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69.結婚の儀まであと少し

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「エイデン!!」

 私の呼びかけにエイデンが振り向いた。

「カイルからエイデンはここにいるって聞いて……お邪魔だった?」

「いや。レイナなら大歓迎だ」

 よかった。エイデン元気みたい。
 ジョアンナから両親の話を聞いている時のエイデンは、なんだか暗かったような気がして気になってたのよね。

「それにしても、よくここまで登って来れたな? 怖くなかったか?」

「もちろん怖かったわ」

 カイルからエイデンが今は使われていない見張り塔にいると聞いて来てみたら、めちゃくちゃ暗かった。細くて暗い塔の階段なんて昼間でも一人でのぼるのは勇気がいるのに、ましてやこんな夜に登るなんて怖すぎよ。

「悪かったな……心配して来てくれたんだろ?」

 なんだろ? やっぱり何だかいつもより勢いというか、気合というか……エイデンのパワーが足りない気がする。

 エイデンは見張り塔からまっすぐに城の外を見ている。城の周りの暗い森、その森の向こうには町や村が点在している。

「……俺はこの国の王なんだよな……」

「エイデン? どうしっ……くしゅん」

 何を考えているのか分からないエイデンにどうしたのか尋ねたかったのに、盛大なくしゃみが邪魔をした。秋の夜風は気持ち良いが、少しだけ肌寒い。

「寒いか?」

「うん。ちょっとだけ……」
 そう答えて、隣のエイデンにピッタリと体をくっつけた。

「ふふっ。あったかぁい」

 エイデンの体と接している右側がほのかに暖かい。

「じゃあもっと温めてやるよ……」

 エイデンがぎゅっと背中から抱きしめるようにして私を包みこんだ。

「どうだ? 温まってきただろ」

 耳元で囁かれ、無言でコクコクと頷いた。温かいというより、もう背中が燃えそうに熱いわ。心臓の音はドキドキうるさいけど、エイデンに包まれているとなんだかとっても安心する。

「明日はとうとう結婚の儀だね……」
「ああ……やっとだな……」

 私を抱きしめるエイデンの腕に力が入った。

 うーん……やっぱりおかしい。エイデンってば暗いし元気がないのよね。やっぱりお母様達の話で気分が暗くなってしまったのかしら? それともまさか、明日の私との結婚式が嫌になっちゃったとか??

