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29.デートの後で
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「殿下、これは一体どういうことですか?」
突然の大声によって私の妄想は破られ、現実世界に戻された。依然として私を抱きしめたままの状態でウィルが振り返る。
「どうしたんだい? そんな大きな声を出して」
声の主がルーカスである事だけは分かったが、私に見えている鏡の世界からは、ルーカスが一体何に叫んでいるのか全く分からない。
様子が見たくて振り返ろうとするも、ウィルの腕はがっちりと私を抱きしめたままでびくともしない。
「あぁ。届いたんだね」
そう言うと同時にウィルの腕がほどけた。
ほぅっと息をつき振り返ると、部屋に大量の荷物が運び込まれているところだった。
「本棚はアリスの寝室へ。箱は積んだままで構わないから」
ウィルバートの指示を受け、使用人達が部屋へ台車を運びいれる。台車には段ボールが3箱のっていた。その段ボールの中は本でぎっちりだ。その数全部で67冊。
その67冊の本をどうするのか? ウィルと話し合った結果、全て私の寝室に運び入れることになった。私の寝室ならば限られた人しか入らないし、ウィルがこっそり読みに来ることもできるからだ。
使用人達が荷物を運び終え寝室から出るやいなや、「殿下、これはどういうことですか?」ルーカスが感情を抑えたような声で尋ねた。
きっとものすごく怒りたいのを我慢してるのだろう。口調だけではなく、表情にも感情が表れていない。
「どういうこととは?」
ウィルは段ボールの中身を確認しながら返事をした。
「ですから、この荷物の事ですよ。本棚まで設置して……まさかと思いますが、箱の中全てが本というわけではありませんよね?」
「もちろん。全て恋愛小説だよ」
悪びれる様子もなく答えるウィルバートに、ルーカスは一瞬言葉を失った。
「本屋というのは非常に興味深い所だったよ」
「本屋!? 殿下は本屋なんかに行かれたんですか?」
ルーカスの厳しい声も、段ボールから本を取り出しているウィルには聞こえていないようだ。ウィルはホクホク顔で本を棚に並べ始めた。
その姿がまたルーカスにとっては腹立たしいようで、「王太子が本屋に行くなどあり得ない」だの、「恋愛小説を読んでいることがバレたらどうするんだ」などと説教は続いている。
自分の言葉があまりにもウィルに届かないことが腹立たしいのか、ルーカスの厳しい視線は私にも向けられる。そのじとっとした目に見つめられると、全て私のせいだと責められているようで心が痛い。
「そうそう。アナベルにお土産を買ってきたんだった」
ルーカス言葉を無視するかのように、ウィルバートは持っていた紙袋をアナベルへ渡した。そうなるともう真面目な話なんてできやしない。アナベルが感激して叫ぶ声に、ルーカスの声は全てかき消されてしまうのだから。
「私にお土産ですか!? ウィルバート様、ありがとうございます」
そう言ってアナベルが紙袋から取り出した本を見て、あれ? っと思う。
ウィルがお土産に買ったのってあの本だけじゃなかったの?
てっきり例の官能小説だけかと思っていたけれど、アナベルへの土産は、どうやら二冊あったようだ。
「『籠絡された客人』と『誘惑された王太子』ですか。どちらもそそられるタイトルですね」
アナベルがグフっという音を立てると同時に不安な気持ちになる。
「あ、あの……『誘惑された王太子』って、どんな話なんですか?」
どうかこの悪い予感が外れていますように。そう願いながら、アナベルがウラスジを読み上げるのを聞いて、絶望感に襲われた。
やっぱりね。もう一冊とタイトルがよく似てるから、そうだと思ったわよ。
『誘惑された王太子』は、私が想像した通り、異世界の客人と王太子の話のようだ。私とウィルバートを思い起こさせる設定だけでも嫌なのに、話の内容が刺激的だなんて嫌すぎる。
「もう、ウィルってば!! どうしてこんな本買うんですか?」
「カールに勧められたんだよ。面白そうだと思わないかい? わたし用にも買ったから、今夜一緒に読もう」
一緒に読もうって……アナベルの前でそんな事言って大丈夫なのかしら?
恋愛小説を読むのを秘密にしてるくらいなのに、こんな官能的なの読んでるなんて知られたらまずいんじゃないかと心配する私の目の端にルーカスがうつった。
頭が痛むのだろう。目を瞑りこめかみに指を当てているルーカスを見ていると少し気の毒な気もしてくる。もう怒る気力もないほどショックなのか、ルーカスはよろけるようにして部屋を出て行ってしまった。こうなるともう、ウィルバートとアナベルの口をふさぐ者はいない。
「カールは実にいい本を紹介してくれたよ。わたしがアリスに色仕掛けで迫られるなんて、素敵な話じゃないか」
いや、全然素敵じゃないですから!! っていうか、ウィルの頭の中ではすでに登場人物が私とウィルになってるの!?
