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第二章「容疑者ですが、侍女に昇格しました。」

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王はその後も諦め切れずに次から次へと女に手を出したが、ほとんどの女が孕まず、運良く孕んでも流れてしまう。しかも、死んで産まれた子は皆人の形をしていなかった。


 王は女の呪いに違いないと震え上がった。


 当時王に仕えていた魔術師も、高名な聖職者も女の呪いを解くことはできなかった。


 女はみずからの命どころか、死後の神の御許での安息を捨ててまで、魂のすべてを呪いの力に換えて王と我が子を呪ったのだ。


 王は毎夜悪夢を見るようになり、やがて血塗れの女の幻覚を見るようになり、現実から逃れようと酒に溺れた。


 当然のようにまともな判断ができなくなり、軍事も内政もおろそかになり、国は瞬く間に乱れた。


 このままではエイエール王国は内部から崩壊してしまう――そうした危機感を抱いた臣下たちは王を弑そうと決めた。


 しかし、君主を排除するためには暗君だからとの大義名分だけではなく、正当性のある後継者を錦の御旗とする必要がある。


 アルフレッドはその錦の御旗として幽閉先の地下牢から出されたのだ。


 しかし、アルフレッドを迎えに行った臣下の一人は、そこで信じられない光景を目にすることになる。


 折しもその夜は満月。灯りのない牢獄の中にいたのは、人間の少年ではなかった――。




「……‼」


 ソランジュは長い髪を振り乱しながら飛び起きた。


 ベッドの上なのだと気付いてほっと胸を撫で下ろす。


「夢……」


 いいや、あれは夢ではないと唇を噛み締める。


 アルフレッドにとって忌まわしい過去の一つだ。その後起こった惨劇もソランジュはよく知っていた。


 額の冷や汗を拭い、どうにか落ち着きを取り戻したところで、肌寒さを覚えて我に返る。


「そうだった。私、昨日アルフレッド様に……」


 はっとして窓の外を眺めると、もう月はわずかに欠けていた。


 それでも月光は満月と同じくらい煌々としており、赤い痕が散ったソランジュの肌を露わにしてしまう。


「……」


 昨夜されたあんなことやそんなことを思い出し、赤面しつつ呪いの発動を止められたことにほっとする。


 アルフレッドが血を見た後、あるいは満月の夜には、呪いのせいでその身に魔が引き寄せられて集まり、理性を狂わせ、肉体は耐えがたい劣情に駆られる。この状態を放っておくと魔が魂をも変質させ、目も当てられない事態になる。


 この魔を受け止め、散らせるのは女の子宮のみ。だからアルフレッドは女を抱かなければならなかった。


「……っ」


 ソランジュはぶるりと身を震わせた。


 いくらこの部屋が暖炉で暖められているとはいえ、さすがに一糸纏わぬままだと肌寒い。


 寝間着はどこだと室内を見回し、間もなく予想外の事態にその身を強張らせた。


 ――アルフレッドが隣で寝ている。


 事の最中は着衣だったが、激しい行為で暑くなったのか、いつの間にか服を脱ぎ捨てていた。


 アルフレッドは今までソランジュを抱き潰すと、意識を失っている間に姿を消していた。


 なのに、なぜ今夜はそのままともに眠っているのか。


「……」


 心臓がドキドキする。


 恐る恐るその寝顔を覗き込むと、それだけでもう胸が一杯になった。


 月明かりに照らし出された精悍な美貌は、日中とは真逆に驚くほど安らかに見えた。


 推しの寝顔を拝む日が来るなど前世では予想もしていなかった。


 アルフレッドのイラストはどれも漆黒の鎧姿か黒衣で、その表情はいつも雄々しく引き締まっていたからだ。


 濃く長い睫毛の影が瞼に落ちている。


 ふと、もう一度触れてみたいと感じた。


 恐る恐る手を伸ばす。


 指先が頬にかすると、胸の高鳴りが最高潮になった。


 昨夜は場の勢いからできたことで、やはり素面では無理だと悟る。


 心臓が破裂して今度こそ死んでしまいそうだった。


 溜め息を吐き諦めて手を引こうとする。同時に、アルフレッドの腕が上がったのでぎょっとした。


「きゃっ!」


 肩に手を掛けられそのままぐっと胸に抱き寄せられる。


「あ、アルフレッド様……」


 てっきり目を覚ましたのかと思いきや、漆黒の双眸は閉ざされたままだった。


 寝ぼけているのだろうか。それとも、アルフレッドも体が冷えて、無意識のうちに暖を求めて人肌に頼ろうとしたのだろうか。 


「……」


 どちらでもいいと瞼を閉じる。


 そっと逞しい胸に耳を寄せると、心臓が力強く脈打っていた。規則正しい寝息がそっとソランジュの金髪をくすぐる。


 緊張が解けたのもあるのだろう。ほっとして再び意識が眠りの波に呑まれていく。


 その夜ソランジュは母が亡くなって以来、初めてなんの憂いもなくぐっすり眠れたのだった。
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