。部下に娼館に誘われても断る。健康な成人男子にしてはストイックすぎる。
とはいえ、ソランジュはもう小説に書かれていたことがすべてではないと実感している。だから、アルフレッドと同じくドミニクにも何か事情があるのだろうとは察していた。
「ま、まさか……」
ある可能性が脳裏に閃き、アルフレッドを見上げながら頬を覆う。
ソランジュの表情からアルフレッドも察したのだろう。「男色家ではないようだぞ」と先手を打たれてしまった。
「そ、そうなんですか……」
どれだけ自分はわかりやすい性格なのだと少々落ち込んでしまった。
「決まった男妾もいなければ、男娼を買った話も聞いたことがない」
ちなみに、クラルテル教は同性愛を禁じている。明るみに出れば破門されることも有り得る。ゆえに、同性愛者でも隠し通し、表向きは女と結婚することが多かった。
こうした場合、無理矢理世継ぎを儲けたのちは、即座に仮面夫婦になることが多い。女の同性愛者の場合も同じだ。
いずれにせよ、同性愛傾向が未婚の理由でもないということである。
「じゃあ、どうして……」
ドミニクはレクトゥール公爵家唯一の直系で、その優れた血を残す義務があるはずだ。血筋にプライドがあるのなら、真っ先に結婚し、子を儲けることが何よりも貢献になるはずなのに。
アルフレッドがソランジュの長い黄金の巻き毛を指先で玩びながら語る。
「今回の縁談も初めは渋っていた」
「私にはもったいない」と謙遜していたが、教皇、シプリアン、自分を除く十一人の腹心の部下たちの圧力に負けたのか、やがて俯いて「……かしこまりました」と婚約を承諾した。
『この身に余る光栄でございます……』
身に余る光栄どころか、奈落の底に突き落とされたような空気を、シプリアンも感じ取ったのだろう。「誰か思う女性の方がいらっしゃるのですか?」とドミニクにも助け船を出した。
だが、ドミニクは「……いいえ」と答えたのだという。
『そのような女性は……おりません』
アルフレッドは「いるならいるでどうにでもしてやったんだがな」と呟いた。それくらいの力はあるからと。だが、いないのならどうしようもない。
こうしてレクトゥール公爵家当主ドミニクと教会官吏ベルナルドーネの息女、ベアトリーチェとの婚約が結ばれることとなったのだ。
「そんなことがあったんですか……」
ソランジュには政治がわからない。だから、今回のアルフレッドとドミニクの婚約劇についても、その事情を完全に把握しているとは言えない。
だが、一つだけ判明していることがあった。
自分がアルフレッドの婚約者になったという事実だ。
「え……ええっ」
今更再度仰天してアルフレッドを見上げる。アルフレッドが生涯の伴侶に選んでくれた、その歓喜が徐々に胸に込み上げてくる。
だが――。
「で、でも……」
「なぜ“でも”などと言う」
「そ、れは……」
現状両親ともに身元不明。しかも、父親は教会から敵視される魔女だったかもしれないのに。そんな女がアルフレッドに相応しいのかと素直に浮かれられない。
「あ、アルフレッド様、私は」
アルフレッドに迷惑だけは掛けたくない。
ソランジュは衝動的に両親について打ち明けようとしたが、その言葉ごと強引に唇を奪われてしまった。
「ん……んっ……」
吹き込まれる吐息に喉が焼け焦げそうになり身悶える間に、シーツに両手首を縫い留められてしまう。
長い、長い口付けが終わる頃には、アルフレッドから与えられる熱で、思考までもが蕩けそうになっていた。
恋情と劣情の炎の燃え上がる黒い瞳がソランジュを射貫く。
「先ほど俺を愛していると、お前はそう言ったな」
ソランジュの両手に絡められた指にぐっと力が込められた。
そこで、唯一独身だったドミニクを相手にどうかという話になった。
「あっ、そういえばドミニク様、婚約者もいませんでしたよね」
縁談は雨あられと持ち込まれているのに、片端から断っていると聞いた。
「その点は俺やアダンと同じだったんだがな」
アルフレッドの場合は呪われているという秘密があり、どれほど好条件の相手だろうと断らざるを得なかった。女よりも家庭よりも戦という性格だったのも多分にあるが。
近衛騎士団長アダンは長兄の結婚がなかなか決まらなかった。なのに、八男が先に結婚するのは……と長年遠慮していたから独身だったのだという。その長兄が遅い結婚をするが早いか、待ちかねていたように下七人の弟は次々に妻を娶り、現在兄弟に独身は一人もいない。
