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第二話「空と海と嘘とキス」
042.ひとりぼっちの暗闇(1)
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クルトの決めた依頼は貿易船の用心棒だった。
――今回は私は宿屋で留守番になる。
なぜって魔物や海賊と戦闘になった場合、水に落ちることがあるかもしれない。そしてそう、私はまだ泳げないんだにゃあ……。
クルトに留守番を頼まれたとき、私はしゅんとなってヒゲを垂らした。仕方にゃいんだけど悔しかったんだ。クルトは魚を買ってくるからと慰めてくれた。
船はガラスの食器などのゆしゅつひんを積んで、三日間かけて隣国まで航海をして、また三日かけてヴェンディスに戻るんだそうだ。
私はその間宿屋のお姉さんにご飯をもらって、お姉さんの部屋でいっしょに眠ることになった。誰かが気にかけていてくれたほうが、あんしんできるからなんだって。
クルトはまだ私を子猫だと思っているのかな? 留守番くらい一匹でちゃんとできるのににゃあ。
いよいよ依頼の一日目の朝、私はお姉さんの腕の中から、クルトが宿屋を出発するのを見送った。
「では行ってくる。一週間近くになるが、俺の使い魔を頼んだ」
クルトは私の喉を撫でながら、お姉さんに銀貨でチップを渡した。お姉さんは「わかりましたよ」と、嬉しそうに私を抱きなおす。
「昔うちにいた子を思い出すわ」
クルトは「じゃあな」と身をひるがえすと、曲がり角の向こうに姿を消した。ああ、六日間はクルトに会えないのかあ……。
私がまたしゅんとしていると、お姉さんは元気づけようとしてくれたのか、「さーてさて、では!」と私を空に掲げた。
「まずは腹ごしらえをしましょうか。朝ご飯はアジのムニエルよ!」
「……!!」
たちまちヒゲがピンとなるのを感じる。
アジは干物も煮物もムニエルも大好物だにゃ!!
◇◆◇◆◇
お姉さんは朝早くからせっきゃくの仕事がある。私はお昼までは一匹でいなくちゃいけなくて、朝ご飯のあとは近くなら遊んでいいことになっていた。お昼に宿屋の前で待っていれば、おやつを持ってきてくれるんだそうだ。
この宿屋はとくさんひんの工場の並ぶ通りにあって、あちこちでガラスのコップやお皿、時には魔道具を作っている。みんな隣国にゆしゅつするんだって。私はそのうちの一軒におじゃまして、職人さんの仕事の様子をけんがくしていた。
棒に息をふうっと吹き込んだら、ガラスが膨らむなんて面白い。濡れた布や火箸でその形を整えると、コップや花瓶になるなんてウソみたい! これで特別な魔術なんかじゃなくて、技術なんだからすごいにゃあ!
私はすっかり満足して工場を出た。空はどこまでも青く晴れていて、雲がかたまりになって浮かんでる。私は弾む足取りで三軒先の宿屋を目指した。ところが一軒先のおうちの前で、珍しいチョウチョを見つけて立ち止まる。
わあ、羽の半分が金色でもう半分が青い。クルトの髪と目と同じだ!
私はすっかり嬉しくなって、夢中でチョウチョを追いかけはじめた。
チョウチョは高さを変えて気まぐれに飛んでいく。こんなに捕まえにくい虫ははじめてだった。私は諦めずに追いかけるうちに、いつの間にか道の終わりにまで来ていた。
チョウチョがひときわ高く舞い上がる。私はそれを追って近くの馬車の荷台に飛び乗った。荷台には木箱がたくさん積み上げられていて、うちひとつはフタが開いて空っぽだった。私はよりによってそこにすっぽり入ってしまったんだ。
「にゃっ!?」
直後に人間の男の人が来て、フタがかぶせられたのか、辺りは真っ暗になってしまった。
「み"ゃぁぁぁあああ! み"ゃああ!」
私は必死にフタを引っかいたけれども、聞こえにくいのか誰も来てくれない。外からはこんな話し声が聞こえた。
「おい、出荷分は積んだか」
「ああ。数は揃ってる」
「よし、んじゃ、出発だ」
馬にムチが当てられたのか、小さないななきが聞こえる。やがて荷台は馬車に合わせて、私を乗せたまま走り出した。
――どうしよう!
