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第二話「空と海と嘘とキス」
041.はじめての青い海(2)
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クルトは濡れ猫になった私を摘まんで、波止場から道一本向こうにある、お魚の看板の酒場へと連れていった。
お昼時の今はご飯を出しているみたいで、テーブル席やカウンター席には船員さんが座っている。みんな腕に碇マークのイレズミを入れていて、スープの入ったお皿を前に置いていた。
むっ、ヴェンディスの名物料理は、ぎょかいるいのごった煮みたいだにゃ!
クルトは空いたテーブル席に腰を掛けた。私を隣席に荷物といっしょに置いてから、メニューとエールを持ってきた、お店のおじちゃんに声をかける。
「ああ、すまない。タオルを借りていいか?」
おじちゃんはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。
「この手ぬぐいで良ければどうぞ。おろしたてでまだきれいだから」
「ありがとう。料金に入れておいてくれ」
「あいにくうちは酒と料理でしか金は取らないんでね!」
さっそくクルトが拭いてくれるけれども、やっぱりべたべたしてしょっぱい! 私は身体をうんと捻じって、背中と首筋を必死に舐めた。
「ルナ、拭いてやるから、舐めるんじゃない。塩の取り過ぎで病気になるぞ」
『だって気持ち悪いんだもん』
「仕方がない。宿屋に行ったら風呂に入るか」
お風呂と聞いてにゃっと毛を逆立てて飛び上がる。
『ぜったいにいやにゃぁあ!』
「うん、いい機会だな。もうだいぶ長く洗ってなかったしな」
『やーだー!』
クルトは私をひょいと抱き上げ、膝に乗せて念入りに拭き始めた。私はころんとひっくり返されて、お腹を丸見えにされてしまう。
か、身体が勝手に伸びちゃうよ。クルトは私が気持ちのいいところを、みんな知っているんだもん。こんなのずるいにゃあ……。
ふにゃふにゃとなる私を手ぬぐいでマッサージしながら、クルトは久しぶりに声を上げて笑った。
「二年前はこんなふうに楽しくなるなんて思わなかったな」
――楽しい?
私はクルトの青空色の目を見あげる。
「誰かといるとこんなに楽しいんだな」
そう、私が来るまでクルトはひとりで旅をしていた。どうしてひとりで家族がいないのか、どうして友だちを作ろうとしないのか、どうしてひとところに留まらず、街から街へと旅をするのか、私はクルトのことを何も知らない。
私の知らないクルトの十八年間はどんなものだったんだろう。いったいどんなふうに過ごしていたんだろう? 私が聞いたらクルトは教えてくれるんだろうか?
私がだまり込んだのが珍しいのか、クルトが手を止めて首をかしげる。
「ルナ、どうしたんだ?」
ところがそこにまたおじちゃんがやって来た。おじちゃんは「さーびす」だと言って、私に小魚の干物を二匹くれた。
「お一人と一匹さん、注文は決まったかい。そっちのケット・シーには、ちゃんと塩抜きのメニューもあるよ」
クルトは私を膝から下ろして答える。
「皆の食べてるスープを一杯と、お勧めの焼き魚を一匹。味付けはなしにしてくれるか」
「はいはい。取り皿もいるかい?」
「ああ、頼む。それと、この街の冒険者ギルドはどこだろうか? 中心街にはなかったのだが……」
おじちゃんは身をひるがえすと、反対側へと歩いていって、後ろの壁をとんとんと叩いた。そこにはコルクのボードがあって、小さな紙がたくさん貼り付けられている。
「これはぜーんぶ求人票さ。やりたい仕事があれば俺に言ってくれ」
クルトと私は思わず顔を見合わせた。
「お聞きの通りここはできて五年の街だから、まだ冒険者ギルドの支店がないんだよ。来年には来るそうだけど、それまではうちが代理店になっているのさ」
「そうだったのか……」
どうりでとクルトがつぶやいている。
「この辺りは貿易船の用心棒求むってのが多いよ。割り当てられた海軍の分隊だけじゃ間に合わないのさ。小型のクラーケンやシーサーペントが結構出るからね。最近は海賊も活発になって困ったもんさ」
『海賊!?』
「ああ、貿易船を略奪するんだ。人質を取って身代金を要求することもある。海賊対策の用心棒は、大人数で雇い入れることが多いね」
「そうか。パーティーより、そちらのほうが都合がいいな。目立ちにくい」
クルトは席から立ち上がると、求人票をぜんぶ吟味して、右の端っこにある一枚を取った。
「二十五ゴールド……よし、この依頼にしよう」
この時何気なく決めた依頼で、まさか「あんなこと」になるなんて、この時にはわかるはずもなかったんだ。
お昼時の今はご飯を出しているみたいで、テーブル席やカウンター席には船員さんが座っている。みんな腕に碇マークのイレズミを入れていて、スープの入ったお皿を前に置いていた。
むっ、ヴェンディスの名物料理は、ぎょかいるいのごった煮みたいだにゃ!