「ウィルバート様、グフっとアリス、グフっ様のベッド……グフっを、かいまみれグフっ、るなんて……」
アナベルにいたっては、もうグフグフ言い過ぎで何言ってるかさっぱり分からない。
あぁ頭が痛くなってきた。
楽しかったデートが、なんともいえない終わり方になってしまったわ。
ルーカスと同じようにこめかみに中指をあて、痛む頭を軽く揉むように押さえた。
☆ ☆ ☆
あふっ。
起きたばかりだというのに、大きな欠伸が止まらない。そんな私を見てアナベルはクスリと笑った。
「昨夜は遅くまでお楽しみだったようですね」
アナベルったら、そういう意味ありげな言い方しかできないのかしら?
アナベルに対する微妙な感情を、眠気ざましのコーヒーと共に飲み込んだ。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーが寝不足でぼんやりとした脳にエネルギーを与えてくれる。
「そういうアナベルこそ、眠たそうな顔してるわよ」
アナベルも眠たいのだろう。欠伸こそしないものの、いつもより多く瞬きをしている。化粧がいつもより濃いのも、寝不足で化粧のりが悪かったに違いない。
「そうですね。昨夜は眠れませんでしたから」
アナベルが再びパチパチっと瞬きをした。
アナベルが寝不足な理由は聞かなくても分かっている。ウィルがお土産に買って来た本を読んでいたからだ。きっとこの話はここで終わらせてしまった方がいい。さもないと厄介な事になってしまう。
グフっ。
しまった。遅かったか……
話題を変える間もなく、アナベルの興奮の証である、あの奇怪な音が鳴り始めてしまった。
「ウィルバート様の選んでくださった本は最高ですね。読み始めたら面白すぎて、グフっ、やめられませんでした」
さすがはウィルバート様、選ぶ本まで素晴らしいとアナベルが大袈裟な程に褒めたたえる。きっと昨夜読んだ本の感想を言いたくてたまらないのだろう。目の前のアナベルはやけに瞳をキラキラさせている。
「アリス様とウィルバート様は、結局どちらの本をお読みになったんですか?」
どちらの本……とは、確認するまでもなく、ウィルが昨日お土産に買ってきた二冊の本の事だろう。
「私はですね、悩みに悩んでアリス様が飼い慣らされる方にしました。もう最高でしたよ。特に最後のシーンでアリス様が……」
「だから私じゃないってば!!」
耐えられなくてつい声が大きくなってしまった。もうお願いだから、私とウィルで勝手な妄想しないでもらいたい。自分で想像するのも恥ずかしくて発熱しちゃいそうなのに、アナベルの脳内でとか、考えただけで気を失ってしまいそうだ。
「確かに本に出てくる王太子はかっこよくて紳士で……ウィルっぽい感じだったわよ。でも異世界の客人の方は私とはまるっきり違ってたじゃない」
本のキャラクターとしての客人は、私の噂を聞いた誰かが書いた事は確かだろう。キャラクターはこの世界では珍しいと言われる黒髪と黒い瞳をしていた。
でも私と同じなのはそれだけだ。あとは全くと言っていいほど違っている。本の客人は、とにかくセクシーなのだ。妖艶と言ってもいいかもしれない。
私に妖艶って言葉が似合うと思う?
