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54.サンドピーク

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 寒さの厳しい冬が終わり、美しい春がきた。私とエイデンの関係もこの温かな春の日のように穏やかだ。

 春にサンドピークに連れて行ってくれるという約束通り、大国会議に参加するエイデンは私を連れてフレイムジールを出発した。

「すごい。すごーい!! 砂漠の中にこんな立派な都市があるなんて信じられない」

 馬車に揺られながらサンドピークの城下町を通り抜ける。サンドピークまでの道のりはびっくりするほど長かったけど、初めて見る砂漠の広大さと砂の美しさによって疲れは吹き飛んでしまった。

「ほんっと、この国は暑いわね」

 外の景色に興奮する私の横で、ジョアンナは紫の綺麗な扇子を広げてひたすら扇いでいる。

「暑い暑いってうるせーな。だいたいなんでジョアンナが同じ馬車に乗ってんだ? ビビアン達と乗ればよかっただろ?」

「はぁ? 何でって退屈な長旅なんだし、あんた達の邪魔して遊びたいからに決まってんじゃない」

 エイデンがどんなに不愉快そうな顔をしても、ジョアンナは全く気にしないようだ。私がエイデンについてサンドピークに行くと知ったジョアンナは、自分も行くと言ってこの旅について来たのだ。もう一台の後ろの馬車には、ビビアンとマルコ達が乗っている。

 本当にジョアンナの言う通り暑いわね。今これだけ暑いって事は、夏になったら大変なんじゃないかしら?

 おそらく厳しい環境にあるだろうこの国が、これだけ発展しているなんてすごい事だ。

 サンドピーク城の迫力もすごい。要塞のような厳つい姿に思わず身震いしてしまう。入り口で固まってしまった私の背中をエイデンが優しく押した。

 出迎えてくれた王太子夫妻と笑顔で挨拶を交わすエイデンはいつも以上に堂々していてかっこいい。いつもの横柄さなんて全く感じさせず、威厳に満ちてるんだからさすがよね。

 その隣で挨拶をするジョアンナは……いつもと変わらない態度でなんだか安心してしまう。

「エイデンさまぁ」

 語尾にハートマークがついていそうな甘い声と共に駆け寄って来たのはクリスティーナだ。

「あっ!!」

 急ぎすぎたんだろうか? エイデンの前で足がもつれてふらついた。危ないっと思った瞬間、エイデンが手を伸ばしてクリスティーナの体を受けとめた。

「クリスティーナ何してるんだ!! エイデン様、申し訳ありません」

 クリスティーナがうっとり上目遣いでエイデンを見上げている横で、クリスティーナの兄であるロナウドが慌ててエイデンに頭をさげた。

「わたくしったら……エイデン様に会えて嬉しくてつい……申し訳ありません」

 頰をピンク色に染め、少し潤んだ瞳でエイデンを見つめるクリスティーナは、以前と変わらず美しい。

「レイナ、移動で疲れただろう? 少し休ませていただこうか?」

 クリスティーナの熱視線など全く気にすることもなくエイデンが私を振り返った。

「え、ええ」

 エイデンってば、こんなに魅力的なクリスティーナに抱きつかれて何も感じないの?

 クリスティーナがエイデンに抱きついたのにはムカついたけど、エイデンのあっさりしすぎの態度は素直に嬉しい。

 私が通された客室にはベッドルームが二部屋ついているので、ジョアンナと一部屋ずつ使うことになった。2つのベッドルームの間にあるリビングルームには、砂漠が見渡せる広いバルコニーもついている。部屋の内装も落ちついていて素敵だ。

「ほんっと、クリスティーナってあざとい女よね」

 リビングのゆったりとしたソファーに体を投げ出したジョアンナが毒を吐く。

「あー、ほんっとムカつく。エイデンもバカよ!! あんなわざとらしくよろけた女なんて、抱きとめずに転がしてやればよかったのに」

「ジョアンナ様、少し落ちついてくださいませ」

 ビビアンがジョアンナの大好物のピーナツロッククッキーを差し出した。嬉しそうにクッキーを手にとるジョアンナは完全にご機嫌だ。

 ジョアンナの自分の気持ちに素直に生きているところって素敵よね。一緒にいると、私もなんだか自由に生きられるような気がしてくる。

 ただジョアンナの甘党っぷりにはちょっとひいてしまう。甘いクッキーには甘い飲み物でしょっと、ミルクティーに入れた蜂蜜の量は尋常じゃない。それを美味しそうに飲んでるんだから、見てるだけでウヘーってなってしまう。

「レイナも我慢しなくていいのよ。私の男に色目使うなって言ってやりなさいよ」

 まぁ言ってやりたい気持ちが全くないわけじゃないけど、今はジョアンナがクリスティーナをあざといと思ってるって分かっただけでも嬉しいわ。

 クリスティーナには男性だけじゃなく女性も惹きつけてしまう魅力がある。レイクスターのジャスミンは、クリスティーナのためにエリザベスと手を組んで私を消そうとしていたくらいのクリスティーナ信奉者だ。

 そんなクリスティーナをあざといと思って警戒しているのが私だけじゃないことに、なんだかホッとした。

「別にいいんです。だってエイデンがクリスティーナ様に全く心動かされてないみたいなんで」

「そうね。エイデンもレオナルドもああいったあざとさには慣れてるからね……」

「どういう意味ですか?」

 ジョアンナの意味深な笑みがやけに気になる。
 慣れてるって、エイデン達の近くにあざとい人なんていたかしら?

