163 / 207
未来へ
161.新しい環境
しおりを挟む細い指先の先まで、締め付けない程度の強さで布を巻きつける。白い布にはすぐさま内側から濃緑が滲み、斑になった。
「……はあ…」
日が暮れ、ようやく一連の作業を終えた彼は、気の抜けた呼気を吐いて床に座り込んだ。その目前には、ぐったりと四肢を投げ出している小さな体がある。頭から足の先までところどころ濃緑の滲む布が巻きつけてあり、舶来物に詳しい人物などが見ようものなら、木乃伊だと騒いだろうと思えるほどだった。
だがしかし、それでも拾った当初よりは相当に見られるようになった。少なくとも人間だとわかるようになったし、呼吸も大分整っている。呼吸の妨げにならないようにと巻かれた布の隙間から静かに息を吐き出し、また静かに吸い込んでいる小さな隙間に瓢箪から汲んだ水を雫一粒ほどずつ与え、十滴ほど飲ませたあと、華奢な身体に静かに薄い布団をかけてやる。やはり傷に響き、びくりと斑に濃緑な木乃伊は震えたが、それも一瞬のことだった。
やがてもせずに微かな寝息が聞こえる。乱れも殆どなく、途切れそうな気配もない。ほうと息を吐いて安堵した彼は、座り込んだまま、そろりと視線を木乃伊の下腹部に向け、それからなにかを振り払うように首を振った。
脳裏には、酷い火傷に覆われながらも確認できた、木乃伊の秘処が浮かんでしまう。疚しい下心があったわけでなく、純粋に薬を塗りつけるためだけに触れてしまっただけだ。しかしそれすら彼には溜息を吐いてしまうほどに緊張してしまうことだった。
焼け爛れ、元の顔かたちはもちろん性別すら危うかった布の塊は、驚いたことに股の間に二つの性があった。辛うじて火傷が軽かった男性の証にもと薬液を塗りたくって布を当てていると、ふと触れてしまった指で気付いたのだ。守られるようにひっそりとあった花莟は稚く、焦土に咲いた花のようだった。幸いにも火傷はない様子だったが、万が一があってはと薬液を布ですくって塗り、そのまま布を当ててある。それ以上は、触れることもなかった。
「…ぅ、ァ…」
ふと、木乃伊が声をあげた。見ると、僅かに腕が動いて、元あった場所からずれていた。人間は昏睡しているときは動かないが、睡眠時には無意識に動くように出来ている。腕が動いたということは昏倒ではなく、少なくとも眠りに浸っていることだ。それならば、ひとまずは安心できる。
包帯の隙間からぼさぼさと突き出ている、燃えずに残った少量の髪の先に少しだけ触れて、彼はそれからしばらく、木乃伊の焼けた口から零れる寝息を聞いていた。
0
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

もし、運命の番になれたのなら。
天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(α)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。
まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。
水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。
そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

オメガ転生。
桜
BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。
そして…………
気がつけば、男児の姿に…
双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね!
破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

しっかり者で、泣き虫で、甘えん坊のユメ。
西友
BL
こぼれ話し、完結です。
ありがとうございました!
母子家庭で育った璃空(りく)は、年の離れた弟の面倒も見る、しっかり者。
でも、恋人の優斗(ゆうと)の前では、甘えん坊になってしまう。でも、いつまでもこんな幸せな日は続かないと、いつか終わる日が来ると、いつも心の片隅で覚悟はしていた。
だがいざ失ってみると、その辛さ、哀しみは想像を絶するもので……

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる