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19.火事
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エイデンにプロポーズされた私は幸せすぎて、少々浮かれていた。いや、かなり浮かれていたような気もする。
小さい頃は母と隠れるように生きていたし、一人になってからは貧しい住み込みメイドとしてひっそり生活していた。そんな私にこんな心穏やかで温かな生活が来るなんて、誰が想像できただろう。
はぁ。本当に幸せ……いつまでもこうしてエイデンと一緒にいられたらいいのに……
そんな私の願いは、それから数日後にぶっ飛ばされることになる。はじまりは、いつものようにビビアンのいれた紅茶を飲みながら、部屋でまったりと過ごしている時だった。
「何だろ? 今の音……」
「何か爆発のような音でしたね」
ドガーンという聞きなれない破裂音に、ミアとビビアンと共に首を傾げた。でも音だけで特に変わった事もないし、まぁいっか。
そう思ってのんびりお茶を飲んでいたんだけど、何だろう。何だか変な匂いがする。焦げ臭いというか煙臭いというか……とにかく何かが燃えている匂いがする。
原因はすぐに分かった。廊下へと繋がるドアの隙間から白い煙が流れ込んでくるのだ。
なぁに? 誰か廊下で魚でも焼いてるの?
なーんて軽い気持ちでドアを開けて後悔した。開いたドアの先は真っ赤だった。真っ赤に燃え盛る炎が床から壁を伝い、天井まで広がっている。
何で私ってば、何も考えずにドアを開けちゃったのよ?
激しく燃える炎は開いたドアから部屋の中にも入ってくる。絨毯って結構燃えやすいのね。なんて事を考えながら、迫り来る炎から逃れる場所を探した。けどそんな場所なんてない。最終手段は窓から飛び降りるしかないけど、この高さから飛び降りて果たして無事でいられるか。
「……ナ。レイナー!!」
エイデン?
パチパチと炎が弾ける音と、壁が焼けて崩れていく音に混じって私を呼ぶ声がする。
「レイナ、今助けるからな」
エイデンの声がした途端、あれだけ激しく燃えていた炎が一瞬で消えた。
「レイナ!! 無事か?」
「エイデン……」
焦げた入り口から走り込んで来たエイデンを見た瞬間に気が緩んだのかもしれない。体の力が抜けていくのを感じた。床にヘタリ込みそうな私を駆け寄ってきたエイデンが抱き止める。
「レイナ……無事でよかった」
私を抱きしめ、エイデンがほぅっと安心したようにため息をついた時、廊下から叫び声があがった。
「陛下!! 城門と騎士宿舎からも火の手があがりました」
どういう事!? 他の場所でも火事が起こってるの?
「悪いなレイナ。一緒にいてやりたいんだが、ちょっと無理みたいだ」
話をする余裕もなく、エイデンはビビアンとミアに私を安全な場所へ連れて行くよう指示してどこかへ走っていく。ビビアン達には止められたけど、安全な場所で大人しく待ってなんていられない。一体何が起こっているのか知らなきゃ。
確か城門と騎士宿舎に火の手があがったって言ってたわよね。ここから近いのは城門だ。
「何これ……けむっ」
まだ城門まで距離があるにも関わらず、かなりの煙で前に進めない。こんな離れた場所まで煙に覆われてるって、一体どれだけ燃えてるのよ。
「おい、レイナ!! こんな所で何やってんだ?」
バタバタと走って来たのは、エイデンと近衛騎士達だ。私が安全な場所にいない事に対して、ビビアンに厳しい視線をぶつけている。でも私だけ安全な場所に避難なんてできないわ。
「城門が燃えてるんでしょ? 私も消火活動、手伝うわ」
