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第二章「容疑者ですが、侍女に昇格しました。」
(1)
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黒狼戦記では城は軍事拠点として王都だけにではなく各地に築かれている。
ソランジュは王都に護送されるまで、なぜかたびたびそうした城に立ち寄り、アルフレッドの専属医の診察を受けた。
質問はいつも同じだった。
「体調が悪いということはないですか」
「は、はい……」
栄養失調気味で痩せ過ぎのきらいはあったものの、重病にかかったことはないし、今もそうだと思う。
「陛下と枕を交わすまで本当に純潔でしたか」
このあけすけな二者択一には目を伏せてしまった。
「そもそも身内や使用人以外の男性には会ったこともなくて……」
アルフレッドに抱かれた夜を思い出して赤面する。まさしく嵐のような一夜で忘れられそうになかった。
医師はモジモジするソランジュを前に溜め息を吐いた。
「こんなことが……このような女性がいるのか」
なお、王都までの旅路でアルフレッドにも似たような質問を受けている。「体は苦しくないのか」だの、「倒れそうになることはないか」だの。
初めは一行モブ女風情を心配してくれるのか。推しに気遣われるなんてもう死んでもいいと感激していたが、どうもそういった雰囲気ではないのでわけがわからなかった。
アルフレッドたちは一体自分の何を探っているのだろうか。スパイ容疑だけだとは思えなかった。
そうこうする間に一ヶ月近くが経ち、アルフレッド一行は王都に到着した。
お上りのソランジュがこれが大都会!王宮!などと感激する間もなく、今度こそ容疑者らしく石造りの塔の最上階に連行されてしまう。
騎士たちはソランジュを押し込み、鉄格子の扉を軋む音を立てて閉めた。
「それではこちらで少々お待ちください」
騎士たちが姿を消したのち中を見回す。
囚人用の監獄なのだろう。狭く薄暗く、粗末なかたいベッドしかない一室だった。窓もなく空を見ることもできない。
極め付けに長年書き加えられてきた、石の壁の落書きが恐ろしい。落書きと言ってももちろんペンなど与えられないので、囚人たちは爪なり壁の欠片なりで刻みつけたのか。
処刑前に生きた証を残そうとしたのだろう。イニシャルや名、生年月日、家紋、生前の功績――中でも「死にたくない。妻に、娘に会いたい」の一言はこたえた。
自分には死んだところで泣いてくれる家族などいないからだ。
溜め息を吐いてベッドに腰を下ろす。
尋問されると聞いているが、どんな目に遭わされるのかと怯える。
何か吐くまで拷問されるのだろうか。
脳裏に鉄の処女や針の椅子、首絞め具、指絞め具、舌絞め具その他諸々の拷問具が思い浮かぶ。あるいは水責めや火責めか。
しかし、いくら責め立てられたところでどうにもならない。黒狼戦記の世界には前世の概念などないので、アルフレッドの情報を把握していたのは、小説で読んだからと白状しても信じてもらえないだろう。
ここで拷問死か、あるいは処刑される運命になるのか。
震える手を組んでその時を待つ。
それから間もなくして再び鉄格子が開けられた。
「お嬢さん、失礼します」
息を呑んで振り返りキョトンとする。
「やあやあ、なんとも愛らしい。こんな方に魔術をかけるなど気が進みませんね」
やって来たのは残忍そうな拷問官ではなく、白いローブを身に纏った柔和そうな青年だった。左手には七色の宝石のはめ込まれた杖を持っている。
二十代後半くらいだろうか。ローブだけではなくひとつに束ねた長い髪も白い。瞳の色は濃い紫なのが印象的だった。
その姿に前世の記憶を刺激され、思わずあっと声を上げてしまう。
「魔術師レジス……?」
魔術師レジスは黒狼戦記で重要な脇役で、アルフレッドに仕える魔術師だ。