答えは誰に聞いてもノーだろう。私のこの平凡な顔立ちとメリハリのないボディでは、官能小説の主人公になれるはずがないんだから。
「その様子ですと、やはりアリス様も私と同じ本をお読みになったんですね」
うっ。アナベルが期待に満ちた視線で私を見ている。
「昨夜はウィルバート様と寝室で読書されてたんですよね? 本の内容が内容ですし、読書どころじゃなくなったんじゃありませんか?」
「た、確かにウィルと寝室で読書はしたわ。だ、だけど私はその本を読んでないし……べ、別にそ、そんな雰囲気とかにはならなかったわ」
「そうなんですか?」
アナベルがニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「その慌て方ですと……ウィルバート様に『せっかくだから本の内容を真似してみよう』のような事を言わ……」
「あーっ!!」
大きな声でアナベルの言葉を遮った。いきなり立ち上がった私にアナベルはびっくりしている。
「わ、私……ちょっと書庫に行かないといけないんだった」
「えっ!? アリス様?」
慌てて逃げるように部屋を飛び出した私の後ろでアナベルが何か言っているような気がしたが、恥ずかしい私は立ちどまることなく書庫に駆け込んだ。
突然の大声によって私の妄想は破られ、現実世界に戻された。依然として私を抱きしめたままの状態でウィルが振り返る。
「どうしたんだい? そんな大きな声を出して」
声の主がルーカスである事だけは分かったが、私に見えている鏡の世界からは、ルーカスが一体何に叫んでいるのか全く分からない。
様子が見たくて振り返ろうとするも、ウィルの腕はがっちりと私を抱きしめたままでびくともしない。
「あぁ。届いたんだね」
そう言うと同時にウィルの腕がほどけた。
ほぅっと息をつき振り返ると、部屋に大量の荷物が運び込まれているところだった。
「本棚はアリスの寝室へ。箱は積んだままで構わないから」
ウィルバートの指示を受け、使用人達が部屋へ台車を運びいれる。台車には段ボールが3箱のっていた。その段ボールの中は本でぎっちりだ。その数全部で67冊。
その67冊の本をどうするのか? ウィルと話し合った結果、全て私の寝室に運び入れることになった。私の寝室ならば限られた人しか入らないし、ウィルがこっそり読みに来ることもできるからだ。
使用人達が荷物を運び終え寝室から出るやいなや、「殿下、これはどういうことですか?」ルーカスが感情を抑えたような声で尋ねた。
きっとものすごく怒りたいのを我慢してるのだろう。口調だけではなく、表情にも感情が表れていない。
「どういうこととは?」
ウィルは段ボールの中身を確認しながら返事をした。
「ですから、この荷物の事ですよ。本棚まで設置して……まさかと思いますが、箱の中全てが本というわけではありませんよね?」
「もちろん。全て恋愛小説だよ」
悪びれる様子もなく答えるウィルバートに、ルーカスは一瞬言葉を失った。
「本屋というのは非常に興味深い所だったよ」
「本屋!? 殿下は本屋なんかに行かれたんですか?」
ルーカスの厳しい声も、段ボールから本を取り出しているウィルには聞こえていないようだ。ウィルはホクホク顔で本を棚に並べ始めた。
その姿がまたルーカスにとっては腹立たしいようで、「王太子が本屋に行くなどあり得ない」だの、「恋愛小説を読んでいることがバレたらどうするんだ」などと説教は続いている。
自分の言葉があまりにもウィルに届かないことが腹立たしいのか、ルーカスの厳しい視線は私にも向けられる。そのじとっとした目に見つめられると、全て私のせいだと責められているようで心が痛い。
「そうそう。アナベルにお土産を買ってきたんだった」
ルーカス言葉を無視するかのように、ウィルバートは持っていた紙袋をアナベルへ渡した。そうなるともう真面目な話なんてできやしない。アナベルが感激して叫ぶ声に、ルーカスの声は全てかき消されてしまうのだから。
「私にお土産ですか!? ウィルバート様、ありがとうございます」
そう言ってアナベルが紙袋から取り出した本を見て、あれ? っと思う。
ウィルがお土産に買ったのってあの本だけじゃなかったの?
てっきり例の官能小説だけかと思っていたけれど、アナベルへの土産は、どうやら二冊あったようだ。
「『籠絡された客人』と『誘惑された王太子』ですか。どちらもそそられるタイトルですね」
アナベルがグフっという音を立てると同時に不安な気持ちになる。
「あ、あの……『誘惑された王太子』って、どんな話なんですか?」
どうかこの悪い予感が外れていますように。そう願いながら、アナベルがウラスジを読み上げるのを聞いて、絶望感に襲われた。
やっぱりね。もう一冊とタイトルがよく似てるから、そうだと思ったわよ。
『誘惑された王太子』は、私が想像した通り、異世界の客人と王太子の話のようだ。私とウィルバートを思い起こさせる設定だけでも嫌なのに、話の内容が刺激的だなんて嫌すぎる。
「もう、ウィルってば!! どうしてこんな本買うんですか?」
「カールに勧められたんだよ。面白そうだと思わないかい? わたし用にも買ったから、今夜一緒に読もう」
一緒に読もうって……アナベルの前でそんな事言って大丈夫なのかしら?
恋愛小説を読むのを秘密にしてるくらいなのに、こんな官能的なの読んでるなんて知られたらまずいんじゃないかと心配する私の目の端にルーカスがうつった。
頭が痛むのだろう。目を瞑りこめかみに指を当てているルーカスを見ていると少し気の毒な気もしてくる。もう怒る気力もないほどショックなのか、ルーカスはよろけるようにして部屋を出て行ってしまった。こうなるともう、ウィルバートとアナベルの口をふさぐ者はいない。
「カールは実にいい本を紹介してくれたよ。わたしがアリスに色仕掛けで迫られるなんて、素敵な話じゃないか」
いや、全然素敵じゃないですから!! っていうか、ウィルの頭の中ではすでに登場人物が私とウィルになってるの!?