こうして十二人の腹心で残された未婚者はドミニク一人になった。
今まではドミニクも「主君である陛下もご結婚されていないので、側近、しかも最年少である私が縁談などおこがましい」との言い訳が使えた。しかし、アルフレッドも結婚が決まった今、もうその手は通用しなくなる。
ところで、ソランジュはドミニクが結婚に積極的でないのは、理想が高いからだと思い込んでいた。
名門公爵家当主で軍師として有能。しかもあれほどの美貌なのだから、妻に求めるものも多くなるのだろうと。
だが、理想が高いだけにしては妙なところがあった。
浮いた噂が一つもないどころか、女遊びもまったくしない。部下に娼館に誘われても断る。健康な成人男子にしてはストイックすぎる。
とはいえ、ソランジュはもう小説に書かれていたことがすべてではないと実感している。だから、アルフレッドと同じくドミニクにも何か事情があるのだろうとは察していた。
「ま、まさか……」
ある可能性が脳裏に閃き、アルフレッドを見上げながら頬を覆う。
ソランジュの表情からアルフレッドも察したのだろう。「男色家ではないようだぞ」と先手を打たれてしまった。
「そ、そうなんですか……」
どれだけ自分はわかりやすい性格なのだと少々落ち込んでしまった。
「決まった男妾もいなければ、男娼を買った話も聞いたことがない」
ちなみに、クラルテル教は同性愛を禁じている。明るみに出れば破門されることも有り得る。ゆえに、同性愛者でも隠し通し、表向きは女と結婚することが多かった。
こうした場合、無理矢理世継ぎを儲けたのちは、即座に仮面夫婦になることが多い。女の同性愛者の場合も同じだ。
いずれにせよ、同性愛傾向が未婚の理由でもないということである。
「じゃあ、どうして……」
ドミニクはレクトゥール公爵家唯一の直系で、その優れた血を残す義務があるはずだ。血筋にプライドがあるのなら、真っ先に結婚し、子を儲けることが何よりも貢献になるはずなのに。
アルフレッドがソランジュの長い黄金の巻き毛を指先で玩びながら語る。
「今回の縁談も初めは渋っていた」
「私にはもったいない」と謙遜していたが、教皇、シプリアン、自分を除く十一人の腹心の部下たちの圧力に負けたのか、やがて俯いて「……かしこまりました」と婚約を承諾した。
『この身に余る光栄でございます……』
身に余る光栄どころか、奈落の底に突き落とされたような空気を、シプリアンも感じ取ったのだろう。「誰か思う女性の方がいらっしゃるのですか?」とドミニクにも助け船を出した。
だが、ドミニクは「……いいえ」と答えたのだという。
『そのような女性は……おりません』
アルフレッドは「いるならいるでどうにでもしてやったんだがな」と呟いた。それくらいの力はあるからと。だが、いないのならどうしようもない。
こうしてレクトゥール公爵家当主ドミニクと教会官吏ベルナルドーネの息女、ベアトリーチェとの婚約が結ばれることとなったのだ。
「そんなことがあったんですか……」
ソランジュには政治がわからない。だから、今回のアルフレッドとドミニクの婚約劇についても、その事情を完全に把握しているとは言えない。
だが、一つだけ判明していることがあった。
自分がアルフレッドの婚約者になったという事実だ。
「え……ええっ」
今更再度仰天してアルフレッドを見上げる。アルフレッドが生涯の伴侶に選んでくれた、その歓喜が徐々に胸に込み上げてくる。
だが――。
「で、でも……」
「なぜ“でも”などと言う」
「そ、れは……」
現状両親ともに身元不明。しかも、父親は教会から敵視される魔女だったかもしれないのに。そんな女がアルフレッドに相応しいのかと素直に浮かれられない。
「あ、アルフレッド様、私は」
アルフレッドに迷惑だけは掛けたくない。
ソランジュは衝動的に両親について打ち明けようとしたが、その言葉ごと強引に唇を奪われてしまった。
「ん……んっ……」
吹き込まれる吐息に喉が焼け焦げそうになり身悶える間に、シーツに両手首を縫い留められてしまう。
長い、長い口付けが終わる頃には、アルフレッドから与えられる熱で、思考までもが蕩けそうになっていた。
恋情と劣情の炎の燃え上がる黒い瞳がソランジュを射貫く。
「先ほど俺を愛していると、お前はそう言ったな」
ソランジュの両手に絡められた指にぐっと力が込められた。
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