「エイデン……あの……もし私と結婚するのが嫌になったんなら言ってね」

「はぁ? 何だよそれ? 嫌になるわけないだろ」

「ならいいんだけど……」

 私を抱きしめたまま、はぁっとエイデンがため息をついた。

「悪いな。レイナのせいじゃないんだ。ただ少し不安になっただけだ」

 不安って……やっぱり私との結婚の事なんじゃ……

 私の頭の中を読んだかのように、エイデンが「違うぞ」とすぐに否定した。

「レオナルドは、フレイムジールを憎む母の気持ちが分からないと言ってただろ?」

 うん。確かにレオナルドはそう言ってたっけ。

「でも俺には理解できるんだ。俺は大嫌いなあの母に似ているのかも知れないと思うと急に不安になってな……」

 いつか自分も狂ってとんでもない事をするのではないかとエイデンは不安になっているのだ。

「エイデンは大丈夫だよ。カイルもレオナルドもついてるから、エイデンがおかしくなる前にとめてくれるわ」

 私を抱きしめるエイデンの腕にそっと手を添えた。

「それに私だってついてるんだから!! 絶対に大丈夫」

「……レイナ、一つだけ頼みがある」

「うん。何でも言って」

「俺が生きている間、絶対俺から離れないでくれ。俺だけを見て俺だけを愛して、俺だけを…」

「エイデン。く、くるし……」

 抱きしめられる腕の力が強すぎて息が吸えない。
 はっと我にかえったのか、エイデンの腕が緩んだ。

「悪い。大丈夫か?」 

 私を離し、向かい合わせに立ったエイデンが心配そうな顔で私の顔を覗きこんだ。

「大丈夫よ。でもごめん。途中苦しくて話が聞こえなかったんだ。一つ頼みがあるって、何だったの?」

 まっすぐに私を見つめ少しだけ沈黙したエイデンは優しい微笑みを浮かべた。

「レイナ……1分でも1秒でもいいから、俺より長く生きてくれ」

「そんなことでいいの?」

 そう言って笑った私をエイデンが優しく引き寄せた。

「ああ……俺より先に絶対死ぬなよ」

 エイデンの広い背中に手をまわし、エイデンを抱きしめ返す。

「じゃあ頑張って長生きするから、ずっと私の事好きでいてね」

「当たり前だろ。俺はもうお前がいなきゃ生きていけないんだから……」

 エイデンの体温を感じながら、エイデンの優しい囁きを幸せな気分で噛み締めた。






     ☆      ☆      ☆






「おはようございます」

 まだ暗い部屋の中、ベッドの中で気持ちよく微睡んでいる所をカイルに襲撃された。

「あれ? エイデンは?」

 まだ眠たくて開ききっていない瞳をこすりながら横を見ると、一緒に眠ったはずのエイデンの姿はなかった。

「陛下はただいま入浴中です」

 あーん。とうとう結婚の儀なのね。
 無事にこの日を迎えられたことが嬉しくてたまらない。

 そんな私を憐れむような目で見て、カイルがさっとカーテンを開けた。

 あらまぁ!!

 窓の外はベッドから見て分かるほどに土砂降りだった。急いで起き上がり、窓際へと走り寄る。

「レイナ様の日頃の行いがいいからでしょうね……」

 カイルってば、こんな日まで嫌味を言うことないじゃない。まぁ忙しくてイライラするのは分かるけどさ。

 それにしても、普段どちらかというと乾燥気味なフレイムジールでこんな大雨になるなんて珍しい。

「この雨のせいでパーティーの予定を大幅に変更しなくてはなりません」

「ふーん。そうなんだ」

 結婚の儀の後にパーティーがあるとは聞いてたけど、詳しい内容は何一つ知らされていないので何が変更になるのかよく分からない。

「陛下からお聞きになってませんか?」

 エイデンから特に何も聞いていない私は首を横に振った。

「そうですか……」

 カイルは顎に手をあて少し考えた後で、「今日はガーデンパーティーの予定でした」と言った。

「ガーデンパーティー?」
 ステキな響きに胸がおどる。

「そうです。レイナ様が喜ぶだろうからと、城の庭園を大改装したんですよ」

「カイル、何勝手にバラしてるんだ!!」

 鋭い声に振り向くと、エイデンがまだ濡れた髪の毛を軽くタオルで拭きながらこちらへやって来るところだった。

 やだ……すっごくいい……

 エイデンのお風呂上がりの姿を見たのは初めてではないけれど、こんな風に濡れた髪の毛のままというのは初めてだった。

「この調子だとパーティー会場は室内に変更せざるをえません。せっかく陛下がご用意したプランをレイナ様にお知らせしないのはもったいないと思いましたので」

「色々用意してくれたんだね。ありがとう」

 私の好きなことを考えて用意してくれるなんて。あー、素敵な婚約者がいて、私はなんて幸せなんだろう。

「おいカイル、結婚の儀は昼からだ。まだ二人きりになれる時間は十分あるだろ?」

「分かりました」

 いつもと違い、何の小言もなくカイルはあっさりと部屋を出て行った。

「何だかカイルってば、いつもと違わない?」

 いつもみたいに嫌味や皮肉の一つもないなんて。何だか落ちつかない。

「やっぱり今日は特別な日だからな。あいつなりに気を使ってくれてるんじゃないか?」

 エイデンはそう言うと私の隣に立った。

「雨か……よく降ってるな」

 綺麗……まるで虹が降ってるみたい。

 空は暗く曇っているのに、雨粒はキラキラと光り輝いて見える。雨粒は色々な色味を帯びて、虹が雨に混じって溶けて流れ出したかのように美しかった。

 私と同じように感じたのだろうか。エイデンが雨粒を見つめながら「綺麗だ」と呟いた。

「一粒ずつ輝いているようだな」

「エイデン……あのね……マルコが言ってたんだけど、私が産まれた日は土砂降りだったんだって……」

 そう聞いていたからかもしれないけど、今日という特別な日に珍しい大雨が降ったことが、ごく自然で当たり前のことのように思えた。私達を祝福してくれている……何の確証もないけれどそう思った。

