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第二話「空と海と嘘とキス」

046.海賊ウォルフガング(3)

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 男の人は何を思ったのか、手をすっと前に差し出した。

『……?』

 私が首をかしげていると、「ん? おかしいな」とまた頭をかく。

「おい、お手」
『……』
「お代わり」
『……』
「なんだ。なんもしねえじゃねえか」

 だって、それは犬の芸だよ!

 男の人は「うーん」と唸っていたけれども、やがて「おっし」と大きく頷くと、私をいきなりひょいと摘まんだ。

「みゃっ!?」

 首根っこを掴まれてしまうと動けない。私はぶらんと釣り下がったまま、やっぱりかちんと固まっていた。男の人はうーんと唸りながら歩き始める。

「どんな調理法ならいいんだ? 塩抜きか? 煮るか? 焼くか?」

 ちょっ、ちょうりほう!?

 頭の中に鍋にほうり込まれて、グツグツ美味しく煮込まれる、私とお魚が思い浮かんだ。

 ど、ど、どうしよう。海賊に料理されちゃう! 食べられちゃうよ!



◇◆◇◆◇



 男の人が私を摘まんで向かった先は、船の奥にあるひときわ広い部屋だった。やっぱり壁も床もくすんだ木でできている。

 けれども何もなかった廊下とは違って、赤紫のじゅうたんが敷かれていて、きれいな木でできた机やタンスやベッド、ガラス細工のランプも置かれていた。宿屋なら一番高い部屋になるんじゃないだろうか。それくらい中にあるものはぜいたくに見えた。壁には大きな丸い窓もあって外が見られる。

 あっ、もう夕方になっていたんだ。遠くに入り江がのぞめるということは、やっぱりどこかに停まっているんだろう。

 男の人は部屋に足をふみ入れるなり、私をぽいとベッドに放り投げた。

「みゃっ!!」

 私は真っ白なシーツの上に、軽い音を立てて落ちてしまう。男の人は「待っていろよ」と言い残すと、そのまま部屋を出ていってしまった。私はぼうぜんとしながらその背を見送る。

 ど、ど、ど、どうすればいいんだにゃ!? 待っているだけじゃ料理されちゃう!!

 私はだっしゅつできないかと窓を見あげた。

 すぐ外には海があるのに、どうやって逃げるというの!?

 やっぱり料理されちゃうんだと涙がにじむ。

 ううん、諦めちゃダメだ! こうなったらあの海賊が扉を開けた瞬間、ツメを立てて目にねらいを定めて……。

 私は腰を引いて肩をいからせると、さっきの男の人が来るのを待った。

 勝負は一瞬で決まるにゃ! 失敗は許されないにゃ!

 けれども私の必死の戦意は、静かに扉が開けられるなり、霧みたいに消え失せてしまった。だって男の人はお皿を持っていて、そこからいいにおいがしたからだ。

 こ、このにおいは……大好きな鶏肉だ!

 男の人はお皿を床に置くと、人差し指でくいくいと手招きをした。

「取って食いやしねえから。鳥の胸とササミの部分だぞ。茹でただけなら食えるらしいな」
『……!!』

 騙されちゃダメにゃ、いけないにゃと思うのに、足が勝手にお皿に近づいちゃう。私はお皿の中のお肉のにおいを嗅ぐと、たまらずに顔をつっこんで食べだした。

「おーおー、食ってる食ってる」

 男の人の嬉しそうな声が聞こえる。おそるおそる顔を上げると、男の人は顔をくしゃりと崩して笑っていた。その笑顔にクルトを思い出す。

 クルト、ごめんなさいにゃあ……。知らない人から食べ物をもらっちゃった。おなかが空いて食べちゃった……。

「ん、どうした? まずかったか?」

 男の人が私の顔をのぞき込んだ、そのすぐあとのことだった。扉が続けて三度目小気味よく叩かれ、女の人がひょいと顔を出したのだ。男の人がなんだと顔を上げる。

「ビアンカか。どうした?」

 女の人は真っ赤な面白いドレスを着ていた。胸と足に切れ込みが入っているんだよ! メロンくらいに膨らんだ胸が、もうちょっとで見えそうだ。気だるげに扉にもたれかかって、男の人を細めた目で見つめている。

「そろそろ陸の店に戻らなくちゃいけないし、店の子たちを代表して挨拶に来たのよ」

 女の人は目を男の人から私に移して、「やーだっ!」と甲高い声を上げた。男の人の隣にしゃがんで私の顎を撫でる。

 うにゃ、うにゃ、うにゃにゃ……。この女の人って撫でるのがうまい。すごいてくにっくだにゃあ……。

「やだ、可愛い。ねえ、この子猫、雌なの?」
「みたいだな。タマねぇし」
「あらあら、じゃああたしのライバルね。あなた、動物好きだものね。もう、この雌猫っ!」

 私がうにゃうにゃと女の人になつく間に、男の人が「バーカ」と笑った。

「人間の女ほどじゃねえよ。まあ、けど、猫みたいな女だったら、確かに俺の理想かもな」

 ニヤリと笑って女の人を見つめる。

「綺麗で、純粋で、でも残酷で、気まぐれで、俺の思い通りにならない、そんな女だったら最高だ」
「あたしの目の前でそれを言う?」
「お前なら許してくれるだろ」
 
 女の人は「ひどい男ね」と笑うと、男の人といっしょに立ち上がった。

「海の男ではあなたが一番好きよ。悪いことをしていて、あたしに夢中じゃない男って素敵」
「世界一って言えよ」

 男の人は女の人の腰に手を回すと、胸に抱きよせて唇を重ねた。私は鶏肉の美味しさも忘れて、二人が何度もちゅうをするのを眺める。

 す、すごいにゃあ。あんなに何度もやって、息が苦しくならないのかにゃ!? そんなに人間って美味しいのかにゃ!? あっ、もう一回やってる!!

 女の人はやっと男の人から離れると、扉の向こうから投げキッスを贈った。

「じゃあね、男前の船長さん」

 私は呼び名に絶句して、その場に飛び上がる。

 せ、せ、せ、船長!?

 男の人がまた「バーカ」と笑った。

 この男の人は海賊船の船長なんだ!
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