2 / 2
第2話
しおりを挟む
ユージンに促され数百年前に建てられた古城を出る。
二人を見送る使用人は他には誰もいなかった。皇族は数多くの騎士に護衛され、召使いに傅かれるのが当然なのに。
ルーリーとユージンは落ち葉が散る森の中を歩いていく。その先には付近の寒村に暮らすの村人が利用する小さな教会があった。
ルーリーたちの暮らす古城と同じく忘れ去られたように閑散としている。数年前までは敬虔な老神父がいたのだが、亡くなってからなかなか新しい聖職者が派遣されない。誰もこんな寂しい土地に来たくはないのだろう。
ルーリーとユージンは裏手の墓地に回り込むと、その片隅にある墓石の前で立ち止まった。エウフェミアの名前と生没年以外は何も書かれていない簡素なものだ。白バラの花束を供えて祈りを捧げる。
ルーリーはエウフェミアが高貴な身分であることを知っていた。本来こんな寂しいところで孤独な眠りにつくはずではなかったのにと悲しくなる。皇族の先祖代々の墓所、あるいは壮麗な貴族の霊廟に埋葬されるはずだった。
ユージンの母エウフェミアは実は前皇帝の皇女だ。なのに、こんな辺境の地に追いやられたのは、すでに有力貴族の婚約者がいたのに裏切り、父親が誰とも知れぬ子を孕んだからだった。
一体誰の子なのかと問い詰められても、相手の男は秘密の恋人でもう死んだとしか言わない。その後月満ちて生まれたのがユージンだった。
皇族は金髪碧眼が多いのにユージンは紅毛銀目。正体不明の父親の血を色濃く受け継いでしまっていた。
娘にも自分にも似なかったユージンを前皇帝は孫だと認めなかった。朕には初めから皇女などいなかったのだと、エウフェミアの皇族籍を抹消し、辺境の廃墟となりかけた離宮に追放。
その後母子は前皇帝の最後の慈悲だった、死なない程度の仕送りでなんとか暮らしていた。
そして、ルーリーがそんな見捨てられた母子と出会い、侍女として仕えることになったのはまったくの偶然からだった。
ユージンによるとルーリーは今から六年前の冬の日、森で倒れて雪に埋もれていたのだという。くすんだ麦わら色の長い髪が解けて散らばり、粗末な服を身に纏ったその冷たい体は、痩せ細って今にも死にそうだったと。
エウフェミアはユージンに助けてあげてと懇願されたのもあって、ルーリーを古城に連れて戻り、意識が戻るまで看病を続けた。
ルーリーが目覚めたのは拾われてから三日後。幸い後遺症はなかったものの、自分の名前以外の記憶を失っていた。年の頃は十一、二歳頃だろうと思われたが、身元を証明するものは何も持っていない。
エウフェミアはルーリーを捨て子ではないかと考えた。この辺りの村では口減らしの習慣があり、子ども、特に女児を森に捨てることがあると聞いていたからだ。
ならば帰る家もあるまいと、エウフェミアはルーリーを城に置いてやることにした。ルーリーが負い目を感じないよう、自分たちの事情も打ち明け、捨てられた者同士助け合って生きていこうと。
ルーリーもそんなエウフェミアに恩を感じ、料理、洗濯、掃除、裁縫から庭仕事までなんでもこなした。もちろんユージンの子守りもだ。毎日のように遊び相手になってやった。
記憶を失う前は家をよく手伝っていたのか、要領よくなんでもできるので、エウフェミアは「ルーリーは優秀な侍女ね」と喜んでくれた。
それから数年も経つと、三人は皇族と召使いというよりは、家族のような感覚になっていた。ルーリーは身分違いだとは理解しながらもエウフェミアを母、ユージンを弟さながらに大切に思っていた。ユージンもそう感じてくれていると嬉しいとも。
そんな温かい関係を築けていたので、三年前エウフェミアが病に倒れ、あっという間に弱って死んでしまった時には、実の母を亡くしたように悲しかった。
エウフェミアは今際の際にルーリーの手を取りこう遺言した。
『ルーリー、ユージンをよろしくね。あの子にとってあなたはたった一人の家族だから……』
ルーリーはエウフェミアのためにもユージンが望む限りはそばにいるつもりだった。恋愛だの結婚だのの自身の幸福などよりも、エウフェミアの忘れ形見のユージンの方ずっとが大切だったのだ。
ユージンとルーリーは墓参りを終えると、再び元来た森の中の道を戻っていった。足元の落ち葉がサクサクと音を立てる。
不意にユージンが立ち止まる。背後に控えていたルーリーもそれに合わせた。
「ユージン様、どうしました?」
「六年前俺がルーリーを見つけたのはこの辺りだったんだ」
足元に細めた目を落とす。
「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます。ユージン様がいなければ死んでいました」
結局今でもルーリーの身元はわかっていない。誕生日はユージンに発見された日に、年齢は当時十一歳だったということにしてある。
「……」
ユージンがそれきり黙り込んでしまったので、ルーリーは一体どうしたのだと首を傾げた。
やはり朝から様子がおかしい。
何があったのかと聞こうとしたところで、ユージンがいきなり振り返ったので目を瞬かせる。シルバーグレーの瞳に瞬く強い意志の光は、ルーリーがドキリとするほど真摯だった。
更に続けて言われたセリフに度肝を抜かれる。
「十二歳になったら言おうと決めていた。俺と結婚してほしいんだ」
「……今なんて?」
青天の霹靂どころではなかった。
二人を見送る使用人は他には誰もいなかった。皇族は数多くの騎士に護衛され、召使いに傅かれるのが当然なのに。
ルーリーとユージンは落ち葉が散る森の中を歩いていく。その先には付近の寒村に暮らすの村人が利用する小さな教会があった。
ルーリーたちの暮らす古城と同じく忘れ去られたように閑散としている。数年前までは敬虔な老神父がいたのだが、亡くなってからなかなか新しい聖職者が派遣されない。誰もこんな寂しい土地に来たくはないのだろう。