クルトは空いたテーブル席に腰を掛けた。私を隣席に荷物といっしょに置いてから、メニューとエールを持ってきた、お店のおじちゃんに声をかける。
「ああ、すまない。タオルを借りていいか?」
おじちゃんはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。
「この手ぬぐいで良ければどうぞ。おろしたてでまだきれいだから」
「ありがとう。料金に入れておいてくれ」
「あいにくうちは酒と料理でしか金は取らないんでね!」
さっそくクルトが拭いてくれるけれども、やっぱりべたべたしてしょっぱい! 私は身体をうんと捻じって、背中と首筋を必死に舐めた。
「ルナ、拭いてやるから、舐めるんじゃない。塩の取り過ぎで病気になるぞ」
『だって気持ち悪いんだもん』
「仕方がない。宿屋に行ったら風呂に入るか」
お風呂と聞いてにゃっと毛を逆立てて飛び上がる。
『ぜったいにいやにゃぁあ!』
「うん、いい機会だな。もうだいぶ長く洗ってなかったしな」
『やーだー!』
クルトは私をひょいと抱き上げ、膝に乗せて念入りに拭き始めた。私はころんとひっくり返されて、お腹を丸見えにされてしまう。
か、身体が勝手に伸びちゃうよ。クルトは私が気持ちのいいところを、みんな知っているんだもん。こんなのずるいにゃあ……。
ふにゃふにゃとなる私を手ぬぐいでマッサージしながら、クルトは久しぶりに声を上げて笑った。
「二年前はこんなふうに楽しくなるなんて思わなかったな」
――楽しい?
私はクルトの青空色の目を見あげる。
「誰かといるとこんなに楽しいんだな」
そう、私が来るまでクルトはひとりで旅をしていた。どうしてひとりで家族がいないのか、どうして友だちを作ろうとしないのか、どうしてひとところに留まらず、街から街へと旅をするのか、私はクルトのことを何も知らない。
私の知らないクルトの十八年間はどんなものだったんだろう。いったいどんなふうに過ごしていたんだろう? 私が聞いたらクルトは教えてくれるんだろうか?
私がだまり込んだのが珍しいのか、クルトが手を止めて首をかしげる。
「ルナ、どうしたんだ?」
ところがそこにまたおじちゃんがやって来た。おじちゃんは「さーびす」だと言って、私に小魚の干物を二匹くれた。
「お一人と一匹さん、注文は決まったかい。そっちのケット・シーには、ちゃんと塩抜きのメニューもあるよ」
クルトは私を膝から下ろして答える。
「皆の食べてるスープを一杯と、お勧めの焼き魚を一匹。味付けはなしにしてくれるか」
「はいはい。取り皿もいるかい?」
「ああ、頼む。それと、この街の冒険者ギルドはどこだろうか? 中心街にはなかったのだが……」
おじちゃんは身をひるがえすと、反対側へと歩いていって、後ろの壁をとんとんと叩いた。そこにはコルクのボードがあって、小さな紙がたくさん貼り付けられている。
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クルトと私は思わず顔を見合わせた。
「お聞きの通りここはできて五年の街だから、まだ冒険者ギルドの支店がないんだよ。来年には来るそうだけど、それまではうちが代理店になっているのさ」
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「二十五ゴールド……よし、この依頼にしよう」
この時何気なく決めた依頼で、まさか「あんなこと」になるなんて、この時にはわかるはずもなかったんだ。
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