魔力を持ち魔術を駆使する魔術師はこの世界でも数が少ない。各国に一人いるか、いないか程度だ。他国の引き抜きを防ぐために存在自体を隠されていることが多い。
よりにもよってその魔術師の名をソランジュは口走ってしまった。
白い眉がピクリと動く。
「……ほう、私の名を知っていましたか」
ソランジュはしまったと口を押さえたがもう遅い。
「確かに陛下のおっしゃるとおりこれは見過ごせませんね」
レジスは右手を伸ばすと手の平を広げ、ソランジュの額に近付けた
「なっ……」
濃い紫の霧が広がりたちまち頭を包み込む。
「な……に……これっ」
纏わり付かれるような不快感に思わず手で払うと、霧は呆気なく飛び散り、たちまち消え失せてしまった。
あの霧はなんだったのかとキョトンとする。
一方、レジスは驚愕に目を見開いてソランジュを凝視していた。
「自白魔術が効かない……?」
何度か同じ行為を繰り返したが、やはりソランジュはなんともなかった。
「どういうことだ」
レジスは顎に手を当て考え込んでいたが、やがて唇の端を上げて微笑んだ。
「ぜひこれは実験材料にしたいところだ。陛下にお願い申し上げてみよう」
えっ、実験材料って何と不吉な一言を問い質す間もなく、レジスは楽しそうに監獄を出て行ってしまう。
それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。外が見えないので昼か夜かもわからない。
仕方がなく眠くなったら眠り、目覚めては起きるを繰り返していると、ますます時間の感覚がなくなっていった。
再び鉄格子が開けられたのは、ちょうど二度目の眠りから目覚めた頃。
ソランジュは驚いてベッドから身を起こした。
黒衣の男がソランジュを見据えている。
「アルフレッド様……」
アルフレッドは「お前は何者なんだ」と問うた。
しかし、そう聞かれたところでソランジュですとしか答えようがない。
アルフレッドは牢獄を大股で横切り、怯えるソランジュの前に立った。
腰を屈めてぐいと顎を掴む。
「なぜお前は俺を知っている。なぜ俺に抱かれても魔に侵されない」
ソランジュは王都に護送されるまで、なぜかたびたびそうした城に立ち寄り、アルフレッドの専属医の診察を受けた。
質問はいつも同じだった。
「体調が悪いということはないですか」
「は、はい……」
栄養失調気味で痩せ過ぎのきらいはあったものの、重病にかかったことはないし、今もそうだと思う。
「陛下と枕を交わすまで本当に純潔でしたか」
このあけすけな二者択一には目を伏せてしまった。
「そもそも身内や使用人以外の男性には会ったこともなくて……」
アルフレッドに抱かれた夜を思い出して赤面する。まさしく嵐のような一夜で忘れられそうになかった。
医師はモジモジするソランジュを前に溜め息を吐いた。
「こんなことが……このような女性がいるのか」
なお、王都までの旅路でアルフレッドにも似たような質問を受けている。「体は苦しくないのか」だの、「倒れそうになることはないか」だの。
初めは一行モブ女風情を心配してくれるのか。推しに気遣われるなんてもう死んでもいいと感激していたが、どうもそういった雰囲気ではないのでわけがわからなかった。
アルフレッドたちは一体自分の何を探っているのだろうか。スパイ容疑だけだとは思えなかった。
そうこうする間に一ヶ月近くが経ち、アルフレッド一行は王都に到着した。
お上りのソランジュがこれが大都会!王宮!などと感激する間もなく、今度こそ容疑者らしく石造りの塔の最上階に連行されてしまう。
騎士たちはソランジュを押し込み、鉄格子の扉を軋む音を立てて閉めた。
「それではこちらで少々お待ちください」
騎士たちが姿を消したのち中を見回す。
囚人用の監獄なのだろう。狭く薄暗く、粗末なかたいベッドしかない一室だった。窓もなく空を見ることもできない。