「いや、大丈夫だ。これくらいなら俺一人でなんとかなる」
「そんな。エイデン一人って……」
「いいから、下がってろ!!」
エイデンが大きく両腕を広げた。次の瞬間、チョコレート色だったエイデンの瞳が真っ赤に変わる。
何が起こったのか全く分からなかった。ただエイデンの瞳が元に戻ったと同時に騎士達から歓声が上がった。
「陛下、城門の火は完全に消火されました」
「そうか……」
ほっとしたような顔を見せたエイデンの体がぐらっと揺れた。
「エイデン!!」
今にも倒れそうなほどにフラフラしているエイデンの体を近衛騎士と共に支えた。余程苦しいのか、はぁはぁと肩で息をするエイデンの体はとても熱い。
「陛下、少し休まれた方が……」
「大丈夫だ。他に火の手が上がっている場所がないか急いで確認しろ」
近衛騎士達が確認のため散らばって行くと、エイデンは壁にもたれるようにして床に座りこんだ。
「おいレイナ、何泣きそうな顔してんだよ?」
相変わらずはぁはぁっと苦しそうに息をしながら、エイデンが私の頭をポンっと叩いた。私を安心させるために無理して笑ってくれてるんだろうけど、エイデンのこんなに青白い顔を見たら涙だって出ちゃうわよ。
「エイデンのバカ。無茶しすぎよ」
「ここは俺の城なんだから、俺が守るのが当然だろ。それに炎の一族の城が焼け落ちたなんて他国に知られたら恥だからな」
エイデンは明るく笑っているつもりなんだろうけど、その笑い声は胸が締め付けられるほどに弱々しい。
フレイムジールは炎の一族が治める国で、エイデンにもその力があるのは知っていた。でも力を使うとこんなに弱っちゃうなんて全く知らなかった。
「燃やすのは余裕なんだが、やっぱり消すっていうのはしんどいな」
隣に座りこんだ私の肩にもたれるように頭をのせていたエイデンが自分の両掌を見た。大きな掌に傷や火傷はなかったけれど、煤だろうか。黒い汚れがついている。
エイデンにとって炎を起こす事は、体内にある熱を放出するだけなので簡単らしい。逆に炎を消し去るのは体内にそのエネルギーを取り込むのでしんどいようだ。
だからエイデンの体はこんなに熱いのね。
エイデンの隣にいるだけで、焚き火のすぐ側にいるんじゃないかというほどに熱い。
「それにしても、何でこんなに一斉に火事なんて起こったのかしら?」
「冬だからな。乾燥してたんだろ」
「乾燥って……いくら空気が乾燥してたって、誰かが火を点けなきゃ城門なんて燃えないでしょ」
誰かが火を点けた!?
自分の考えにゾッとする。
それって私の部屋が燃えたのも誰かが火を点けたって事? じゃあ誰かが私を焼き殺したかったって事じゃない!!
エイデンは私にもたれたまま何も言わずどこか遠くを見ている。その顔は厳しく、話しかけるのを躊躇ってしまう。
誰が城内に火を放ったのかという私の疑問の答えはすぐに分かった。
「陛下……」
ひどく慌てた様子で駆けてきたカイルを見たエイデンは大きなため息をつき立ち上がった。
「エリザベスが脱走したんだろ?」
何も聞かなくても全て分かっているみたいな顔をしているエイデンの横で、私は一人心の中で驚愕の悲鳴をあげた。
えー!? エリザベスって、あのエリザベスが脱走したの??
カイルの表情から、疑惑が確信へと変わったのだろう。
「あの女、温情をかけてやったのに……」
エイデンが忌々しそうに吐き捨てた。
「エリザベスに関して手は打ってあるが、もし他にも火をつけられたらまずい。とりあえず見回りは強化しろ」
エイデンの指示で更に城内がバタバタとし始めた時だった。
「陛下に申し上げます。城の北西方向より火の手が……」
また?