――今回は私は宿屋で留守番になる。
なぜって魔物や海賊と戦闘になった場合、水に落ちることがあるかもしれない。そしてそう、私はまだ泳げないんだにゃあ……。
クルトに留守番を頼まれたとき、私はしゅんとなってヒゲを垂らした。仕方にゃいんだけど悔しかったんだ。クルトは魚を買ってくるからと慰めてくれた。
船はガラスの食器などのゆしゅつひんを積んで、三日間かけて隣国まで航海をして、また三日かけてヴェンディスに戻るんだそうだ。
私はその間宿屋のお姉さんにご飯をもらって、お姉さんの部屋でいっしょに眠ることになった。誰かが気にかけていてくれたほうが、あんしんできるからなんだって。
クルトはまだ私を子猫だと思っているのかな? 留守番くらい一匹でちゃんとできるのににゃあ。
いよいよ依頼の一日目の朝、私はお姉さんの腕の中から、クルトが宿屋を出発するのを見送った。
「では行ってくる。一週間近くになるが、俺の使い魔を頼んだ」
クルトは私の喉を撫でながら、お姉さんに銀貨でチップを渡した。お姉さんは「わかりましたよ」と、嬉しそうに私を抱きなおす。
「昔うちにいた子を思い出すわ」
クルトは「じゃあな」と身をひるがえすと、曲がり角の向こうに姿を消した。ああ、六日間はクルトに会えないのかあ……。
私がまたしゅんとしていると、お姉さんは元気づけようとしてくれたのか、「さーてさて、では!」と私を空に掲げた。
「まずは腹ごしらえをしましょうか。朝ご飯はアジのムニエルよ!」
「……!!」
たちまちヒゲがピンとなるのを感じる。
アジは干物も煮物もムニエルも大好物だにゃ!!
◇◆◇◆◇
お姉さんは朝早くからせっきゃくの仕事がある。私はお昼までは一匹でいなくちゃいけなくて、朝ご飯のあとは近くなら遊んでいいことになっていた。お昼に宿屋の前で待っていれば、おやつを持ってきてくれるんだそうだ。
この宿屋はとくさんひんの工場の並ぶ通りにあって、あちこちでガラスのコップやお皿、時には魔道具を作っている。みんな隣国にゆしゅつするんだって。私はそのうちの一軒におじゃまして、職人さんの仕事の様子をけんがくしていた。
棒に息をふうっと吹き込んだら、ガラスが膨らむなんて面白い。濡れた布や火箸でその形を整えると、コップや花瓶になるなんてウソみたい! これで特別な魔術なんかじゃなくて、技術なんだからすごいにゃあ!
私はすっかり満足して工場を出た。空はどこまでも青く晴れていて、雲がかたまりになって浮かんでる。私は弾む足取りで三軒先の宿屋を目指した。ところが一軒先のおうちの前で、珍しいチョウチョを見つけて立ち止まる。
わあ、羽の半分が金色でもう半分が青い。クルトの髪と目と同じだ!
私はすっかり嬉しくなって、夢中でチョウチョを追いかけはじめた。
チョウチョは高さを変えて気まぐれに飛んでいく。こんなに捕まえにくい虫ははじめてだった。私は諦めずに追いかけるうちに、いつの間にか道の終わりにまで来ていた。
チョウチョがひときわ高く舞い上がる。私はそれを追って近くの馬車の荷台に飛び乗った。荷台には木箱がたくさん積み上げられていて、うちひとつはフタが開いて空っぽだった。私はよりによってそこにすっぽり入ってしまったんだ。
「にゃっ!?」
直後に人間の男の人が来て、フタがかぶせられたのか、辺りは真っ暗になってしまった。
「み"ゃぁぁぁあああ! み"ゃああ!」
私は必死にフタを引っかいたけれども、聞こえにくいのか誰も来てくれない。外からはこんな話し声が聞こえた。
「おい、出荷分は積んだか」
「ああ。数は揃ってる」
「よし、んじゃ、出発だ」
馬にムチが当てられたのか、小さないななきが聞こえる。やがて荷台は馬車に合わせて、私を乗せたまま走り出した。
――どうしよう!
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