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47.VS ボス令嬢

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「キャロライン、探しましたよ」

 にこやかな笑顔で近づいて来たのはサブリナ様だ。キャロラインに会わせたい人がいるらしく、ついて来いと言っている。

「でもわたくし、ウィルバート様からアリス様のことを任されていますので……」

 おそらくキャロラインは行きたくないのだろう。にっこりとした笑顔の下にはっきりとした拒絶が見えた。

「分かりました。ではその方をこちらへお連れしましょう」

 サブリナ様の声は優しかったが、決してノーと言わせない圧力を感じた。

「わかりました……」

 相変わらず女神の微笑みを浮かべたままのキャロラインが、諦めたように小さなため息をついた。

 会わせたい人って、おそらくお見合いのようなものだろう。どう考えても私はおじゃま虫だ。キャロラインには「ウィルバート様に頼まれていますので、わたくしから離れないでください」と言われたけれど、一人でも大丈夫だからとお断りさせてもらった。

 人目につかぬよう壁際に移動し、離れた場所からキャロラインの様子を窺う。キャロラインはちょうど一人の男性と挨拶を交わしているところだった。

 キャロラインの美しさと家柄なら縁談話が多くあっても不思議ではない。キャロラインは気乗りしない様子だったけれど、ここから見た感じ、男性はなかなかカッコよさそうだ。

 あんまりじろじろ見るのも失礼だろうとキャロラインから目を離し会場を見回した。ウィルバートは相変わらず令嬢達に囲まれ身動きがとれずにいる。この調子なら戻ってくるのはまだ先になりそうだ。その間私は私で夜会を楽しませてもらっちゃおう。人に関わらなければ、きっとボロも出ないはずだ。

 夜会の華やかな雰囲気を満喫していると、正面からやって来た三人組に声をかけられた。

 彼女達は私の事を頭のてっぺんから足の先までじろじろと観察している。っと、真ん中の女性がふっと小馬鹿にするように鼻で笑った。

「今宵はウィルバート様が異世界からの客人をパートナーとして連れていらっしゃるとお聞きして楽しみにしていましたの。でも残念ですわ……まさかこんなに貧相な方だったなんて……」

 はぁっとわざとらしくため息をついた女性に、本当ですわと両隣に立つ二人の令嬢が同調する。

 な、なんなのかしら、一体……
 突然現れていきなりけなされてしまった。あまりのことにぽかんとしてしまう。三人の様子からして、中央にいる一番派手な女性がボスで後は取り巻き的な感じだろう。

「ウィルバート様はお優しいのでおっしゃらないでしょうが、はっきり言ってあなたとウィルバート様とでは釣り合いませんわ」

 何これ、すっごく新鮮なんですけど!!
 この世界に来て、ルーカス以外に初対面からこんな冷たい言葉をかけられたのは初めてだ。

「な、なに笑ってるんですの?」
 私の反応が予想外だったのだろう。ボス令嬢が戸惑っている。

「いえ、おっしゃる通りです。わたしとウィルバート様とでは全く釣り合わないと思います」

 ウィルはこの国の王太子で、私はただの女子高生。身分だけでもかけはなれている。それに加えてウィルのあのかっこよさ。あの隣に私が相応しくないことくらい、私にだって分かっている。

 私の容姿を自己採点すると100点満点中50点前後だろうか。可もなく不可もなく、つまり平々凡々どこにでもいる目立たない女子高生ってことだ。

 まぁ今日はアナベル達が気合いをいれて着飾ってくれたおかげで70点くらいにはなってると思うけれど。それでもこの夜会に参加している令嬢のほぼ全員が私よりもはるかに美人だ。

 この感じの悪い令嬢達だって三人ともそれなりに美しい。特に真ん中のボスは彫りが深くてエキゾチックな美しさがある。

 だけど……なんであんな変な髪飾りしてるんだろ?

 彼女の大きな羽飾りは、彼女が動くたびにビョョンと大きく揺れている。虫の触覚のようなその髪飾りについつい目がいってしまう。

「あなた、それが分かっていてウィルバート様のパートナーになったんですの?」

 ボス令嬢の責めるような口調に合わせて、羽根飾りが大きくビョーンと揺れた。
 うっ。奇妙な動きが気になって、会話の内容が頭に入ってこない。

「聞いていらっしゃいますの?」

「えっと……ごめんなさい、もう一度おっしゃっていただけますか?」

 私の言葉に、ボスがあからさまにムッとする。

「ですから、あなたは自分がウィルバート様に相応しくないと分かっていながら今夜のパートナーになったのかとお聞きしてるんです」

「まぁ、そうなりますね」
 私の返答に三人が驚いたように目を丸くした。

「あなた、一体何を考えていらっしゃるの? あなたの評価が、パートナーであるウィルバート様の評価にもなるんですのよ。釣り合いがとれないと分かっているのなら、ご辞退するのが筋でしょう」