極め付けに長年書き加えられてきた、石の壁の落書きが恐ろしい。落書きと言ってももちろんペンなど与えられないので、囚人たちは爪なり壁の欠片なりで刻みつけたのか。
処刑前に生きた証を残そうとしたのだろう。イニシャルや名、生年月日、家紋、生前の功績――中でも「死にたくない。妻に、娘に会いたい」の一言はこたえた。
自分には死んだところで泣いてくれる家族などいないからだ。
溜め息を吐いてベッドに腰を下ろす。
尋問されると聞いているが、どんな目に遭わされるのかと怯える。
何か吐くまで拷問されるのだろうか。
脳裏に鉄の処女や針の椅子、首絞め具、指絞め具、舌絞め具その他諸々の拷問具が思い浮かぶ。あるいは水責めや火責めか。
しかし、いくら責め立てられたところでどうにもならない。黒狼戦記の世界には前世の概念などないので、アルフレッドの情報を把握していたのは、小説で読んだからと白状しても信じてもらえないだろう。
ここで拷問死か、あるいは処刑される運命になるのか。
震える手を組んでその時を待つ。
それから間もなくして再び鉄格子が開けられた。
「お嬢さん、失礼します」
息を呑んで振り返りキョトンとする。
「やあやあ、なんとも愛らしい。こんな方に魔術をかけるなど気が進みませんね」
やって来たのは残忍そうな拷問官ではなく、白いローブを身に纏った柔和そうな青年だった。左手には七色の宝石のはめ込まれた杖を持っている。
二十代後半くらいだろうか。ローブだけではなくひとつに束ねた長い髪も白い。瞳の色は濃い紫なのが印象的だった。
その姿に前世の記憶を刺激され、思わずあっと声を上げてしまう。
「魔術師レジス……?」
魔術師レジスは黒狼戦記で重要な脇役で、アルフレッドに仕える魔術師だ。
魔力を持ち魔術を駆使する魔術師はこの世界でも数が少ない。各国に一人いるか、いないか程度だ。他国の引き抜きを防ぐために存在自体を隠されていることが多い。
よりにもよってその魔術師の名をソランジュは口走ってしまった。
白い眉がピクリと動く。
「……ほう、私の名を知っていましたか」
ソランジュはしまったと口を押さえたがもう遅い。
「確かに陛下のおっしゃるとおりこれは見過ごせませんね」
レジスは右手を伸ばすと手の平を広げ、ソランジュの額に近付けた
「なっ……」
濃い紫の霧が広がりたちまち頭を包み込む。
「な……に……これっ」
纏わり付かれるような不快感に思わず手で払うと、霧は呆気なく飛び散り、たちまち消え失せてしまった。
あの霧はなんだったのかとキョトンとする。
一方、レジスは驚愕に目を見開いてソランジュを凝視していた。
「自白魔術が効かない……?」
何度か同じ行為を繰り返したが、やはりソランジュはなんともなかった。
「どういうことだ」
レジスは顎に手を当て考え込んでいたが、やがて唇の端を上げて微笑んだ。
「ぜひこれは実験材料にしたいところだ。陛下にお願い申し上げてみよう」
えっ、実験材料って何と不吉な一言を問い質す間もなく、レジスは楽しそうに監獄を出て行ってしまう。
それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。外が見えないので昼か夜かもわからない。
仕方がなく眠くなったら眠り、目覚めては起きるを繰り返していると、ますます時間の感覚がなくなっていった。
再び鉄格子が開けられたのは、ちょうど二度目の眠りから目覚めた頃。
ソランジュは驚いてベッドから身を起こした。
黒衣の男がソランジュを見据えている。
「アルフレッド様……」
アルフレッドは「お前は何者なんだ」と問うた。
しかし、そう聞かれたところでソランジュですとしか答えようがない。
アルフレッドは牢獄を大股で横切り、怯えるソランジュの前に立った。
腰を屈めてぐいと顎を掴む。
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