三年後の聖女

東 万里央(あずま まりお)

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第2章.今現在の聖女

11.聖女は戸惑う

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 わたしはその日イライラとしてしまい、大股で帰り道を歩いていた。山田さんが退職届けを出してしまったからだ。彼氏が海外に転勤することになり、結婚しついていくのだと言う。ようやく仕事ができるようになり、本人にも自信が出てきたころだった。なのに、彼女はあっさりキャリアを捨てると言ったのだ。

『主任、急な話でほんとうに申し訳ありません』

 山田さんはわたしに深々と頭を下げて謝った。

『でも、ここで決めなきゃ一生後悔すると思うんです』

 わたしは雲に覆われた暗い帰り道を歩き、横断歩道の前で立ち止まった。わたしはバッグの持ち手を握り締めながら、ぼんやりと目の前を過ぎる車を眺める。

 山田さんがひどく妬ましく羨ましい。だから、心が乱れているのだと分かる。途中で辞められるからではない。

 どうしてあの子はあれだけ真っ直ぐな目ができるのだろう。どうして恋人を信じることができるのだろう。どうしてその胸に飛び込んでいけるのだろう。

 わたしには山田さんの強さが眩しかった。人を信じられない自分の弱さが悲しかった。そう、本当は分かっていたのだと思う。わたしはカレンドールでの二年半で、フェレイドを愛していたのだ。なのに、自分の過去とトラウマばかりを見つめて、その気持ちから目を背け続けてきた。体は否が応でも逞しくはなったが、心の弱さは昔から変わっていない。

「……魔王とは戦えたのにね」

 ぽつりと呟き妙におかしくなり笑ってしまう。わたしの心はどこまでもちぐはぐだ。

 わたしは溜め息を吐くと信号を見上げる。信号はちょうど赤になったところであり、しばらく待たなければならなかった。今日は早く帰って眠ってしまおうと思う。このやるせない思いは眠りでしか癒せない。

 ところが信号がようやく青になり、一歩を踏み出そうとした時のことだった。

「……紗綾」

 ざらりとした声が背を撫で、気味の悪さに振り返る。後ろにスーツを着た結城さんが立っていた。わたしの勤め先と結城さんの会社には距離がある。今日はメンテナンスの予定日でもないはずだ。

 まさか、会社からつけてきたの?

 一気に恐怖という警戒感が増し、わたしはバッグを抱え直した。

「……何の用ですか?」

 結城さんは苦笑し頭を掻いた。

「何でそんな喧嘩腰なわけ? せっかく人が会いに来たのにさ。お前可愛くなくなったよなあ」

「……」

 赤の他人に可愛く思われなくても結構だ。

 結城さんは「まあいいや」と肩を竦める。

「なあ、俺たち、やり直さないか?」

「やり直す?」

「俺、今誰とも付き合ってないし、お前もそうだって聞いた。お互いにもう大人なんだし、意地張っても仕方なくないか?」

 わたしの困惑などどうでもいいのだろう。結城さんはひとり勝手に話を進めていく。

「あの頃はお互いにガキだったよな……。けど、今の俺とお前ならうまく行く気がするんだよ」

 お互いにガキだった?

 わたしは心が冷え静かになるのを感じた。姿勢を正すと結城さんに向き直る。
 
「結城さん、やり直すことはできません」

 わたしのはっきりとした拒絶に、結城さんが息を呑んだ。

「……んだよ。振ったこと、まだ根に持ってるのか?」

 根に持つも何もとわたしは苦笑するしかない。

「だって結城さん、わたし達は恋人ではなかったでしょう?」
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