「ウィルバート様、グフっとアリス、グフっ様のベッド……グフっを、かいまみれグフっ、るなんて……」
アナベルにいたっては、もうグフグフ言い過ぎで何言ってるかさっぱり分からない。
あぁ頭が痛くなってきた。
楽しかったデートが、なんともいえない終わり方になってしまったわ。
ルーカスと同じようにこめかみに中指をあて、痛む頭を軽く揉むように押さえた。
☆ ☆ ☆
あふっ。
起きたばかりだというのに、大きな欠伸が止まらない。そんな私を見てアナベルはクスリと笑った。
「昨夜は遅くまでお楽しみだったようですね」
アナベルったら、そういう意味ありげな言い方しかできないのかしら?
アナベルに対する微妙な感情を、眠気ざましのコーヒーと共に飲み込んだ。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーが寝不足でぼんやりとした脳にエネルギーを与えてくれる。
「そういうアナベルこそ、眠たそうな顔してるわよ」
アナベルも眠たいのだろう。欠伸こそしないものの、いつもより多く瞬きをしている。化粧がいつもより濃いのも、寝不足で化粧のりが悪かったに違いない。
「そうですね。昨夜は眠れませんでしたから」
アナベルが再びパチパチっと瞬きをした。
アナベルが寝不足な理由は聞かなくても分かっている。ウィルがお土産に買って来た本を読んでいたからだ。きっとこの話はここで終わらせてしまった方がいい。さもないと厄介な事になってしまう。
グフっ。
しまった。遅かったか……
話題を変える間もなく、アナベルの興奮の証である、あの奇怪な音が鳴り始めてしまった。
「ウィルバート様の選んでくださった本は最高ですね。読み始めたら面白すぎて、グフっ、やめられませんでした」
さすがはウィルバート様、選ぶ本まで素晴らしいとアナベルが大袈裟な程に褒めたたえる。きっと昨夜読んだ本の感想を言いたくてたまらないのだろう。目の前のアナベルはやけに瞳をキラキラさせている。
「アリス様とウィルバート様は、結局どちらの本をお読みになったんですか?」
どちらの本……とは、確認するまでもなく、ウィルが昨日お土産に買ってきた二冊の本の事だろう。
「私はですね、悩みに悩んでアリス様が飼い慣らされる方にしました。もう最高でしたよ。特に最後のシーンでアリス様が……」
「だから私じゃないってば!!」
耐えられなくてつい声が大きくなってしまった。もうお願いだから、私とウィルで勝手な妄想しないでもらいたい。自分で想像するのも恥ずかしくて発熱しちゃいそうなのに、アナベルの脳内でとか、考えただけで気を失ってしまいそうだ。
「確かに本に出てくる王太子はかっこよくて紳士で……ウィルっぽい感じだったわよ。でも異世界の客人の方は私とはまるっきり違ってたじゃない」
本のキャラクターとしての客人は、私の噂を聞いた誰かが書いた事は確かだろう。キャラクターはこの世界では珍しいと言われる黒髪と黒い瞳をしていた。
でも私と同じなのはそれだけだ。あとは全くと言っていいほど違っている。本の客人は、とにかくセクシーなのだ。妖艶と言ってもいいかもしれない。
私に妖艶って言葉が似合うと思う?
答えは誰に聞いてもノーだろう。私のこの平凡な顔立ちとメリハリのないボディでは、官能小説の主人公になれるはずがないんだから。
「その様子ですと、やはりアリス様も私と同じ本をお読みになったんですね」
うっ。アナベルが期待に満ちた視線で私を見ている。
「昨夜はウィルバート様と寝室で読書されてたんですよね? 本の内容が内容ですし、読書どころじゃなくなったんじゃありませんか?」
「た、確かにウィルと寝室で読書はしたわ。だ、だけど私はその本を読んでないし……べ、別にそ、そんな雰囲気とかにはならなかったわ」
「そうなんですか?」
アナベルがニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「その慌て方ですと……ウィルバート様に『せっかくだから本の内容を真似してみよう』のような事を言わ……」
「あーっ!!」
大きな声でアナベルの言葉を遮った。いきなり立ち上がった私にアナベルはびっくりしている。
「わ、私……ちょっと書庫に行かないといけないんだった」
「えっ!? アリス様?」
慌てて逃げるように部屋を飛び出した私の後ろでアナベルが何か言っているような気がしたが、恥ずかしい私は立ちどまることなく書庫に駆け込んだ。
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