「そうか……」

 軽く私の肩を抱いたエイデンが、雨粒を見つめながら微笑んだ。

「天も俺達の結婚を喜んでるんだな」

 エイデンが私と同じ物を見て、同じ事を考えている。ただそれだけのことが、とても嬉しくて幸せだ。

「おい、レイナ。顔赤くないか?」

 顔が赤いのはきっと、見慣れないエイデンの濡れた髪のせいだわ。本当に、エイデンってば何でこんなにセクシーなの? 無造作に髪をかきあげる仕草がかっこよすぎて、脳内で悲鳴をあげる。

「レイナ?」

 エイデンの声で我にかえる。
 いけないいけない。思わずみとれてしまったわ。

「本当に大丈夫か?」

 そう言ってエイデンが心配そうに私の顔を覗きこんだ。一段と近づいた顔に、心臓が大きな音を立てる。

「だ、大丈夫よ」

 これ以上近づいたら色気にやられてしまう……
 危険を感じて一歩さがった私をエイデンが引き寄せた。

「何か隠してないか?」

「か、隠し事なんて何もないわ」

 そう答えた私を抱きしめながらエイデンが笑った。

「嘘だな。顔を見たら分かるんだ。何隠してるんだ?」

「本当よ。別に何も隠してないわ」

 別に隠し事なんか何もない。ただエイデンがカッコよすぎてカッコよすぎてたまらないだけなんだから。

「そうか……仕方ないな」

 エイデンが片手で私の後頭部を押さえ、ゆっくりとキスをした。

 やだぁ。
 いつも以上の深いキスに、力がぬけて膝から崩れてしまいそう。

「話す気になったか? それともまだ足りないか?」

 もうこれ以上耐えられるわけがない。あっさりと降参して、エイデンの風呂上がりの姿にドキドキしていたのだと告白した。

「なんだよそれ?」

 予想外の話だったのか、エイデンが声を出して笑った。

「今までだって何度も風呂上がりの姿を見てるだろ」

「だけどこんな風に濡れた髪の毛でっていうのは初めてなんだもん」

「そうかそうか」
 弾けんばかりの笑顔でエイデンが私を抱き上げた。

「こんな簡単なことでレイナを興奮させられるんなら、これから毎晩濡れた髪で過ごすかな」

「待ってエイデン。色気を感じるとは言ったけど、私は興奮してるわけじゃ……」

 私の言葉は嬉しそうなエイデンの耳には届かないのか、分かってると言いながらもエイデンの顔は崩れっぱなしだ。

 いやいや、絶対分かってないでしょ。やっぱり濡れた髪にドキドキしてるなんて言わなきゃ良かった。

「レイナが濡れた髪が好きだったなんてなぁ……」

 エイデンが私をベッドに下ろした。

「エイデン、今日は結婚の儀だから色々用意しなきゃいけないことが……」

「まだ時間はあるだろ」

 逃げだそうとする私の両手を握りしめて、エイデンが唇を塞いだ。

「あっ!!」

 エイデンの唇が私の鎖骨に触れ、思わず声が出てしまう。

「レイナ、朝ごはんの準備ができた……」

 嘘でしょ!?

 ノックもなく開かれた寝室のドアの向こうで目を丸くするジョアンナを見て、頭が真っ白になってしまう。きゃー!! こんな所見られるなんて、恥ずかしすぎてもう死んでしまいそう。

「どうしたんです? レイナはまだ寝てるんですか?」

 ドアを開けたまま固まってしまったジョアンナの後ろからレオナルドが中を覗きこんだ。

「これはこれは、お邪魔だったみたいですね」

 邪魔って言うか何て言うか……あぁ……もうダメだ。

「あんた達ってば、朝っぱらから何やってんのよ……」

「まぁ、ここは邪魔しないであげましょうよ」

 レオナルドがにこやかに笑いながら、呆れるジョアンナを別室へ促した。

「10分あれば足りますよね? 終わったらエイデンも一緒に朝食にしましょう」

 そう言って手を振ってレオナルドが出て行くのを見届けた私は、恥ずかしさでもう声も出ない。

「レオナルドもああ言ってる事だし、気にせず続けるか」

 ちょっとエイデンったら、何言ってるの? 気にせずなんて無理に決まってるじゃない。それに10分でですまされるなんて嫌すぎる!!

「エイデンのバカぁー」
 私の大声が寝室の中に響き渡った。
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