38 / 60
第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」
(12)
しおりを挟む
「お嬢さん、我々魔術師がなぜ一国に雇われている身であっても、その存在を重臣以外に秘匿されがちなのかご存知ですか」
「稀少な能力者だから他国からの引き抜きを防いでいるんじゃ……」
小説「黒狼戦記」にはそう書いてあった。
レジスの濃紫色の瞳が細められる。
「それもありますが、教会によく思われていないからですよ。元々魔術師も魔女狩りに遭っていましたから」
「……? ……? ……?」
ソランジュは魔術師と魔女の違いがよくわからずに目を瞬かせた。
レジスが「簡単です」と簡潔に説明してくれる。
「魔を操る、あるいは祓う者で教会に敵対する者が魔女、そうではない者が魔術師と定義されています」
アレクサンドルがまだ壮年だった二、三十年前はもっとも魔女狩りが盛んな時期だった。
「二、三十年前って……」
以前アルフレッドから聞いた話を思い出してはっとする。魔祓いの血筋が絶えた時期と一致していないか。
レジスが小さく頷く。
「その通りです。魔を操る、あるいは魔祓いの能力者の多くは魔女として狩られたのですよ」
「どうして……」
「クラルテル教会に逆らったからです」
唯一神を崇める一神教クラルテル教が当時の国王の都合で国教とされたのは百年前。女魔術師ゼナイドの死後辺りからか。それまでは光の女神ルクスが崇拝されていた。
「ですが、魔術師や魔祓いたちはほとんどが改宗を拒みました」
特に魔払いの一族は自身を光の女神ルクスの子孫だと称し、魔を祓えるのもルクスの聖なる光をその身に宿しているからで、それゆえクラルテル教には迎合できないと反発したのだ。
クラルテル教は五、六十年はその力が稀少なこともあり、魔祓いたちを説得しようと試みたが叶わなかった。やがて、ならば敵だとみなすとばかりに迫害に転じたのだ。力ある者ゆえに将来教会にとっての危険因子になると判断したのだろう。
「最後の魔女狩りを主導したのがアレクサンドル二世猊下です。もっとも凄惨な迫害だったと聞いております」
「迫害って……」
レジスは肩を竦めた。
「投獄、拷問、処刑、追放なんでもありですね」
もちろん、ろくな裁判などなかったと。
「魔祓いたちの一切の財産は没収され、女子どもまで根絶やしにされたと聞いております。まさに、一人残らず」
「ひどい……」
「魔術師もその迫害に巻き込まれることになりまして。ですがまあ、処世術なんでしょうね。死んでは何もならないとルクスへの信仰を棄教したんです」
要するに恥とは裏切り者ということか。確かに教会側から見ても心証は悪いに違いない。
「しかし、そうして魔祓いを根絶やしにしたばかりに、現在教会は魔祓いができずに人手不足になっているんですけどね」
ほんの数十年前にそうした血生臭い事件があったのか。
迫害された魔祓いたちの無念さを思うと胸が痛み、同時にはっとしてレジスの横顔を凝視した。
――まさか。
「おっとお嬢さん、まだ調査中だと申し上げたはずですよ」
レジスは人差し指を口に当てた。
☆☆☆
レジスが「それでは」と立ち去ったのち、ソランジュはしばし呆然としていたが、奥方たちに叩き込まれた使用人根性に促されるまま、のろのろと風呂掃除に取りかかった。
まだ自分が魔祓いの一族の生き残りだと確定したわけではない。
だが、もしそうなのだとすれば、万が一クラルテル教会に知られれば、どんな目に遭わされるのかわからない。
それ以上に、アルフレッドも魔女を匿っていたと知られれば、まずい立場に追い込まれるのではないか。ただでさえ呪われた身という秘密を抱えているのに。
モップを用具入れに戻しながら、「まだ決まったわけじゃないわ」と呟く。だが、声にどうしても力が入らなかった。
その後もやはり使用人根性に駆られ、アルフレッドの寝室、廊下、階下に続く階段を掃除していたのだが、どれだけ一心不乱に階段を拭いても、頭から「魔女」の単語が離れてくれない。
階段を上がってきたドミニクに、「そこをどいてくれないか」と言われなければ、磨り減るまで磨いていたに違いなかった。
「もっ、申し訳ございません」
雑巾を手に飛び退く。
「陛下に何かご用でしょうか? 今夜は教皇様と枢機卿様との晩餐会のため、お酒が入るので遅くまで戻ってこないと思うのですが」
「……」
絶対零度の眼差しがソランジュを射貫く。
「陛下にではなく君に用がある」
「わ、私にですか?」
「ああ、そうだ。教皇猊下から陛下に縁談が持ち込まれていることはもう知っているか」
「稀少な能力者だから他国からの引き抜きを防いでいるんじゃ……」
小説「黒狼戦記」にはそう書いてあった。