 「そのうち分かるわよ」っというジョアンナの言葉の意味を私が理解するのは夜になってからだった。

「ジョアンナと同じ部屋で疲れないか?」

 歓迎の夜会へ向かう途中の廊下でエイデンが私に尋ねた。

「全然。とっても楽しいわ」

「ならいいが……」

「エイデンはカイルがいないから不便してるんじゃない?」

「マルコがいるから不便はないが、カイルの小言がないと張り合いがないな」

 今回はカイルがどうしてもフレイムジールから離れられないということで、代わりにマルコがエイデンの世話係として来ている。

 マルコは元々レオナルドの従者で、基本的にレオナルド命の人間だ。そのマルコがレオナルドと離れてサンドピークに来たんだからびっくりよ。しかも自分から一緒に行きたいと言ったらしい。

 マルコはサンドピークに何か用事があったのかしら? もしかして密かにクリスティーナ様のファンだったりして。

 そんなことを考えていると、エイデンが何か考えながら私を見つめていることに気づいた。

「どうしたの?」

「いや……マルコの話をしてて思ったんだが、お前とマルコは何となく似てるよな」

 え? どこが?
 顔立ちは全く違うし、性格だって似てる部分が思いつかない。

「どこというわけじゃないんだが……気のせいか?」

 言い出したエイデン自身がよく分からないのだから、私にどこが似ているのか分かるわけがない。

 エイデンやウィリアムほどじゃないにしろ、そこそこ男前なマルコに似てるんならまぁ悪い気はしないけど……

「ふぅ」

 廊下の終わりで気合いをいれるために息をついた。夜会が行われる広間にはすでに大勢の人が集まっている。

「何固まってんだ?」

 エイデンが笑いながら差し出した手に引かれるようにして広間に足を踏み入れた。

「こんな場なんて慣れてるだろ? 今更緊張してどうすんだ?」

 そりゃ確かに生誕祭などで何度かこういった場は経験してるけどね。今日はちょっと違う意味でも緊張してるのよ。

「エイデンのお母様に初めて会うんだもん。やっぱりドキドキしちゃうよ」

「そんなくだらない事で緊張してたのか?」

 やっぱりエイデンはお母様に色々思うことがあるのかしら? 

 くだらない事と言ったエイデンの顔はとても冷たかった。エイデンにとっては、母親と会うこと自体が喜ばしいことではないのかもしれない。

 だからと言って、私が緊張しない理由にはならない。仲が悪かろうが、再婚して国を出ていようが、エイデンを産んだ人にはかわりないんだから。

「エイデンの婚約者としては、絶対に認めてもらいたいもんね」

 あわよくば、ステキなお嫁さんね、とか、いい人見つけたわね……なんて事を言われてみたい。

「まぁあんまり気張るなよ。レイナは一番口煩いあのジジイのお気に入りなんだから、それで十分だろ。それに……」

 エイデンが体をかがめ、私の耳元に口を寄せた。

「レイナが俺以外の事でドキドキするなんて気に入らない」

 あわわわわ。
 そんな独占欲丸出しみたいな事を囁かれたら、変に興奮して体が震えてきちゃうじゃない。

「あんた達、こんな人目のある場所で何いちゃついてるのよ?」

 見知らぬ男性を5.6人従えたジョアンナの呆れたような瞳に昂った気持ちが一気に落ちついた。

「いいだろ。ジョアンナがレイナと同室になったせいでキスもできねーんだから」

 エイデンってば、何言ってるの!? ここはいちゃついてないって否定する場面でしょ!!

「今からでも遅くない。部屋を交代しろよ」

「いやよ。私もレイナと一緒がいいもの」

「レイナは俺と一緒がいいよな?」

「あら? 私の方がいいわよね?」

 厄介なことになっちゃったな。どちらを選んでも、きっと面倒くさいことになる。

「……私は一人で構わないので、よかったらエイデンとジョアンナ様が同室にされたらどうでしょう?」

 私の提案は即座に二人から拒否された。私的にはいい考えだと思ったのに。

 人々の談笑の中に、サンドピーク国王夫妻の訪れを告げる声が響いた。

「えっ?」

 あれがエイデンのお母様?

 想像とはかけ離れたエイデンの母親の姿を見て、私の緊張はますます高まった。
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