「じゃあレイナ。行ってくるからな」
今度こそ私を安全な場所に連れて行くよう念をおし、エイデンは近衛騎士達と共に焼け崩れた城門に立った。
何だろう? 何か嫌な予感がする。
さっき弱ってるエイデンの姿を見たからだろうか。このままエイデンが行ってしまったら、二度と会えないんじゃないかみたいな胸騒ぎがしてやまない。
「エイデン……」
気づけば夢中でエイデンに抱きついていた。
「レイナ!?」
分かってる。今引き止めたりしたら火がどんどん燃え広がって大変な事になるって。でもどうしてもエイデンを行かせたくなかった。
「……エイデン……ちゃんと帰って来るわよね?」
「何言ってんだ。当たり前だろ」
エイデンの体にしがみついて離れられない私の髪を撫でながらエイデンが耳元で優しく囁いた。
「チャチャっと消火して帰ってくるから、今夜はレイナの得意なマッサージしてくれよ」
マッサージなんかいくらでもしてあげる。だから絶対に無事に帰って来てね。約束だからね……
どうかエイデンが無事に帰ってきますように。
騎士達を引き連れたエイデンの姿が見えなくなっても、私はしばらくその場を動けなかった。
小さい頃は母と隠れるように生きていたし、一人になってからは貧しい住み込みメイドとしてひっそり生活していた。そんな私にこんな心穏やかで温かな生活が来るなんて、誰が想像できただろう。
はぁ。本当に幸せ……いつまでもこうしてエイデンと一緒にいられたらいいのに……
そんな私の願いは、それから数日後にぶっ飛ばされることになる。はじまりは、いつものようにビビアンのいれた紅茶を飲みながら、部屋でまったりと過ごしている時だった。
「何だろ? 今の音……」
「何か爆発のような音でしたね」
ドガーンという聞きなれない破裂音に、ミアとビビアンと共に首を傾げた。でも音だけで特に変わった事もないし、まぁいっか。
そう思ってのんびりお茶を飲んでいたんだけど、何だろう。何だか変な匂いがする。焦げ臭いというか煙臭いというか……とにかく何かが燃えている匂いがする。
原因はすぐに分かった。廊下へと繋がるドアの隙間から白い煙が流れ込んでくるのだ。
なぁに? 誰か廊下で魚でも焼いてるの?
なーんて軽い気持ちでドアを開けて後悔した。開いたドアの先は真っ赤だった。真っ赤に燃え盛る炎が床から壁を伝い、天井まで広がっている。
何で私ってば、何も考えずにドアを開けちゃったのよ?
激しく燃える炎は開いたドアから部屋の中にも入ってくる。絨毯って結構燃えやすいのね。なんて事を考えながら、迫り来る炎から逃れる場所を探した。けどそんな場所なんてない。最終手段は窓から飛び降りるしかないけど、この高さから飛び降りて果たして無事でいられるか。
「……ナ。レイナー!!」
エイデン?
パチパチと炎が弾ける音と、壁が焼けて崩れていく音に混じって私を呼ぶ声がする。
「レイナ、今助けるからな」
エイデンの声がした途端、あれだけ激しく燃えていた炎が一瞬で消えた。
「レイナ!! 無事か?」
「エイデン……」
焦げた入り口から走り込んで来たエイデンを見た瞬間に気が緩んだのかもしれない。体の力が抜けていくのを感じた。床にヘタリ込みそうな私を駆け寄ってきたエイデンが抱き止める。
「レイナ……無事でよかった」
私を抱きしめ、エイデンがほぅっと安心したようにため息をついた時、廊下から叫び声があがった。
「陛下!! 城門と騎士宿舎からも火の手があがりました」
どういう事!? 他の場所でも火事が起こってるの?
「悪いなレイナ。一緒にいてやりたいんだが、ちょっと無理みたいだ」
話をする余裕もなく、エイデンはビビアンとミアに私を安全な場所へ連れて行くよう指示してどこかへ走っていく。ビビアン達には止められたけど、安全な場所で大人しく待ってなんていられない。一体何が起こっているのか知らなきゃ。
確か城門と騎士宿舎に火の手があがったって言ってたわよね。ここから近いのは城門だ。
「何これ……けむっ」
まだ城門まで距離があるにも関わらず、かなりの煙で前に進めない。こんな離れた場所まで煙に覆われてるって、一体どれだけ燃えてるのよ。
「おい、レイナ!! こんな所で何やってんだ?」
バタバタと走って来たのは、エイデンと近衛騎士達だ。私が安全な場所にいない事に対して、ビビアンに厳しい視線をぶつけている。でも私だけ安全な場所に避難なんてできないわ。
「城門が燃えてるんでしょ? 私も消火活動、手伝うわ」
「いや、大丈夫だ。これくらいなら俺一人でなんとかなる」
「そんな。エイデン一人って……」
「いいから、下がってろ!!」