レジスの濃紫色の瞳が細められる。
「それもありますが、教会によく思われていないからですよ。元々魔術師も魔女狩りに遭っていましたから」
「……? ……? ……?」
ソランジュは魔術師と魔女の違いがよくわからずに目を瞬かせた。
レジスが「簡単です」と簡潔に説明してくれる。
「魔を操る、あるいは祓う者で教会に敵対する者が魔女、そうではない者が魔術師と定義されています」
アレクサンドルがまだ壮年だった二、三十年前はもっとも魔女狩りが盛んな時期だった。
「二、三十年前って……」
以前アルフレッドから聞いた話を思い出してはっとする。魔祓いの血筋が絶えた時期と一致していないか。
レジスが小さく頷く。
「その通りです。魔を操る、あるいは魔祓いの能力者の多くは魔女として狩られたのですよ」
「どうして……」
「クラルテル教会に逆らったからです」
唯一神を崇める一神教クラルテル教が当時の国王の都合で国教とされたのは百年前。女魔術師ゼナイドの死後辺りからか。それまでは光の女神ルクスが崇拝されていた。
「ですが、魔術師や魔祓いたちはほとんどが改宗を拒みました」
特に魔払いの一族は自身を光の女神ルクスの子孫だと称し、魔を祓えるのもルクスの聖なる光をその身に宿しているからで、それゆえクラルテル教には迎合できないと反発したのだ。
クラルテル教は五、六十年はその力が稀少なこともあり、魔祓いたちを説得しようと試みたが叶わなかった。やがて、ならば敵だとみなすとばかりに迫害に転じたのだ。力ある者ゆえに将来教会にとっての危険因子になると判断したのだろう。
「最後の魔女狩りを主導したのがアレクサンドル二世猊下です。もっとも凄惨な迫害だったと聞いております」
「迫害って……」
レジスは肩を竦めた。
「投獄、拷問、処刑、追放なんでもありですね」
もちろん、ろくな裁判などなかったと。
「魔祓いたちの一切の財産は没収され、女子どもまで根絶やしにされたと聞いております。まさに、一人残らず」
「ひどい……」
「魔術師もその迫害に巻き込まれることになりまして。ですがまあ、処世術なんでしょうね。死んでは何もならないとルクスへの信仰を棄教したんです」
要するに恥とは裏切り者ということか。確かに教会側から見ても心証は悪いに違いない。
「しかし、そうして魔祓いを根絶やしにしたばかりに、現在教会は魔祓いができずに人手不足になっているんですけどね」
ほんの数十年前にそうした血生臭い事件があったのか。
迫害された魔祓いたちの無念さを思うと胸が痛み、同時にはっとしてレジスの横顔を凝視した。
――まさか。
「おっとお嬢さん、まだ調査中だと申し上げたはずですよ」
レジスは人差し指を口に当てた。
☆☆☆
レジスが「それでは」と立ち去ったのち、ソランジュはしばし呆然としていたが、奥方たちに叩き込まれた使用人根性に促されるまま、のろのろと風呂掃除に取りかかった。
まだ自分が魔祓いの一族の生き残りだと確定したわけではない。
だが、もしそうなのだとすれば、万が一クラルテル教会に知られれば、どんな目に遭わされるのかわからない。
それ以上に、アルフレッドも魔女を匿っていたと知られれば、まずい立場に追い込まれるのではないか。ただでさえ呪われた身という秘密を抱えているのに。
モップを用具入れに戻しながら、「まだ決まったわけじゃないわ」と呟く。だが、声にどうしても力が入らなかった。
その後もやはり使用人根性に駆られ、アルフレッドの寝室、廊下、階下に続く階段を掃除していたのだが、どれだけ一心不乱に階段を拭いても、頭から「魔女」の単語が離れてくれない。
階段を上がってきたドミニクに、「そこをどいてくれないか」と言われなければ、磨り減るまで磨いていたに違いなかった。
「もっ、申し訳ございません」
雑巾を手に飛び退く。
「陛下に何かご用でしょうか? 今夜は教皇様と枢機卿様との晩餐会のため、お酒が入るので遅くまで戻ってこないと思うのですが」
「……」
絶対零度の眼差しがソランジュを射貫く。
「陛下にではなく君に用がある」
「わ、私にですか?」
「ああ、そうだ。教皇猊下から陛下に縁談が持ち込まれていることはもう知っているか」
3
お気に入りに追加
2,270
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
ヤンデレ義父に執着されている娘の話
アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。
色々拗らせてます。
前世の2人という話はメリバ。
バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる