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78.はちゃめちゃな認識

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 私の質問に、オリヴィアは口元に人差し指を当て考え込んだ。

「どうだったかしら?」

「幼女とは書いてなかったと思いますよ」
 ラウルが横から口をはさんだ。

「確か、その子はとても純真で、とにかく可愛らしいと書いてあったはずです」

 アナベルったら。なんだか照れくらいけど、照れてる場合ではない。それがなんだって幼女になったのよ!

 しばらく考えていたオリヴィアが、ポンっと手をうった。

「そうそう、思い出したわ。たしか王宮内はウィルバート兄様がロリコンだっていう噂で盛り上がってるって書いてあったのよ」

 オリヴィアは、あの完璧ぶっているウィルバート兄様がロリコン!? っとかなりの衝撃を受けたらしい。

「でも一応兄様は王太子でしょ。ロリコンだなんて言うのは噂でも失礼だと思うのよ。だから幼女好きって呼んでるの」

 いやいや、配慮の仕方おかしいでしょ……

 一人複雑な思いを抱える私のそばで、オリヴィア達3人はまだアリスの話題で盛り上がっている。

「アナベルはアリスって女が純真だって言ってたけど、大嘘だったわね」

「純真な子は賊をけしかけて、ライバルを襲わせたりしないでしょうからね」

「俺はそれくらいガツガツした女の方が面白いけどな」

 この3人の中では、ウィルの恋人は「異世界から来たアリスという名前の、ライバルを襲わせる幼女」という認識なのだ。ここまでめちゃくちゃな認識だと、もう笑うしかない。

 いつか私がアリスだと分かった時、この人達はどんな反応をするんだろ……
 私がその幼女だって分かったら、きっとものすごく驚くでしょうね。ウィルがロリコンじゃなくてがっかりするかしら? 

 ウィルバートの恋人についてまだまだ語りつくせない様子のオリヴィア達を見ながら、早く私がアリスだと打ち明けられる日がくればいいのに……っと心から願った。


☆ ☆ ☆


 その日は朝から何かが違っていた。いつも私を起こしに来るオリヴィアは来ないし、マリベルは何だかバタバタしている。

「ねぇマリベル、今日は何かある日なの?」

「どうしてですか?」

「この服っていつもより楽な格好でしょ。だからどこかに行くのかなって思ったの」

「さすがアリー様。名推理です」

 マリベルってば、煽てるのが上手いんだから。こんなの推理って言えないわ。

 貴族社会に馴染むのには、まず衣服から始めるのが良いというレジーナ様の教えに従い、ここに来てから毎日必要以上にヒラヒラしたドレスを身につけるようにしている。

 もちろん靴もドレスにあう細くヒールの高いものなので、結構足にくる。それでも毎日ドレスアップしているうちに、ドレスとハイヒールでも苦痛なく生活できるようになってきたんだから、慣れってすごい。

 そんな生活をしてたのに、今日は急にぺたんこ靴とヒラヒラが少ないワンピースを着せられたんだから、何かあるのかと思うのが自然だ。

 用意が済み、行き先も知らされず外へと連れ出された私を待っていたのはラウルだった。

「あぁ、早かったですね」っと私を見て微笑んだラウルの美しいことといったら。思わず崇めたくなってしまう。

「じゃあ出発しましょうか」

 そう言ってラウルは私を軽々と持ち上げ馬に乗せると、自らも私の後ろに飛び乗った。

 一体どうなってるの?
 背中にラウルの体温を感じ言葉が出ない。
 私の不安を感じとったのだろう、ラウルが安心させるような優しい声で囁きかける。

「あなたは一人で馬に乗れないと聞きましたから」

 美しい姿は見えなくても、ラウルの声だけで天に昇ってしまいそうだ。

「アリー様、私達も後ろからついて行きますので」

 馬上の私に向かって説明するマリベルの指差す方を見ると、慌ただしく馬車の準備がされていた。

「マリベルが馬車なら私も一緒に馬車に……わっ」
 言い終えるより前に馬が歩き始めた。途端に速度があがり、かくんと体が揺れる。

「きゃっ」
 すっと伸びてきたラウルの手が、傾いた私の体を支えた。

「落ちないよう気をつけてくださいね」
「は、はい……」

 急に抱きしめられたからびっくりしちゃった。
さっきよりも密着度が増したせいで、緊張で身動きがとれない。腰に回されたラウルの腕の感覚に意識が集中してしまう。

 あぁ、こんなことならもっと厚着をしてくればよかった。今日みたいな服装じゃ、私のお腹周りの肉のつき具合が、ラウルにはっきりと分かってしまう。

 この世界に来てから美味しいものをたっぷり食べているせいで、私のぜい肉はかなり立派に成長している。普段はアナベルオススメの補正下着で隠しているけれど、そろそろそれも限界に近くなってきていた。

 それにしても、馬のスピード早くない?
 ラウルは穏やかな見た目に似合わず意外にもスピード狂のようだ。これではせっかくの外出を楽しむどころか、息を吸うのも苦しいくらいだ。

 10分くらい走っただろうか、ラウルは湖のほとりで馬をとめた。

 目の前に広がるコバルトブルーの湖は対岸が見えないほど大きく、春の明るい陽気を浴びキラキラと輝いている。

「素敵な所ですね」
 湖に見入っている私を見て、ラウルは小さく笑い私を馬から下ろした。

「気に入ってくれましたか?」
「はい、とっても」

 湖から吹く涼しい風にのって、土のような草のような明るい春の香りが漂ってくる。

 マリベル達の馬車が到着したのは、私達が到着してから20分以上も後だった。草原を突っ切り走って来た私達とは違う、舗装された道を来たため時間がかかったらしい。

 マリベルのひいたピクニックシートの上に座り、用意された温かいお茶を飲む。
 こんなに至れり尽くせりでいいのかしらっと思いながら用意されたお菓子に手を伸ばした。

 私がのんきにティータイムを楽しんでいる間に、湖には小舟が用意されていた。一体こんな重そうなものをどうやって運んで来たのだろうかと疑問に思いながらも、促されるままラウルと共に乗り込んだ。

「ではお気をつけて」

 えっ? マリベル達は乗らないの?

 マリベルや従者達が岸で頭を下げるのを見て、小舟には私とラウルだけだということに気づいた。

 あれぇっと思うままに舟は湖の真ん中に向かって動き出した。が、これまた馬の時と同じく、舟のスピードも思っていたより速い。どうしてこんな優雅な漕ぎ方でこれだけのスピードが出るのか不思議で仕方ない。

 舟からの景色の流れを楽しむ間もなく、あっという間に湖の真ん中についてしまった。ラウルがオールを持つ手をとめると、小舟はスピードを落として止まった。

 オールから手を離したラウルが前髪をサイドによける。銀色の髪の毛は陽の光に当たり、いつも以上に輝いて見えた。

 いつもは肩にかかっているサラサラの髪の毛を、今日は簡単に一つに縛っているせいで首元が露わになっている。中性的だと思っていたラウルの、思いの外逞しい首筋に思わず目が釘付けになってしまう。

 男の人が女性のうなじが好きって気持ちが分かる気がする。これがフェロモンってやつかと思うような何かが、ラウルのうなじから流れ出ている。

「どうかしましたか?」

 ラウルに言われて、私が口をポカンとあけたままラウルに見惚れていた事に気がついた。

「な、なんでもありません」

 慌てて目を逸らしたけど、きっとラウルには私の気持ちなんてお見通しだろう。その証拠に、ラウルは口元に手を当て、おかしそうに笑っている。

 ただでさえラウルと二人きりで落ちつかないのに、恥ずかしさも加わって非常に居心地が悪い。雰囲気を変えたくて、とりあえず口を開いた。

「そ、そういえば、今日はオリヴィア様達はいないんですね」

 考えてみたら、ラウルと私が二人きりで小舟に乗ってるなんておかしな話だ。いや、そもそもラウルとピクニックに来ている事自体おかしな話かもしれない。

「あなたと二人きりになりたかったので、置いてきてしまいました」
 そう言ってラウルは意味ありげに笑った。

 って、えぇ? 
 二人きりになりたいって、どういう事?
 ラウルの言葉の意味がすぐには分からず、頭をフル回転させる。

 普通に考えて、二人きりになりたいと言われたら相手が自分に興味とか好意があるって思うわよね?

 でも相手はラウルだ。いくら私が恋愛至上主義のアナベルに毒されていても、ラウルが私に興味があるなんて勘違いをするわけがない。ということは、人には聞かれたくない話をするためということか。

 人に聞かれたくない話……ラウルが親しくもない私に相談なんてしないだろう。となると、可能性があるのは私に対するダメ出しか。

 そうだわ。きっと私にお説教するのに、オリヴィア様達の前だと可哀想だと思ったのよ。それで二人きりになりたかったのね。

「ねぇ、アリー……」

「はい。ダメ出しでもお説教でも、何でもおっしゃってください」

「ダメだし? えっと……何の話ですか?」
 不思議そうな顔で目をパチクリするラウルを見て、私も首を傾げる。

「……二人きりになりたいとおっしゃったので、てっきり何か言いにくい話があるのかと思ったんですが……違いましたか?」

「ダメ出しなんてありませんよ。私があなたと二人きりになりたいと思ったのは、あなたに興味があるからです」
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