エイデンが大きく両腕を広げた。次の瞬間、チョコレート色だったエイデンの瞳が真っ赤に変わる。
何が起こったのか全く分からなかった。ただエイデンの瞳が元に戻ったと同時に騎士達から歓声が上がった。
「陛下、城門の火は完全に消火されました」
「そうか……」
ほっとしたような顔を見せたエイデンの体がぐらっと揺れた。
「エイデン!!」
今にも倒れそうなほどにフラフラしているエイデンの体を近衛騎士と共に支えた。余程苦しいのか、はぁはぁと肩で息をするエイデンの体はとても熱い。
「陛下、少し休まれた方が……」
「大丈夫だ。他に火の手が上がっている場所がないか急いで確認しろ」
近衛騎士達が確認のため散らばって行くと、エイデンは壁にもたれるようにして床に座りこんだ。
「おいレイナ、何泣きそうな顔してんだよ?」
相変わらずはぁはぁっと苦しそうに息をしながら、エイデンが私の頭をポンっと叩いた。私を安心させるために無理して笑ってくれてるんだろうけど、エイデンのこんなに青白い顔を見たら涙だって出ちゃうわよ。
「エイデンのバカ。無茶しすぎよ」
「ここは俺の城なんだから、俺が守るのが当然だろ。それに炎の一族の城が焼け落ちたなんて他国に知られたら恥だからな」
エイデンは明るく笑っているつもりなんだろうけど、その笑い声は胸が締め付けられるほどに弱々しい。
フレイムジールは炎の一族が治める国で、エイデンにもその力があるのは知っていた。でも力を使うとこんなに弱っちゃうなんて全く知らなかった。
「燃やすのは余裕なんだが、やっぱり消すっていうのはしんどいな」
隣に座りこんだ私の肩にもたれるように頭をのせていたエイデンが自分の両掌を見た。大きな掌に傷や火傷はなかったけれど、煤だろうか。黒い汚れがついている。
エイデンにとって炎を起こす事は、体内にある熱を放出するだけなので簡単らしい。逆に炎を消し去るのは体内にそのエネルギーを取り込むのでしんどいようだ。
だからエイデンの体はこんなに熱いのね。
エイデンの隣にいるだけで、焚き火のすぐ側にいるんじゃないかというほどに熱い。
「それにしても、何でこんなに一斉に火事なんて起こったのかしら?」
「冬だからな。乾燥してたんだろ」
「乾燥って……いくら空気が乾燥してたって、誰かが火を点けなきゃ城門なんて燃えないでしょ」
誰かが火を点けた!?
自分の考えにゾッとする。
それって私の部屋が燃えたのも誰かが火を点けたって事? じゃあ誰かが私を焼き殺したかったって事じゃない!!
エイデンは私にもたれたまま何も言わずどこか遠くを見ている。その顔は厳しく、話しかけるのを躊躇ってしまう。
誰が城内に火を放ったのかという私の疑問の答えはすぐに分かった。
「陛下……」
ひどく慌てた様子で駆けてきたカイルを見たエイデンは大きなため息をつき立ち上がった。
「エリザベスが脱走したんだろ?」
何も聞かなくても全て分かっているみたいな顔をしているエイデンの横で、私は一人心の中で驚愕の悲鳴をあげた。
えー!? エリザベスって、あのエリザベスが脱走したの??
カイルの表情から、疑惑が確信へと変わったのだろう。
「あの女、温情をかけてやったのに……」
エイデンが忌々しそうに吐き捨てた。
「エリザベスに関して手は打ってあるが、もし他にも火をつけられたらまずい。とりあえず見回りは強化しろ」
エイデンの指示で更に城内がバタバタとし始めた時だった。
「陛下に申し上げます。城の北西方向より火の手が……」
また?
「じゃあレイナ。行ってくるからな」
今度こそ私を安全な場所に連れて行くよう念をおし、エイデンは近衛騎士達と共に焼け崩れた城門に立った。
何だろう? 何か嫌な予感がする。
さっき弱ってるエイデンの姿を見たからだろうか。このままエイデンが行ってしまったら、二度と会えないんじゃないかみたいな胸騒ぎがしてやまない。
「エイデン……」
気づけば夢中でエイデンに抱きついていた。
「レイナ!?」
分かってる。今引き止めたりしたら火がどんどん燃え広がって大変な事になるって。でもどうしてもエイデンを行かせたくなかった。
「……エイデン……ちゃんと帰って来るわよね?」
「何言ってんだ。当たり前だろ」
エイデンの体にしがみついて離れられない私の髪を撫でながらエイデンが耳元で優しく囁いた。
「チャチャっと消火して帰ってくるから、今夜はレイナの得意なマッサージしてくれよ」
マッサージなんかいくらでもしてあげる。だから絶対に無事に帰って来てね。約束だからね……
どうかエイデンが無事に帰ってきますように。
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