 まくしたてるように私を責める令嬢達の言葉は耳が痛い。

 一応辞退はしたんだけどな……

 そう言いたい気もしたが、来ると決めたのは私だ。私が本気で行かないと言えばウィルだって無理に連れてくるようなことはしなかったはずだ。

 さて、どう対処しましょうか。
 下手なことを言って余計怒らせてしまうと厄介だ。何も言えない私に三人は追い討ちをかける。

「ウィルバート様はわたくし達にとって大切なお方です。あなたのような見苦しい方と親しくなさってウィルバート様の品位が下がりでもしたら大変ですわ」

 ボス令嬢の言葉に両隣の令嬢がクスクスと笑った。

 み、見苦しいって……
 平凡とか地味とかだったら言われても仕方ないけど、見苦しいは言い過ぎじゃないかしら。特に今日はアナベル達が頑張って綺麗にしてくれたのに。アナベル達まで馬鹿にされたみたいでムカついてきた。

「お言葉ですけど、私が隣にいることでウィルバート様の品位がさがるとは思えません。ウィルバート様はあれだけ素敵なんですよ。隣に私がいたくらいで、あの素晴らしさが失われるわけないじゃないですか」

 ムカついていたせいもあり、一気にまくしたてた。私の反論が思ったより勢いがあったのだろう、三人の令嬢が一瞬ひるんだ。

「あなたねぇ……あっ、ウィルバートさまぁ!!」

 何かを言いかけたボス令嬢の声が急に高くなる。彼女達の視線の先に目を向けると、ウィルバートがこちらへ向かってきているところだった。

「アリス、待たせてすまなかったね。大丈夫だったかい?」

「はい、私は大丈夫なんですけど……」

 ウィルこそ大丈夫なのかしら? 
 ウィルの背後には若い女性が山ほどいて、ざわざわと騒がしい。

「ウィルバートさまぁ、お会いしたかったですぅ」

 ボス令嬢がやけに甘ったるい声を出す。

「やぁ、アドリエンヌ嬢。久しぶりだね」

 ふむ。ボス令嬢はアドリエンヌという名前なのね。

 二人のやりとりから察するに、アドリエンヌもウィルと同じ王立学園の生徒のようだ。きっとそれなりの名家の令嬢なのだろう。ウィルの周りには令嬢がたくさんいるのに、アドリエンヌを気にしてか誰も話しかけてこない。

「ウィルバート様が最近学園にいらっしゃらなくて、わたくしとっても寂しかったですぅ」

 体をクネクネさせるアドリエンヌの頭上で羽飾りがバサバサと揺れた。

 それにしても、アドリエンヌの態度の変わりようには驚きだ。私に対してあんなにも尊大だったのに、ウィルには甘えたように可愛く振る舞っている。声なんて、1オクターブ以上高くなっているんじゃないかしら。ここまであからさまな態度の変化を見せつけられたら、呆れるより感心してしまう。

「ウィルバートさまぁ、お願いがあるんですけどぉ……」

 アドリエンヌがぐいっとウィルに近づくと、ウィルはさりげなく後ろへ体をずらした。

「今夜最初のダンスはわたくしとお願いできませんかぁ?」

 両手を胸の前で合わせるお願いのポーズをしたアドリエンヌが上目遣いでウィルの見た。こう言ったら失礼かもしれないが、こういう可愛らしいポーズはアドリエンヌには似合わない。

 アドリエンヌは可愛らしいというよりは迫力のある美人だ。上目遣いよりも、命令口調の方が似合っている。

「アドリエンヌ嬢、申し訳ないがあなたとダンスはできないよ。今夜のわたしのパートナーはアリスだからね」
 そう言って、ウィルが私に微笑みかけた。

 ルーカスから読むよう指示された本には、この国では舞踏会や夜会にはパートナーを伴って参加するのが普通だと書いてあった。ダンスをする場合は、まずそのパートナーと踊らなければならない。パートナー以外と踊りたい場合は、パートナーとのダンス後、パートナーの許可をとってからになるらしい。

 ウィルバートの場合は、まず私と踊ってから、私が許可すれば他の令嬢とも踊れるというわけだ。

 そう言えばダンスの練習をした事をウィルに伝えていなかった。私がなんとか踊れるようになったことを、ウィルはまだ知らないのだ。

 ウィルバートとアドリエンヌのやりとりをぼんやりと眺めながら、このまま秘密にして踊らずにすまそうか、それともせっかく練習したんだから踊ってみようかしら……なんてことを考える。

「パートナーの事は知ってますぅ。でもこんな冴えない方とファーストダンスだなんて。ここにはウィルバート様と踊りたいと思っている者もたくさんおりますのに……」

 ウィルの引き連れて来た令嬢達は、口には出さないけれど、アドリエンヌと同じような気持ちなのだろう。さりげなく頷いたり、期待に満ちたギラギラした目で事の成り行きを見つめている。

「わたしと踊りたいと思ってくれるのはありがたいけれど、わたしが踊りたいのはアリスだけだからね。皆の期待に応えることはできないよ」

 ウィルの言葉に胸がトクンと音を立てる。
 と同時に、令嬢達の怒りと憎しみがこもった視線をビシバシと感じた。

 こういった嫉妬の視線を浴びることはある程度想像していたが、これは想像以上だ。こんな鋭い視線に晒されながらウィルと踊るのは、思っていたより苦行かもしれない。

「……ではそろそろわたし達は失礼しよう。アリス、行こうか」

「あ、あのぅ。お待ちに……」

 アドリエンヌが引き止める声を無視し、ウィルは私の肩を抱いて歩き出した。
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