ルーリーとユージンは裏手の墓地に回り込むと、その片隅にある墓石の前で立ち止まった。エウフェミアの名前と生没年以外は何も書かれていない簡素なものだ。白バラの花束を供えて祈りを捧げる。
ルーリーはエウフェミアが高貴な身分であることを知っていた。本来こんな寂しいところで孤独な眠りにつくはずではなかったのにと悲しくなる。皇族の先祖代々の墓所、あるいは壮麗な貴族の霊廟に埋葬されるはずだった。
ユージンの母エウフェミアは実は前皇帝の皇女だ。なのに、こんな辺境の地に追いやられたのは、すでに有力貴族の婚約者がいたのに裏切り、父親が誰とも知れぬ子を孕んだからだった。
一体誰の子なのかと問い詰められても、相手の男は秘密の恋人でもう死んだとしか言わない。その後月満ちて生まれたのがユージンだった。
皇族は金髪碧眼が多いのにユージンは紅毛銀目。正体不明の父親の血を色濃く受け継いでしまっていた。
娘にも自分にも似なかったユージンを前皇帝は孫だと認めなかった。朕には初めから皇女などいなかったのだと、エウフェミアの皇族籍を抹消し、辺境の廃墟となりかけた離宮に追放。
その後母子は前皇帝の最後の慈悲だった、死なない程度の仕送りでなんとか暮らしていた。
そして、ルーリーがそんな見捨てられた母子と出会い、侍女として仕えることになったのはまったくの偶然からだった。
ユージンによるとルーリーは今から六年前の冬の日、森で倒れて雪に埋もれていたのだという。くすんだ麦わら色の長い髪が解けて散らばり、粗末な服を身に纏ったその冷たい体は、痩せ細って今にも死にそうだったと。
エウフェミアはユージンに助けてあげてと懇願されたのもあって、ルーリーを古城に連れて戻り、意識が戻るまで看病を続けた。
ルーリーが目覚めたのは拾われてから三日後。幸い後遺症はなかったものの、自分の名前以外の記憶を失っていた。年の頃は十一、二歳頃だろうと思われたが、身元を証明するものは何も持っていない。
エウフェミアはルーリーを捨て子ではないかと考えた。この辺りの村では口減らしの習慣があり、子ども、特に女児を森に捨てることがあると聞いていたからだ。
ならば帰る家もあるまいと、エウフェミアはルーリーを城に置いてやることにした。ルーリーが負い目を感じないよう、自分たちの事情も打ち明け、捨てられた者同士助け合って生きていこうと。
ルーリーもそんなエウフェミアに恩を感じ、料理、洗濯、掃除、裁縫から庭仕事までなんでもこなした。もちろんユージンの子守りもだ。毎日のように遊び相手になってやった。
記憶を失う前は家をよく手伝っていたのか、要領よくなんでもできるので、エウフェミアは「ルーリーは優秀な侍女ね」と喜んでくれた。
それから数年も経つと、三人は皇族と召使いというよりは、家族のような感覚になっていた。ルーリーは身分違いだとは理解しながらもエウフェミアを母、ユージンを弟さながらに大切に思っていた。ユージンもそう感じてくれていると嬉しいとも。
そんな温かい関係を築けていたので、三年前エウフェミアが病に倒れ、あっという間に弱って死んでしまった時には、実の母を亡くしたように悲しかった。
エウフェミアは今際の際にルーリーの手を取りこう遺言した。
『ルーリー、ユージンをよろしくね。あの子にとってあなたはたった一人の家族だから……』
ルーリーはエウフェミアのためにもユージンが望む限りはそばにいるつもりだった。恋愛だの結婚だのの自身の幸福などよりも、エウフェミアの忘れ形見のユージンの方ずっとが大切だったのだ。
ユージンとルーリーは墓参りを終えると、再び元来た森の中の道を戻っていった。足元の落ち葉がサクサクと音を立てる。
不意にユージンが立ち止まる。背後に控えていたルーリーもそれに合わせた。
「ユージン様、どうしました?」
「六年前俺がルーリーを見つけたのはこの辺りだったんだ」
足元に細めた目を落とす。
「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます。ユージン様がいなければ死んでいました」
結局今でもルーリーの身元はわかっていない。誕生日はユージンに発見された日に、年齢は当時十一歳だったということにしてある。
「……」
ユージンがそれきり黙り込んでしまったので、ルーリーは一体どうしたのだと首を傾げた。
やはり朝から様子がおかしい。
何があったのかと聞こうとしたところで、ユージンがいきなり振り返ったので目を瞬かせる。シルバーグレーの瞳に瞬く強い意志の光は、ルーリーがドキリとするほど真摯だった。
更に続けて言われたセリフに度肝を抜かれる。
「十二歳になったら言おうと決めていた。俺と結婚してほしいんだ」
「……今なんて?」
青天の霹靂どころではなかった。
50
お気に入りに追加
68
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり

美醜の狂った世界で私は
猫崎ルナ
恋愛
容姿が平安美人な私が異世界転移。私の人生は終わってしまったと絶望したのも束の間、なんとその世界は美醜が狂った世界だった!キラッキラのイケメンが私に愛を囁いてくる!嬉しいけれど怖い!怖いけど嬉しい!
そして私はこの世界の食事を楽しむ。
⚠︎展開は遅めです、ふんわりお読みください…。
恋愛らしくなるのは3章からになります

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!
家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……?
多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる